第一章「山賊編」
第1話―異世界での目覚め―
痛い。
俺が目を覚ました時に一番最初に感じたものは痛覚であった。
腕はあらぬ方向へ曲がっており、脚に力を入れようとすれば激痛が襲う。
身体は熱く、血であろう液体が流れる感触もあった。
だが、これは俺の痛覚であって、元の俺のものではない。
ついこの間十を迎えた俺、ライク。
硬く冷たい地面に伏せながらの状況整理はほとんど終わっていた。
「ライク、今治してあげるからね!」
前世とは違い、聞こえる両耳は必死な女性の声をとらえる。
それはライクが何度も聞いた、優しい声。
我が母である、エイリーネのものだ。
俺は、あの時間違いなく死んだ。
少女を助けて死ぬという男がやりたい死に方ランキング第一位でだ。
そして、ここは俺の生きていたあの世界ではない、別の世界に生まれ変わった。
人は死んだら他の生物か何かに記憶を失って生まれ変わると俺は思っていたのだが、運良く人間に生まれ変われたらしい。
異世界、ということで簡単に納得しようと思う。
エイリーネがぶつぶつと何かを唱えると、俺の身体は淡い光に包まれ、痛みが引いていくのを感じる。
この世界でも使い手が非常に珍しい、回復魔法。
そう、魔法だ。
この世界のことは、わかる。
それはこの、ライクという少年の記憶を俺は持ち合わせているからだ。
文明は中世ヨーロッパ、使える者は少ないが魔法があり、魔物が存在する世界。
いや、ライクに俺の記憶が流れ込んだ、のほうが正しいだろう。
しかし現として、今の身体は間違いなく前世の俺の人格で動いている。
あれほどの大怪我からあっという間に回復した身体を起こして座る。
「ありがとう、母さん」
母さん、といっても今となっては一人の女性という感じ方だ。
今までの記憶があったとしても、少し混乱はするが俺は前世の俺なのだから。
そして我が母はなんと、今年で24歳、十の子を持つにしては若すぎる。
容姿も、前世では見たことがないほどに優れている。
だから、いきなり抱きつかれては、俺も前世は良い年をした男だ、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
死んだ時の歳は俺も24、お似合いではないだろうか。
「良かった……良かった……!」
……そんな鼓動は、母の安心した、泣き声混じるものにしておさまった。
同時に、何故か俺まで目頭が熱くなるが、なんとかそれを堪える。
我が母と俺は、その後一時間ほど抱き合っていた。
ーーー
さて、この俺の置かれている今の状況は。
まず、今いるこの場所は、とある山賊のアジト、その牢の中だ。
牢といっても、ただの小さな洞穴の中であり、鉄格子などはない。
代わりに硬い地面に頑丈に杭が打たれ、それと隣にいる我が母の足を鎖が繋いでいる。
対して俺の身は自由であった。
周りを見渡せば土と岩の壁。
光輝石という光を放つ石がいくつか置かれており、中は薄暗い程度に照らされている。
何故このような状況なのか。
簡単に説明すれば、この世界で珍しい回復魔法の使い手である母が、とある大きな勢力を持つ山賊に家を襲われ攫われ。
山賊の仲間が傷つけば、それを治してもらうためにこうして囚われの身となっている。
母は何度も死のうとしたらしいが、十年前に身籠った命を見捨てることができず、こうして今も生きている。
その命というのが俺だ。
そして、俺の父親はこの山賊の頭であった。
回復魔法という貴重な役割を持つ母に対し、俺はただのガキだ。
魔法が遺伝するということはないのだが、山賊の頭が試した結果が俺である。遺伝したのは父の頑丈な身体だけであった。
山賊の奴等にも存在はどうでも良いと思われ、こうして身体だけは自由に動かすことができる。
殺されることはない。
母に回復魔法を使わせるため、人質という形で俺は生かされているのもあるのだろう。
それに一応は山賊の頭の子である、関係ないとは思うが、俺は関係があると思いたい。
そんな自由な身である俺に、母は早く逃げて欲しかった。
だが今までのライクは相当な小心者であるらしく、ずっとここに留まった。
だから鎖もつけられず、見張りも必要とされてこなかったのだろう。
人質と貴重な回復魔法を持つ母親、食事は与え続けられたので俺の外傷以外は至って普通の人間と変わらない。
いや、普通ならこんな状況下に置かれている人間なら精神が狂うはずだ。しかし母親は穏やかな表情を浮かべている。
この十年間、そうやって過ごしてきたのだ。
目を覚ました時のあれは、母に回復魔法を使わせるために俺を傷めつけて脅した、そういうことだろう。
生きているのは、全て母のおかげだ。
なるほど。
前世の俺なら、間違いなく死んでいただろう状況だ。自殺で。
申し訳ないという気持ちでたくさんだ。
何故俺みたいな人間を、母はここまで生かそうと思ったのか。
しかし俺は、文字通り生まれ変わった。
あの死に際、生きる意味を見つけたのだ。
前世は体力の限界で命を落としてしまったが、今は違う。
どんな状況でも、生きて生きて生き抜いてやろう。
そしていつか、この世界で何かを成し遂げ、歴史に名を残す。
俺という人間が、生きた証を世界に残すのだ。
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