第474話のんびり釣りは楽しいです!

ニョンさんの案内のもと、街から結構離れた所に在る山に到着。

ただ今中腹辺りの川で、のんびり釣り糸を垂らしております。

道中は危険な生き物に出会う事も無く、平和そのものだった。

魔物以外の野生動物はグレットから逃げた可能性があるな。


「よっと~」


のんびりした口調とは裏腹に、竿がしなったのを確認して鮮やかに魚を釣り上げるニョンさん。

籠に魚を入れ、針に餌を付けて再度川へ投げ込む。

一連の動作が綺麗で、普段から釣り慣れているのが伺える。


「こっちは釣れるね~」

「ですねぇ」


俺とニョンさんは普通に会話ができる程度の距離で釣っている。

彼の籠の中はもう10匹以上の川魚が入っており、途中で内臓処理をして魔術で氷を作って詰めている。

ニョンさんの魔術詠唱は、戦闘で使う気は一切無さそうな長さだったな。


「タロウ君は生で魚を食べるのは平気~?」

「ええ、そういう文化の土地で過ごしてたので平気ですよ」


寄生虫とかちょっと怖いけど、仙術使いながら食べれば異常に気が付くでしょ。

最悪体内に気功打ち込んでしまえば何とかなるかなって思ってる。


「そっか、じゃあ後でこれ食べよ~。塩焼きもいいかな~。帰ったら煮物も作ろうか~」

「良いですねぇ」


お昼と帰った後の献立を、川のせせらぎを聞きながら話し合う。

最近神経集中するような事が多かったのと、久々の釣りで気が緩み切っている。

かつ、話しかけてくるのがニョンさんなので、尚の事ぽやっとしてくる。


かなり離れた下流では、グレットがクマの鮭取りの様に魚を跳ね上げている。

最初は上流でやろうとしたので下流に行って貰った。

楽しそうに水をバシャバシャはね上げながら遊んでいる。

取った端から食ってるけど、骨が一切残って無い様に見えるのは気のせいかしら。

カルシウムだな、うん。


シガルはクロトと一緒に水遊びをしている。

最初は俺達が居る所より少し上流で釣っていたのだけど、ある程度釣れたところでグレットと一緒に下流にいって、グレットの自由にさせてあげているわけです。

クロト(子供)の面倒を見ながらグレット(ペット)の面倒を見るお姉さんだな、あれ。


因みにシガルさん、成長期なのか最近背が凄い勢いで伸びてます。

来年には追い抜かされるんじゃねえかな。だってもう目線がちょっと下げた程度なんだもん。

そのうちシガルの方が年上にみられそうな予感がする。


・・・さて、ここまで自分の事を語らなかったのは、もはや説明は要らないだろう。

釣果ゼロだよ。いつも通りだよ。

傍でニョンさんが話しかけてくるのも、気を遣ってだよ。

本当にすぐ傍にいるのに釣果に差が有りすぎるから、こっちチラチラ見てるよ。


「タロウ君、ちょっと場所交代してみる~?」

「えっと、言いにくいんですけど、そっちでも竿垂らしてました」

「あ~・・・」


何を言っても下手な慰めになるという雰囲気のニョンさん。

申し訳ない。いつも通りで本当に申し訳ない。


「お」

「お~」


竿がくいっとひかれ、何かがかかったの感覚を感じる。

手ごたえは弱いので小魚だろうけど、それでもやっと一匹目だ。

静かに竿を上げつつ、内心喜びながら釣れたものを確認する。

・・・上流から流れてきたらしき草の塊だった。


「・・・あ~」


ニョンさんの何とも言えない声が、小鳥のさえずりが心地よい山の中に響く。

あ、今シガルさんこっち見て見ない振りした。

グレットの方に歩いて撫でに行っても、ばっちりこっち見てたの見てましたよ。


器用に針に引っかかった草を外して餌を付け直し、また川に針を落とす。

まあ、こういう事も有るさ。


「なんだかタロウ君、あんまりがっかりした感じじゃないね~」

「慣れてますから」

「そっか~。そうだよね、釣れない時だってあるよね~」


いえ、基本的にそれがデフォなので慣れてるんです。

でも和やかに目を細めて笑う彼に、余計な事は言わないでおこうと決めた。

少しはがっかりしてるんですけどね。


そんな感じでうまく勘違いしてくれたので、ニョンさんもこちらを気にする事は減ったようだ。

まあ、周りが釣れてるのに自分だけ長時間釣れないって、普通は辛いだろうしね。


この人がっつり羊顔だけど、表情が解り易くて助かる。

獣とか虫系の顔の人って、表情が解らないんだよな。

笑顔で口元上げてくれた時か、怒ってる時以外の微妙な表情の変化とかが全く掴めない。


「あ、そうそう、大事な事を忘れるところだった~」


ニョンさんはまた一匹釣りあげて、餌を付け直して針を投げ込みながら呟いた。

ここに何か用事でも有ったのかな?


「タロウ君、ありがとうね~。二人を助けてくれて~。ほら、ギーナ様のお屋敷ではお礼を言いそびれちゃったからさ~」


遺跡での事かな。

確かに結果としては二人を助けられたけど、危険な目に合わせたのも俺達の様な気がする。


「危ない目に合わせたのは、俺達が原因ですし・・・お礼を言われるような事では無いかなと」


俺はニョンさんの横顔を見ながら応えると、彼はにっこりと笑った。


「そんな事無いよ~。今回偶々君達が居た事で作動したのかもしれないけど、もしかしたらそうじゃなくても動いたかもしれないんだから~。みんな命は無事だったんだから良かったよね~」


ニコニコしながら穏やかな声で、彼はそう言った。

少しだけ、気分が楽になった気がした。

俺達が遺跡に行かなければ、あの二人が倒れる事は無かったかもしれないと、何処か頭の片隅では思っていたから。

優しくて温かい人だな、この人。


「ありがとうございます。少しだけ、気分が楽になりました」

「そっかそっか~。それは良かった~」


ニコニコ笑顔で応えるその言葉に、もしかしたら俺の内心を考えての言葉だったのかと感じた。

もしかしたらこの釣り自体、気を遣ってくれたのかもしれないな。


「ん~?」


また一匹魚を釣り上げ、そろそろ一度食事の為に捌こうとしてたらしい手を止め、山の奥の方を見つめるニョンさん。

俺も同じ方を見つめ、こちらに向かってきている物を視認する。


サイズは大体3メートルほどの、巨大な毛のない獣。

頭に大きなこぶがあり、鼻は少し長めだが曲線を描いて上を向いている。

元の世界では見た事のない様な形の獣だ。毛が一切ないせいで、余計に不気味さを感じる。

俺が知らないだけで、元の世界でも探せばいるのかもしれないけどね。


少し前からゆっくりと伺う様に向かってきている魔物を感じていたが、どうやら完全にこちらを獲物と定めた様だ。

魔物は俺達の前に姿を見せると、立ち上がって前足を大きく広げた。

デカいな。魔力の量的には樹海の鬼よりちょっと弱い程度か。普通の人には危ない強さだ。


「この辺でこんなに大きいのは、珍しいな~」


おそらく威嚇であろうそれに、一切動じることなく微笑むニョンさん。

予想はしてたけど、この人もきっと強いんだろうなぁ。

レイファルナさんも、魔術無して凄い身体能力だったし。

獣人系の人達って、基本力強そうだもんなぁ。


「こいつ美味しくないから、あんまり好きじゃ無いんだよなぁ~」


残念そうに呟きながら、てくてくと自然体で歩いて行くニョンさん。

あまりに自然体過ぎるせいか、止める気も心配する気も起きなかった。

その背中が、とても頼りになる様な、そんな雰囲気を感じた。


だが魔物は獲物を狩る為に、広げた前足でニョンさんに殴りかかる。

体重を乗せたそれはニョンさんを正確に捉えた。


「よっと~」


衝撃で轟音が響くが、ニョンさんはなんとも無い様に片手で受け止めていた。

次いで彼が自然に近づいて放った腹部への一撃で、魔物は叫び声も上げずに沈んでいった。


やっべ、この人めっちゃ強い。

魔術も無しで生身であれ受け止めるとか、そりゃ普通の人族じゃこんな人達止められねーわ。

むしろ良くこんな強い一族奴隷にしようとか思ったな。


「さて、どうしよっかなぁ・・・こいつ美味しく無いんだけどなぁ・・・」


先程の戦闘よりも、仕留めた魔物の処理に悩んでいるニョンさん。

しかし美味しくないのか、この魔物。

筋肉質っぽいし、筋張ってるのかな?


「タロウ君、ちょっとこれ処理してくるから、ここで待っててくれる~?」

「あ、はいわかりました」

「ごめんね~」


彼は自分の倍以上大きな魔物を軽く持ち上げ、山の奥へと走って行った。

どう見ても魔術使ってないので、本当に半端ない身体能力してるな。

ガラバウもそうだけど、獣系の姿の人って皆ああなのかな。

もしそうなら、過去の無謀な人族の結末は当然の帰結だったんじゃないかな。

あんな人達いつまでも奴隷にとか、絶対無理だろ。


一向にかかる気配のない釣り糸を眺めながら、過去の事件にそんな思いを抱いたのだった。

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