第694話代償の原因ですか?
俺を置いて走り出す嬢ちゃんを慌てて追いかける。
おそらく街に入ろうとしても確実に兵に止められ、そして止められた嬢ちゃんは癇癪を起こす。
それはもう間違いなく切れるだろう。あの勢いだし間違いない。
なんて思っていたら案の定門前で槍を突きつけられ、止められた嬢ちゃんは槍をぶち折った。
「死にたくなかったら退け・・・!」
お前ほんとさ、大人しく事を運ぶ事を覚えてくれねえかな。
いや、以前と違って人体に攻撃せず威嚇しているから、まだ成長した方か?
兵達はビビりつつも逃げはせず、応援を呼びながら嬢ちゃんに応戦する気配だ。
「ハイそこまで。少し落ち着け」
「何を言っている、早く行かねば―――」
「その為に大人しくしていろ。このまま暴れたら無駄に時間がかかるぞ」
「―――ちっ、早くしろ」
本当にこのお嬢様は偉そうだな。まあ良いか、取り敢えずは大人しくなったし。
兵達は俺にも槍を突きつけ警戒している。
魔人の騒動が有った後だ。このタイミングでの訳の解らん訪問者には当然の対応だろう。
つーかいきなり槍ぶち折られたら、そりゃこういう反応になるわ。
「騒がせてすまない。私はグルドウル・ファウ・グラウド・ウムル。ウムル王の弟だ」
胸を張り、久々に王族として振る舞いながら身分証を見せる。
当然いつも使っている物ではなく、王族の身分証だ。
いきなりの王族の出現に兵達は戸惑い、身分証が本物かどうかの判断も迷っている。
事前連絡無しで来ているからな。王族と言っても疑われるのは仕方がない。
そもそも王族が従者も連れず、子供と二人だけで訊ねて来る時点で大分おかしい。
俺が兵隊だったら確実に疑う。むしろここで疑わないやつは阿呆だろう。
それにタイミングも悪い。
つい先程まで魔人の騒動が有って、魔人は民の中に兵を紛れ込ませていたのだから。
だが本当に王族だった場合の事を考え、兵達はどう対処すれば良いのか解らない様に見える。
「貴殿ら帝国への連絡を怠って申し訳ないとは思う。だが我らが英雄イナイには事前に連絡を入れている。確認を取ってくれないだろうか。その間は大人しくここで待とう」
兵達は槍を下げはしなかったが、俺の言葉に人を走らせる様子を見せた。
それを確認してから嬢ちゃんの手を引いて少し下がり、近くにあった岩に腰を落ち着ける。
ただ嬢ちゃんは引いた事がご不満なのか、俺を思いきり睨んでいた。
「おい、通れるんじゃないのか」
「ちょっと待ってろって。暴れるよりは早く通れるから」
「あの程度の連中、どうという事はない」
「その後にわらわら応援が来るぞ。大体お前、暴れ続けたらその内倒れるだろうが。限界が来たら元も子もないんじゃないのか?」
「ぐっ・・・」
実際嬢ちゃんは旅の最中、いきなり倒れる事を何度かやらかしている。
突然魔力が切れた技工具の様に、ぱたりと動かなくなる様には最初は驚いた。
あれは精霊の言っていた、強制的な回復の現象なんだとは思う。
ただいつもいきなり過ぎて心臓に悪い。本当に突然倒れるからな。
ここでそうなれば、嬢ちゃんはまた長時間動けなくなる。
確実に兄弟に会いたいと思っているなら、暴れずに大人しくするのが得策だ。
流石にそれは理解している様で、悔しそうにしながらも大人しく俺の横に座った。
「気配とやらは、まだ感じるのか」
「ああ、かなり弱弱しいが、まだ消えていない」
「移動は?」
「あれから一度もしていないな。どういう状況かは俺にも解らん」
兄弟の気配は健在か。いや、弱弱しいって言ってるから、健在とはまた違うか。
それにしても気配ねぇ。一応俺も探知を使っちゃいるが、それらしいものは感じない。
いや、そもそも嬢ちゃんも普段は特に何も感じないし、それが当然だろう。
魔人も探知じゃ特に区別がつかないし、嬢ちゃんだけが感じられる何かなんだろうな。
「なあ、いい加減その兄弟とお前が何なのかぐらい話す気はないのか?」
「無いな」
「即答かよ・・・」
全く答える気のない嬢ちゃんだが、予想している所は有る。
嬢ちゃんの目的の一つに、魔人は殺す、滅ぼす気だという物が有るのは知っている。
それよりも遺跡の方が優先で、遺跡の位置が解る様に歩みを進めていた。
実際帝国には魔人が出てきた遺跡が有るだろうし、その感覚は間違っていないのだろう。
ただし問題として、何故遺跡を優先するのかはこれまた何も語らない。
だが先日、遺跡どころか魔人の気配も解ると口を滑らせた。
その時点で少し思う所は有った。兄貴も解っていて口にしていないんだと思う。
元々それらしい気配はあったし、断定は思考を曇らせるから危険だと思っていた。
だが流石にここまで来ると、そうじゃないと思う方が苦しくなって来る。
嬢ちゃんに植え付けられている力。それはクロトや魔人と同じ様な力なのではと。
魔人は半精霊みたいな物だと精霊達からは聞かされている。
ならば嬢ちゃんが精霊のような力を内に持ち、魔人や遺跡を感じられる事に辻褄が合う。
勿論精霊達からすればクロトと嬢ちゃんは違うんだろうが、それは単純にどちらが主軸となって存在しているかの違い、じゃないかと最近は思っている。
嬢ちゃんの体はしっかりと人間で、人間のまま力を持っているだけではと。
勿論それは魔人とも違い、クロトとも違う存在ではあるんだろうが。
名前の事も有る。あれは呪いの強化の為だと思っていた。
実際あの名前のせいで嬢ちゃんは何かに縛られていたし、切り離したら大分大人しくなった。
だからこそ俺は嬢ちゃんを魔神の類などとは思えなかった。そもそもそれにしては弱かったし。
けどもしかすると、嬢ちゃんはその体を媒体にされて作られた魔神なのではと思う。
そして嬢ちゃんの言う兄弟とは、同じ様に作られた存在ではと。
とはいえ、本当はどうなのかは全く解っていない。
そもそもクロトは名前に縛られちゃいなかったし、最初から大人しかったらしいし。
実際はただ呪いのせいなのか、それとも嬢ちゃんの正体が俺の予想通りなのか。
確信出来る要素は未だない以上、下手に断定するのは良くは無いだろう。
それでもここまで来ると、やはりそうじゃないと思う方が見えていないと思える。
ただ、たとえ後者であっても今更嬢ちゃんを排除する気はない。
むしろ後者なら、クロトに会わせれば少し大人しくなる予感がする。
ただ俺がその事を伝えて、嬢ちゃんが素直に従うのかは怪しいが。
どうせ暫く歩きっぱなしだったからこの後は少し休む事になる。
その間に姉さん達に顔合わせして少し話してみよう。
もし俺の予想が合っているなら、少なくとも嬢ちゃんが戦う理由が一つ無くなる。
それならば、たとえごねても少しぐらい強引に連れて行っても良いかもしれない。
とはいえクロトと違って嬢ちゃんには魔術が通り難いだけで、普通に通るは通るんだよな。
クロトは普通に放っても通らないし、そもそも探知が効かない。
嬢ちゃんは普通に探知が効くし、クロトの黒の様な得体のしれない危機感も無い。
だから正直全然自信が無い。色々とあやふや過ぎて何も判断できないのが現状なんだよなぁ。
「お、来たか」
嬢ちゃんの事を考えながら待つ事暫く、馬車に乗ったアルネがやって来たのを探知で察する。
恐らく自ら確認に行こうと言い出したんだろう。
その方が兵も安心するし話が早い。こっちも助かる。
アルネは車から降りると真っ直ぐに俺の方に向かって来た。
「殿下、お迎えが遅くなり申し訳ありません。どうぞこちらへ」
「ああ、すまんなアルネ」
アルネは俺の前で一度膝を突き、車へ乗る様にと促す。
それに従い嬢ちゃんの手を引いて車に乗ると、アルネも後から乗って来た。
そんなに狭くないはずの車内が、アルネのせいで凄く狭く感じる。
扉を閉めると車はすぐに動き出した。
取り敢えず一旦アルネか姉さんの滞在場所にでも行くんだろう。
「いきなり来るから慌てたぞ。イナイには連絡がいっていたらしいが」
「ああ、悪い。ちょっとこいつが街に入りたいって言い出してな」
「この子が例のお嬢ちゃんか。思ったより幼いな。可愛らしいお嬢ちゃんじゃないか」
アルネは嬢ちゃんの頭を雑にぐりぐりと撫でる。
それ多分怒るぞ。俺は知らんぞ。お前の事は防御しないぞ。
「なっ、貴様、何を、や、やめろ!」
「おお、元気だな。ふむ、確かに中々力が強い。これは放置は出来んかもな」
嬢ちゃんは予想通り怒って手を払いのけようとした。
だが思い切り振られた手は太い腕を揺らす事も出来ず、アルネは笑いながら手を離す。
その事に嬢ちゃんは驚き、目を見開いている。
そして俺にも目線を向けた。おそらく俺が防がなかった事にも驚いているんだろう。
普段からこういう時は俺が防いでるからな。解っているなら止めてくんねえかな。
少しして嬢ちゃんの目が鋭くなり、アルネを観察する様にじろじろと見つめる。
「・・・成程、貴様も相当な物だな。従僕の仲間なだけは有る」
「ははっ、お褒めに預かり光栄だな。だが俺はグルドに勝つ自信はないぞ」
「ふん、当然だ。従僕の力は世界の規格を逸脱している。ただ強いだけで勝てるものか」
「ほう、面白いな。そんな事が解るのか」
「当然だ。従僕は俺をす・・・」
そこまで言って、嬢ちゃんは口を閉じてそっぽを向いた。
眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔になっている。
「ちっ、口が滑った」
心底気に食わないという様子でそう呟き、もうアルネと視線を合わせようとしない。
何を言おうとしたんだろうか。すって何だ、すって。中途半端過ぎて気になるぞ。
「しかし、お前にしては大人しく乗ってるな。どこかで飛び出すかと思ったけど」
「これは今の所、俺の向かいたい方向に向かっている。その間は力を温存する為にも大人しく乗っているだけだ」
つまりそれは、アルネか姉さんの滞在場所の傍にお前の兄弟がいるって事か。
これはもしかすると、俺と同じ様にどっちかが拾った可能性が有るな。
「アルネ、こっちで誰か保護したりしたか?」
「そう言われても困るな。こんな状況だからな。保護した人間は大量に居るぞ」
「ああいや、そうじゃなくて、お前個人で保護した人間とか」
「いや、居ないな。ウムル国内ならともかく、ここでそういう事は後々面倒になるだろう?」
確かにそれはそうだ。ここ帝国領だもんな。
まだ目的も果たし切って無いし、個人的な行動をアルネがするわけ無いか。
そもそもコイツ普段は面倒臭がりだし、後に面倒が増える事はしないだろう。
やると書類も増えるし。増えると兄貴かロウに押し付けるし。
「それじゃあ姉さんは?」
「イナイに今そんな余裕は無いだろうな。タロウの看病以外本当はしたくないぐらいだろう」
「あれ、一旦回復したって聞いてるけど、また悪化したのか?」
タロウが無茶をした、というのは聞いている。死者蘇生に近い事をしたらしい。
恐らく実際には死にかけの状態だったのだろうが、それでも普通は治療が不可能な状態。
それを無理矢理治して蘇生させたという事は、余程無茶な使い方をしたんだろう。
恐らくは俺と同じ力を使い、だけど足りない力を無理矢理別の方法で行使した。
タロウではきっと魔法は使えない。魔法には届かない。
それは初めて会った時から解っているし、姉貴も解っている。
なのにタロウは魔法を使おうとしたんだろう。そしてほんの少しだけ届いてしまった。
その代償が、何処までの物かは、解らない。
一度回復したとしても、また悪化する事は不思議ではない。
奇跡を起こすっていう事は、それだけの事だ。
世界を捻じ曲げるっていうのは、それだけの力が要る物だ。
「いや・・・俺達も少し判断に困っている事が起こってな。イナイも一応の理由は解っているし、俺も説明をされているが・・・それでも今後どうするか悩む事が」
「どういうこった?」
もしかすると、それが理由なのかもしれない。
タロウが世界に届いてしまった。魔法にほんの少しだけ届いてしまった。
奇跡を、ほんの少しだけ、引き寄せてしまった。
もし、それが理由なのだとしたら。
「タロウが、魔神になろうとしていた」
これは、俺が原因なのかもしれない。
姉さんに会うの、凄く気が重くなってきた・・・。
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