第303話帝国王子と宿の親父さんとの出会いですか?
「うむ、美味い!」
食堂のカウンターで、出された食事を口にし、思わず叫ぶ。美味いぞこの料理。今まで食った料理の中で、かなりの上位の美味さだ。
思わず、食が進む進む。これは止まらん。だが、相棒はそんな俺をどこか冷めた目で見ている。こいつの口には合わなかったか?
「どうした?口に合わなかったか?」
皿を一つ突き出しながら、相棒に問う。だが相棒は、そんな俺を見て、深く大きくため息を付く。
どうした一体、何が不満なんだ。
「どうした、折角お前の要望通りに宿も取ったし、美味い食事も有るというのに」
ここ数日、何度もちゃんと宿に泊まりたいと言っていた相棒の要望に応え、ちゃんと部屋を取ったというに。
いったい何が不満なんだ。もしかして俺と同室が不満なのか?
「食事なんてしてて良いんですか?目測とは違ったんですよ?」
相棒は、自分たちの予想と、現状が違う事に悩んでいたらしく、ため息交じりに俺に言う。
だが、当てが外れたからと言って、今焦ってどうなる程の事では無い。
「焦っても仕方なかろう。昨日今日の話ではない。もう何日も前からこの街におらんのだ。追いかけるにしても、一日二日この街に留まったところで、何の支障も有るまい」
そうだ。焦ったところで意味はない。既にこの街にタナカ・タロウは居ない。英雄と祭り上げられ、その恩恵を受けていると思いきや、そんな物には興味が無いとばかりに旅立ったという。
なんとも、変人だ。ますます気になるぞ、タナカ・タロウ。普通ならば王女に取り入り、この国に根を張ってもおかしく無かろうに。
「それは・・・そうかもしれませんが」
「大体お前は、今日も街を走り回って、疲れただろう。休め休め」
普段からこき使っているが、今日は殊更こき使った。普段からの感謝も込みで、今日はこいつを労うつもりで宿を取ったというのに。
宿が安宿なのが不満なのか?
「はぁ・・分かりました。今日はもう、素直に休みます」
「ああ、それでいい」
どうやら相棒も、休むことを決めたようだ。食事に手を付け始め、その進みようから、美味いのだという事は見て取れる。
「ここの食事、本当に美味しいですね」
「だな!久々に食ったぞ、このように美味い物!」
「そりゃ、ここ数日保存食しか食べてないですもん。当たり前じゃないですか」
俺の感動に水を差す相棒。確かにそうだが、それを抜きにしても、本国でもなかなか食べられん美味さだぞ、これは。
だが、相棒も俺の言葉に異を唱えつつ、手が止まらない。
「ふふふ、体は正直だな」
「止めてくれません?そういう誤解される言い方するの」
「何の話だ?」
「・・・無自覚ですか、そうですか」
何を言ってるんだこいつは。偶に相棒は良く解らんことを言う。
こいつは戦術書から児童文学まで幅広く本を読む男故、何か今の発言から想像する事柄でも有ったのかもしれんな。
「まあ、気に入ったならば良い。てっきり同室が気に入らないのか、食事が気に入らないのかと悩んでいたぞ」
「・・・食事は良いですけど、同室なのはちょっと困るんですけどね」
「そうなのか?」
「ええ、少し。まあいいですけど」
相棒は不満顔を隠しもせず、食事を進める。美味いのだから美味そうな顔で食べれば良かろうに。
「うちの食事は、口に合わなかったか?」
カウンターから、ここの主人が問う。どうやら相棒の表情が曇っていることが気になったのだろう。
自分の作った料理をしかめっ面で食べられていれば、気にもなるという物だ。当然だろう。
「あ、い、いえ、すみません。食事は美味しいです。こっちの事情で少し困っていただけで」
「なんだ、そうかい。てっきり何か分量間違えたかと思ったぜ」
相棒の言葉に、主人は愉快そうに笑う。
・・・この男、ただの宿の主人では無いな。おそらく相棒も気が付いているだろう。
ただの宿の主人というには、あまりにも隙が無さすぎる。副業がこちらなのか、それとも本業なのか知らないが、荒事で生きている人間の佇まいだ。
まあ、周りを見るに、荒事仕事が得意そうな客も多いため、そういう人間がやっている店で有っても不思議ではない。
「ところで、何悩んでたんだ?」
「何、人探しをしていたんだが、なかなか上手く行かなくてな。目的の人物が、入れ違いどころかとうにこの街を出ていた」
「そりゃ残念だったな」
「全くだ。英雄と祭り上げられ、滞在していると思ったのに」
俺がそこまで呟くと、空気が変わったのが分かった。目の前の人物が原因だ。ぱっと見は何も変わっていないが、間違いなく、変わった。
「へえ、あんた、小僧を探しに来たのかい?」
「小僧?主人はタナカ・タロウの知り合いなのか?」
「おう、一応な。ここにも泊まってたからな。なんだ、知っててここに来た訳じゃねえのか」
主人の言葉に俺が相棒の方を向くと、死んだ目で俺を見る相棒がそこに居た。
どうやらやってしまったようだ。俺は知らなかったが、相棒は知っていたのだろう。恐らくそれとなく情報を仕入れるつもりだったのでは無いだろうか。
「俺は知らなかった。相棒は知っていたようだが」
「そうかい。まあ、あんたらが何者なのかはしらねぇえが」
そこで完全に、戦場の空気を、感じる。たった一人の男の気迫に、死を感じる。
「あの小僧に、何の用だ。内容次第じゃ、ただじゃ帰せねえぞ」
震える。震えてくる。この親父、とんでもない。その眼光の鋭さに捕らえられ、体が上手く動かせない。
宿の主人なんてしているような人間の出す迫力と殺気じゃない。
だが、そんなものに一々怯んで、全く動けなくなるようなら、俺はとうに死んでいる。そういう世界で生きてきたのだ。
その程度の死は、どうという事は無い。いや、どうという事は無いと、やってのけなければいけない。
俺はちびちび飲んでいた酒を一気に煽り、器を叩きつけるように置く。
「ぷはぁ!美味い!」
俺の行動に面くらったのか、少し目を丸くする主人。
「別にどうという事は無い。ただ俺の力になってほしいだけだ。雇いたいというだけの話だ」
そう、事情など、ただそれだけ。金を払うから、雇わせろ。ただそれだけの話だ。
その男を陥れようとしているわけではない。俺は口元を釣りあげながら主人に言う。
そのついでに、空になった器に更に酒を注ぐ。美味いなこの酒も。
「・・・まあ、問題は無さそうか。お前ら程度に小僧がどうにかされる事もないだろうし」
親父は俺の行動に毒気を抜かれたのか、さっきまでの迫力が消える。
この手の人間にも認められる人種か。やはり、相当の手合いだな。ますますほしいぞ。
「どういうつもりか知らねえが、あいつを探してるなんて、迂闊に言わねー方が良いぞ。この国・・・いや、この街は、あいつに感謝してる連中が数多く居るからな」
「忠告感謝する。だがいいのか?そんなに簡単に」
「いい。さっきので返事できるんだ。少なくとも、小悪党じゃねえだろ」
どうやら親父の言葉に正面から答えた事が、親父が俺を認める事になったようだ。ふむ、昔から死と隣り合わせな人生も、偶には役に立つ。
だからと言って、死にたいわけでは無いが。
「ただ、うちの王女さんは、小僧に入れ込んでる。王女さんの耳にあんたの事がはいりゃ、どうなるかは解んだろ」
「ああ、そうだな。理解できる」
とはいっても、俺の事を王女殿下が知ったとして、俺に手は出せんよ。
王女だからこそ、俺に手を出すわけにはいかない。まあ、暗殺という手段に出る可能性も無くは無いが。
主人はもう興味が無くなったのか、厨房の奥で作業を始める。
「生きた心地がしませんでしたよ」
「やはり、あれは無理か」
相棒は、あの親父に勝てないと確信していたようだ。俺は勿論勝てん。
「無理ですね。逃げる事も出来たかどうか」
「だろうな。周囲の連中も剣を手にかけていた。通常の手段では逃げられなかった可能性の方が高い」
親父が殺気を放ったあたりから、客の半数以上がいつでも動けるように構えていた。とんでもない宿だな。
まあ、一応いざという時の切り札は有るが、あまり使いたくはない。
「これで、ここで情報を引き出すのは無理そうですね」
「そうだな、すまん」
「いえ、先に言っておかなかったこちらにも落ち度がありますから」
俺の謝罪を相棒は受けず、逆に謝ってきた。まあいいか。
「で、どうするんですか?」
「明日、王女殿下に合う段取りはもうつけてある」
「は?なんですかそれ、聞いてませんよ?」
「言ってなかったからな。安心しろ、お前も一緒だ」
「て、敵陣中央行くようなもんじゃないですか」
「問題ない。少なくとも、城に居る間は手は出せんよ」
俺の身分を理解しているならば、王女殿下が俺に手を出す事は無い。特に城内ではだ。
「ホント勘弁してくださいよ・・・」
相棒は愚痴を口にしながら酒をあおる。納得していないが、付いては来てくれるようだ。本当に付き合いが良い。
やはり相棒は、一番信用できる。わざわざ危険地帯に付き合ってくれる。
さて、明日は王女殿下の入れ込み具合を確かめに行くとするか。
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