第616話遺跡内部での戦闘ですか?
「良い天気だねぇ・・・あ、クロト、頬にたれが付いてるよ」
「・・・ほんとだ」
「あはは、手で拭いても伸びるだけだよ。拭いてあげるからじっとしててね、クロト君」
『今日のはタロウ好みの味が多いな』
「半分以上俺が作ったからねぇ」
今私の目の前で繰り広げられている光景は何なのだろうか。
確か私はそれなりの覚悟をもって、危険な地へ赴く為に気合を入れて来たはず。
だが私の目の前では、とても和やかな食事風景が繰り広げられている。
それも遺跡を眺めながらの屋外での食事だ。
屋外であるからなのか地面に敷物を敷いて、亜人の娘がずっと持っていた弁当箱を広げている。
いや、この娘は竜だったか。
変化した所を見ていないので未だに信じられないが、あの子竜が人型になった者らしい。
「サラミドさん、手が進んでないみたいですけど、口にあいませんでした?」
「あ、ああいや、そういうわけではないのですが」
これを彼が作ったと聞いて驚いていた事は事実ではあるが、食事に不満が有って手が進んでいないわけではない。
むしろこの食事は美味しい。我が家の料理人と比べても遜色ない物だ。
ウムルの料理は一般家庭でも調味料がふんだんに使われると聞くが、これが一般家庭で毎日出て来るとは贅沢な話だと思う。
いや、彼は貴族の夫なのだし、その辺りが理由かもしれないな。
私が戸惑っているのは、彼が余りにものんびりとしている事だ。
今から危険な場所に向かい、命のやり取りをしに行く様子には見えない。
とても穏やか・・・というよりも気が抜けている様に見える。
元々そう言った雰囲気の有る方だったが、今は尚の事緩く見える。
「・・・これ、美味しいよ」
「あ、ああ、ありがとう、クロト君」
彼の息子であるクロト君に料理を乗せた皿を渡され、戸惑いながら受けとる。
どこを見ているのか解らない焦点の合っていない瞳で見つめられると、少し不安になるのは私だけだろうか。
そんな事を考えているとタロウさんの手が止まり、視線が遺跡に向いていた。
相変わらず表情はぼけっとしたものだが。
暫くそのまま遺跡を眺めていた彼だったが、視線を私に向けて口を開く。
「しかし、遺跡を掘り起こしてたんですね。中に入る道を作らなくて良いので助かりますけど、隠すのには大変じゃないですか?」
「いえ、それが、誰も掘り起こしてはいないんですよ」
「・・・え、て事はずっと前からこの状態って事ですか?」
「それも違います。この遺跡は突然この状態でこの場所に現れたんです」
我が国に現れた遺跡の在る場所は、元々は何もない平地だった。
人の手が余り入っていない土地なので木々もそれなりに多い場所でもあった。
それがある日、突然周囲の木も土もどこかに消え、この遺跡が現れたのだ。
低い位置にある事から地中に埋まっていた事は察せられるが、それを隠していた周囲の物体の消失には驚きを隠せなかった。
「いきなり現れた、ですか・・・クロト、遺跡の周囲に何か見えたりする? 俺には見えないんだけど何か有りそうかな」
「・・・ううん、見えない。近づいても大丈夫」
「そっか、ならとりあえずは安心か」
私の話を聞いて、真面目な顔で息子と相談するタロウさん。
クロト君の答えを聞いたタロウさんは安心した様子で息を吐いた。
事情を知らない私には彼らの会話の意味が解らないが、彼の息子も彼と同じで普通の領域の人間ではないという事なのだろうか。
「多分お姉ちゃん、その確認の報告も期待してるよね」
「・・・多分。イナイお母さんには、遺跡周辺にも気を付けてって言われてたから」
「そういえば俺も言われたな。近づいた時点で危険を感じたら一旦戻れって」
『タロウー、この弁当なんか肉が多い。もうちょっと野菜入れて』
「肉は保存食に加工してるのが手持ちにあったけど、野菜は急いで仕入れたから少ないんだよ」
「・・・お父さんが作った物に文句を言うな」
『作った物にはつけてない。作って無いから言ってる』
「こらこら、二人共そんな事で喧嘩しないの。タロウさんは朝早くから頑張ったんだから、ハクも我慢してね。クロト君もお父さんが絡むとすぐ怒るの駄目だよ?」
『はーい』
「・・・はい」
真面目な話をしていたかと思えば、また食事に会話が移行した。
彼等はどこまでがわざとで、どこまでが素の行動なのだろうか。
シガルさんが飼っているグレットという名の獣も連れて来ているし、目的を聞いていなければただ散歩と食事をしに来たようにしか見えない。
「こんなにのんびりしていて大丈夫でしょうか・・・」
「イナイには日が暮れる前に終わらせて戻ってくればいいって言われてるんで、大丈夫ですよ」
そういう意味ではなく、この気の緩んだ雰囲気で大丈夫なのかという意味なのだが。
いや、私程度の者が緊張感を持ったところでどうなる事でもないのだろうし、彼等には彼らにしか解らない感覚が在るのだろうが。
自分の分の食事が終わったグレット君に押し倒されるタロウさんを見ていると、先日の母上との戦いは幻覚でも見ていたのかと思ってしまう。
「さて、行きますか」
「ええ、宜しくお願いします」
食事が終わり、綺麗に後片付けをしてから、彼が出発を口にする。
私はそれに従って彼に続く。
「気を付けてね、タロウさん」
「うん、行って来るね。クロトはお母さんをお願い」
「・・・大丈夫」
『私も居るし問題ない』
そんなやり取りを軽くしてから、タロウさんは遺跡に足を踏み入れる。
私は彼の後ろを黙ってついて行きながら、遺跡の中を観察していた。
通路が幾つもある形ではなく、とにかく一本道なのだが、これがなかなか長い。
かなり地下まで降りているんじゃないだろうか。
石の材質も知っている物とどこか違う気がする。
専門職では無いので解らないが、普通の石には見えない。
こんな大きなものが、世界各国に同じものが在るという事実に、今更ながら違和感を覚える。
「あ、そうだ、サラミドさん、一つお願いがあるんですよ」
遺跡を観察しながら歩いていると、彼は唐突に足を止めてそんな事を言って来た。
「はい、なんでしょうか」
「俺が今からする事は、何が有っても最後まで黙って見ていてもらえませんか?」
「・・・私は貴方の指示に従えと言われています。どうぞ、ご自由にお願いします」
「ありがとうございます」
彼は私の返事に満足そうに頷くと、また歩みを進める。
今の質問の意図は解らないが、その意図がなんにせよ私の行動は変わらない。
私にできる事なぞ最初からなく、元々ただ眺めている事しか出来ないのだから。
そうしてまた暫く歩き、開けた場所にでた。
その先に一つの石櫃がある。あれが魔人の眠ると言われる物か。
「そこで、待っててくれますか?」
「解りました」
彼に入口で待っている様に言われ、彼が石櫃に近づいて行くのを眺める。
彼は石櫃の前で少しの間佇んでいたが、意を決したように蓋を開けた。
すると石櫃に周囲の魔力が吸い込まれていく感覚を覚える。
私は魔術に長けた口では無いのに、酷く暴力的に魔力が集められているのが解ってしまう。
「なんだ、これは」
息がつまりそうになる程の「力」を感じる。
今あそこには、絶対に相対してはいけない化け物が居ると感じる。
足が震えて動かない。いや、足だけじゃない。体が動かせない。
「私を起こしたのは貴様か、小僧」
石櫃から一人の男が現れた。
身なりのいい服を着た貴族風の男だが、容姿がいかんせん服に合っていない。
丸々太った体系に、可愛げの欠片も無い醜悪な顔。
石櫃が大きかったとはいえ、あの体があの中に納まっていたのかと思う巨体だ。
奴が、魔人。
「はい、おはようございます」
「ふん、少し予定と違うが・・・まあ良い。致し方ないだろう」
「予定と違うんですか?」
「貴様ごときに語る事なぞ無い。ゴミは我らの問いに応える事以外許さん」
何故か彼は、魔人に穏やかに話しかけ始めた。
だが魔人はそんな彼が気に食わない様子だ。
「やっぱり、貴方達は人間と共存は出来ないんですかね」
「どうやら私の言葉が聞こえていなかったようだな。あの方の気配がするから一度は容認してやったが、一度死ぬか」
魔人はそう言うか動くのが速いか解らない速度で彼に手刀を向けた。
だが、既に彼はそこに居らず、室内のはずの空間に暴風が舞う。
それと同じく何かを大きく叩きつける音が聞こえ、気が付くと彼は魔人の背後に立っていた。
静かな、殺意を感じる目を、魔人に向けて。
「じゃあ、しょうが、ないか」
静かにそう呟いた彼を見て、ぞくりと悪寒が走るのを感じた。
彼からは相変わらず強そうな気配は感じない。
だというのに、彼の眼を見た瞬間「殺される」と矛盾した感覚が体を駆け巡っている。
「な、貴様、いつの――――」
魔人は驚愕の表情を見せながら、背後に居る彼に攻撃をしようとした。
だが彼はその腕を難なく掴み―――ごとりと、魔人の首が落ちた。
「な・・・なに・・・が・・・」
落ちた首は私の方を向いており、その目は思い切り見開かれ、何が起きたのか認識出来ていない様子だ。
私にも全く見えなかった。二人の位置を離れた場所から見ているにもかかわらず、何も。
だが彼の手にいつの間にか抜かれている剣が有る事から、予想だけは付く。
彼は私にも、魔人にすらも認識出来ない速度で魔人を斬ったのだと。
タロウさんは力の入らなくなった魔人の体をゆっくりと置き、魔人の頭に近づく。
「・・・恨んでくれて良い。憎んでくれて良い。絶対に許さなくて良い。俺は俺の家族の為に、お前を殺す」
彼は静かにゆっくりと魔人にそう言い放つと、魔人の頭を両断した。
その様子に、どこか、辛い物を感じさせながら。
魔人が完全に死んだ事を確認した彼は懐から石を取り出し、その石を暫く魔人に向けるとまた懐に戻した。
「さて・・・終わりましたし、一旦帰りましょうか」
「あ、ああ・・・」
先程の悲痛な様子も、殺されるかと思う眼も消え、穏やかな、何処か気の抜けた雰囲気の在る彼に戻っていた。
ただ彼は、遺跡から出ると嫁に体を預けて気絶する様に寝てしまい、そのまま背負われて屋敷に戻る事になる。
あの時何が起こったのかを彼自身に聞きたかったが、その日は結局聞く事が出来なかった。
けど、それでも、一つだけは解っている。
あれは、私には、絶対に届かないものだと。
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