「ブルカニロ博士」

 モノクロの街角が写っている。

 人々はカクカクとまるで少し早送りしたかのように動いていた。音は無かった。

 そこはレンガ造りの玩具屋のショーウインドウのようだった。

 その中に、まるで宝物のように、まだ塗装の剥がれていない小さなブリキのロボットが飾ってあった。

 一人の少年が、ガラス越しにじっとそのロボットを見ている。どこか『あいつ』に似た面影のある少年だった。


 それから、切れ切れにシーンは続いていった。


 成長した少年。

 初めての恋。

 遊園地。

 駅での別れ。

 戦争。

 焼け野原。

 仕事。

 仕事。

 結婚。

 子供。

 子供の結婚。

 そして……。


 老人になったかつての少年が、自分の孫に誕生日のプレゼントを渡していた。

 まだ新しい『銀河鉄道の夜』の本と、塗装の剥がれたブリキのロボット。

 それを受け取った小さい男の子は、両手でぎゅっと握りしめて本当に嬉しそうな顔をしている。隣には羨ましそうな目で見ている女の子の姿もあった。

 かつての少年は髭を撫でながら、その様子を、目を細めて眺めていた。


 また、場面が切り替わる。

 白い光に包まれた夕暮れの草原。

 男の子と女の子が喧嘩をしている。

 女の子が手に持った木の枝でブリキのロボットをはたき落としてしまう。

 それは草陰の小川の岸にぽとりと落ちた。

 男の子が泣きそうな顔で走ってくる。

 ――駄目だよ。危ないよ。男の子がこれくらいのことで、泣いちゃ駄目だよ――

 そこで初めて、音が聞こえた。

 それはブリキのロボットの声のようだったし、かつての少年の声のようでもあった。

 でも、その声は男の子には届かない。

 気付かずに足を滑らせて、男の子は川に落ちてしまった。

 ――ぼくのせいで、ごめんね――

 女の子の悲鳴が草原に鳴り響いた。




 真っ白になったスクリーンの淡い光の中、近づいてくる人影があった。

 カムパネルラだった。

「もう、終わり?」

 小声で隣に座ったカムパネルラに問いかける。

 まだカタカタと映写機の回る音はしているけれど、スクリーンにはもうフィルムノイズしか映し出されていなかった。

「いえ……。まだ終わっていません。ただ、ここから先は隣に居ないといけない気がしたので」

 そう言って、笑うと僕の手を握る。

 そしてまた、ぼんやりとスクリーンに次のシーンが浮かび上がってきた。


 


 そこはどこかの病室だった。

 真っ白のベッドに、一人の男の子が眠っている。

 その側には顔を真っ赤に泣きはらした女の子が居た。

 手には土で汚れているブリキのロボットを持っている。

「……ごめんね」

 そう呟くと、手に持っていたロボットを男の子の手に握らせた。

 そこからまた、切れ切れにシーンが続いていく。

 何度も何度も季節が移り変わる。

 男の子はベッドに眠ったまま、成長していった。

 同じように成長した女の子が何度も何度も訪ねてくる。

 手にはルーズリーフの束を持って。

「今日はね、ドラゴン退治の話よ。……またあんたは怒るかもしれないけど……」

 女の子はそう言うと、眠っている男の子に自分で作った物語を語り始める。

 自分と、男の子が主人公の話を、何個も何個も書いて。

 まるで元気な男の子が、本当にそこに居るかのように。

 何度も病室を訪ねては、目を覚まさない男の子に語りかけた。

 ところが、ある日から、女の子は新しい話を作ることが出来なくなった。

 それまで話していた物語は、話せなかった。

 もう女の子も男の子も、成長していたからだ。

 その物語は、その時の自分達が主人公だった。

 だから、成長してしまった女の子に、その物語は話すことが出来なかった。

 そこで男の子が止まっていることを、認めてしまうから。



 やがて、面会時間も過ぎたある夜に、女の子は訪ねてきた。

 手にはいっぱいのルーズリーフと『銀河鉄道の夜』を持って。

「   」

 そして、最後にそう呟いて女の子は病室を後にした。

 ただじっと、それらの全てを、ブリキのロボットは観ていた。





「……いきなさい、カガミ。男の子でしょう」

 隣からそんな懐かしい声が聞こえた気がした。

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