第614話心の整理ですか?
「何であんな事言い出したんだ」
父上が真面目な声音で私に問いかけて来る。
咎められるであろうとは思っていたので、特に狼狽えることは無い。
自分自身、馬鹿げた事を言い出したという自覚は有る。
遺跡の中には危険な存在が居る。下手をすると母上でも危険な相手が。
私では間違いなく歯が立たない事が目に見えおり、付いて行く意味なぞ何も無い。
だがそれでも、彼に付いて行きたいと思ってしまった。
「お前じゃ足手纏いになんのは、小僧とストレリアの手合わせを見たら解んだろ」
勿論解っている。
私が彼に付いて行っても何の役にも立たないし、むしろ邪魔になるだろう。
母上との手合わせなぞ見る必要もなく、そんな事は解っている。
「全部解ってて、ってツラだな。だんまりじゃ俺は絶対に許可出さねーぞ」
父上の鋭い視線が突き刺さる。このままでは確実に遺跡への同行は許可されないだろう。
無許可で勝手に同行をしようとすれば、強制拘束もあり得る。
父上が納得出来る事を答えなければ、絶対に彼に付いて行く事は出来ないだろう。
「・・・諦めたいんです」
「あん?」
私の答えに、父上は片眉を上げて怪訝そうに声を上げる。
黙って傍で私達を見つめている母上も小さく首を傾げていた。
「諦めたいって、何をだよ」
「武を、諦めたいんです。その為に、彼の本気を見てみたい」
私は今まで、文武共に頑張ってきたつもりだった。
大公である父上の後を継げるように。母上が亡き後も戦える様に。
そう思い、ずっと頑張ってきたつもりだった。
けど、無理だ。あれを見てしまっては、そんな事はもう考えられない。
母上の本気の勝負を初めて見てしまえば、今までの志なぞ簡単に折れる。
二人の戦いを見ていた時の私は「何だあの化け物達は」という思考で支配されていた。
どう努力しても、あの化け物達に届く気がしない。
武を、今までの様に続けられる気が、しない。
「今日のような試合ではない。本気の彼の戦いを見て武を完全に諦めたい。そう思ったんです」
「それなら別に遺跡に同行する必要はねぇだろ。その辺の魔物相手の戦いでも見せてもらえば良いじゃねえか。何ならウムルに行って危険な魔物の居る所に連れてってもらってよ」
「そうかも、しれません。けど、それじゃ駄目なんです」
きっと理屈の上では同じ事だろう。
私が敵うはずのない魔物を屠る彼を見る事と、遺跡の化け物を倒す姿を見る事はきっと同じ。
自分でも頭では理解している。けど、気持ちがそれに納得をしてくれない。
「何気にしてんのか知らねぇが、別にあいつの領域までたどり着く必要なんかねえぞ。んなもん俺見てりゃ解るだろ。俺もお前と同じであんな戦い出来ねぇぞ」
「それは、勿論、知っています」
父上は常々母上の強さを語っていた。
今までは何処か夢物語の様な気持ちが在ったが、それが現実だと突き付けられたのが今だ。
母上さえ傍に居れば安全だと言うのは、あの強さを知っていればこそだと。
「全部、解っています。馬鹿げた事を言っているというのも、彼に迷惑をかける事なのも。それでも、私は自分の気持ちを納得させる為に、彼の戦いを見たい」
私には確実にあの領域に辿り着けないという事はもう解っている。
彼の戦いを見ようが見るまいが、結局私は武を諦めるだろう。
むしろ見た所で、気持ち良く諦められる自信なんてない。
ただ母上さえ危険だという相手なれば、すっきりと諦められる物が見られるかもしれない。
そんなふざけた、子供じみた思考から出た願いだった。
胸の奥に渦巻く黒い心をどうにかしたい気持ちからの言葉だった。
「サラ、強くなるのは、嫌ですか?」
「・・・母上、私は、母上のようには、きっとなれません。今日、そう感じてしまいました」
強くなるのが嫌なわけがない。今までは母を目指していたのだから。
国の騎士が相手にならないその強さに憧れていたのだから。
憧れていたからこそ、その憧れに絶対に届かないと解った気持ちに整理を付けたい。
「あの領域に届く為には、何処かが壊れているか、何かを抱えていないときっと辿り着けない。私にはあの世界に辿り着く程の物を持ち合わせていない」
「・・・そうですね、確かに彼は何処か壊れている部類の人間でしょう。私と同じく、何かがおかしい人間。彼は少しばかり頭のねじが外れている」
どうやら母上にとって、彼は自分と同類だと感じていた様だ。
人として壊れた部分がある事で強くなった人間だと。
私には流石にそこまでは解っていなかった。
今言ったどちらかでなければ、あの世界には届かないと感じていただけだ。
「どうしても、小僧の遺跡での戦闘を見ねぇと納得できねぇのか?」
「・・・正直に言うと、それで納得出来るのかも自分には解っていないです。それでも何かが見れるのではないかと、諦めのつく何かを見せてもらえないかと」
我ながら目茶苦茶な事を言っている。お前は小さな子供かと自分で呆れてしまう。
父上が呆れて溜め息を吐く気持がよく解る。今日の私はこの上なく面倒臭い。
それでも、どうしても、私は彼に付いて行きたいと思ってしまっている。
「なあ、息子よ。遺跡について行くって事は、今日以上の化け物を見る可能性が有って、そいつとの戦闘の邪魔になる可能性が有るって事だぞ?」
「・・・解って、います。いるつもりです」
「それでもついて行きたいっていう事は、死ぬ覚悟が必要って事だぞ?」
「っ、解って、います」
死ぬのは怖い。覚悟が有るかと言われれば、無いと答えるしかない。
そんな覚悟で言い出す事ではないのに、私は同行を願った。
その事も承知の上でだからこそ、自分がふざけた事を言っているという自覚がある。
「はぁ・・・」
父上は頭を抱えながら大きな溜め息を吐き、暫くその体勢から動かなくなった。
そして面倒臭そうに顔を上げ、これまた面倒くさそうに口を開く。
「一応、許可、してやる」
「父上・・・ありがとうござ―――」
「ただし、絶対に小僧の指示に従え。それが出来ねえんなら行かせねぇ」
礼を言おうとする私の言葉を遮り、強めに言って来る父上。
そんな事は言われるまでもない。
「勿論です。頼みの時点で我が儘である事は承知していますし、彼の指示には全て従います」
「なら、良い。つってもステル嬢ちゃんの返答次第では、どれだけ望んでも無理だからな」
「・・・はい、承知しています」
父上の不承不承ながらも許可をくれた様子に、しっかりと頭を下げて答える。
これで何かがすっきりするかはやっぱり自分でも解らない。
けど、何かを見せて欲しい。自分が諦められる何かを。そう願わずにはいられない。
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