第81話イナイは新しい力を手に入れたのですか?
「ぐあっ!ってえ!」
竜の山にあたしの苦痛の声が響く。
『あーあ、もうボロボロじゃないか。別にそんなことしなくてもイナイは強いんでしょ?』
そんなあたしを見て、いつまでも起きないからそのまま連れてきたハクがあたしの惨状にため息をつきながら言う。
もう何度目かわからない魔術行使の失敗で体のいたるところから血の跡が目立つ。
自分の許容しきれない、操作しきれない力を扱った代償。
理解の範疇外の世界を使う代償。
時には炎が、時には風が、時には水が、時には雷が、時には土が、時には魔力そのものが力となってわが身を襲う。
「強い弱いじゃなくて、覚えたいんだよ、この力」
『それだけの力を持ちながら、なお力を求めるか?慣れ親しんだ力を使えばその程度ではないだろう』
あたしの答えにさらに老竜が問いかける。
悪いな、そんな大層な話じゃないんだ。
あたしのために、この魔術は一番都合がいいと理解したからだ。
ただそのために覚えたい。
「別に戦う力がほしくてこの力を欲しいわけじゃない」
『ならばなぜ求める。使う力の種類は違えども、根幹は同じ。自らの使う力を練ればどうとでもなろう?』
「ならねーから覚えたいんじゃねーか。今までさんざん試したんだよ。けどダメだった。
竜の魔術ならいけるかもしれねぇ。ハクのあの魔術を見てそう思ったんだよ」
そう、ハクの使った身体変化の魔術。そして老竜の作った実体を持つ魔力体。
あの魔術は本来人の行使する力では使えない。セルですら不可能だ。
けど、竜の魔術を使えれば人間にも出来るかもしれない。
あたしも竜の魔術自体は知っていた。けどその力は人が触れられる世界と違う世界に触れているのが分かった。
だから、竜の魔術は人間には扱えない。そう思っていた。あの石碑もあたしには理解できなかった。
だってのに竜の魔術をあっさりとシガルは使っちまいやがった。あれを見たらやるしかねえじゃねえか。
『なぜ、の部分は教えてもらえんのかね?』
「大した話じゃない。ただの我儘さ。あたしの望むあたしに成る為に覚える。そんだけだよ」
『ふむ、やはり人間は面白い。我ら竜ではそのような思考にはならぬ。我らが使える力のすべてを使うことはあっても、我らが使えぬ力を使おうとは思わん』
『私はタロウの技覚えたいぞ!』
『そうかそうか。我らは竜という楔を壊そうとし始めているのかもしれんな』
あたしは老竜とハクが世間話を始めたのを無視して、また魔力を世界に流し込む。
あたしが知らない世界。いや、知っていたけどちゃんと見てこなかった世界。
すぐそこにあって、すごく遠くにあった世界。
人の力に隣接しながら、人から離れたとてつもない力。
竜が使うためだけに整えられたような力。
これはアロネスより、グルド向きの力だな。
その世界の力を引きだし、自身の力に変える。
やることは通常の魔術と変わらない。けどその世界を通して帰ってきた魔術の構成が人間の使うそれとは違う。
そのせいで作り上げられた力の一部が抑えられず暴走し、結果すべて破裂する。
その惨状が今のあたしだ。最初のほうこそケガするたびに治していたが、段々きりがなくなってきたので、そのまま放置している。
ただ流石にやけどはつらかったので治した。
やってるうちの受け答えでだんだん老竜に気を遣うのがつらくなって、気が付いたら素になってた。
もういいや、別に。老竜も気にしてないみたいだしな。
「こう、か!」
今日で二十数年ぶりになる魔術詠唱をしながら竜の魔術の流れを、自分の魔力で無理やり抑え込む。
『ほっほっほ、力技だの』
『でも、初めてまともに制御できてるよ!』
「はっ、一回制御できりゃこっちのもんだ!」
要領は覚えた。流れもなんとなくわかった。
あとは魔力の流し方を調整していけばいい。
「一回制御出来たんだ!2回目以降はもっと簡単にやってやらあ!」
自分を鼓舞するために叫び、宣言通り、魔力の制御を流し込んだ魔力だけで何とか制御する。
これならいける。
「はっ、アロネスのやつも根性が足りねえんだよ」
『ほっほっほ!本当に覚えてしもうたわ!シガルは天性の物であったが、努力でその力を、それもこの短時間で成しえるとは!いや、イナイが今まで培ってきた下地があってこそか!』
「これでも元々使ってる力も相当無茶して覚えたんでな。なれたもんだ」
『すごいな!イナイすごいな!』
「根本的に世界から引き出す力が強すぎるんだな。シガルのやつ、よくあんなにあっさり制御したな。あいつ本物の天才だわ」
ま、これで姉貴分の面目は保てるかな。
「さて、タロウが帰ってくる前に帰らねーとな。あとこの傷治さねーと」
『傷は治してやろう。だがその服は・・』
「いや、服はいいよ。ありがとう」
『そうか、では気を静かに落ち着けてな』
老竜に言われる通り、心を落ち着け、老竜の魔術に身をゆだねる。
心地いいな。老竜の強さと、優しさが染み出るような魔術だ。
あたしはその癒しにまどろみながら、今後のこの魔術の訓練をかんがえようかなと思ったところで気が付いた。
もう夕暮れ、いやもう落ちかけてるな。山の上だからまだ明るいだけか。
「しまった、タロウ達もう宿にきてんじゃねえか?」
『夕暮れ時だしきてるかもねー』
「あー、しまった。あたしすぐ戻るつもりだったから書置きすら残してねぇ」
『何か問題あるの?』
あるかと言われればそこまで問題はないが、心配はさせているだろう。
ハクと一緒にだというのはきっとわかってると思うから、大丈夫だとは思っているだろうが、タロウのやつ意外と心配性だからな。
とりあえず、めどは立った。
「老竜、礼を言う。あんたが見本を何度も見せてくれたおかげだ。あたしじゃ一回見ただけじゃ無理だった」
『何、面白いものを見せてもらった。それで十分だよ』
「そっか、じゃあまたいつか」
『じゃあねー、老!』
『気を付けてな』
転移をしようとしたところでハクが質問を投げかけてきた。
『結局何のために覚えたの?』
有耶無耶したつもりだったがこいつはごまかされなかったようだ。
「・・・タロウとシガルには言うなよ?」
ハクに念押ししてから理由を教える。
まだ目的は果たしてない。今日は制御ができるようになっただけだ。
だから使いこなせるようになるまではタロウにもシガルにも理由は内緒だ。
その理由を聞いたハクはそれがとても気に入ったようだ。
『私も似たようなものだもの』
「だったのか。そりゃ奇遇だな。ちゃんと内緒だぜ?」
『わかった!言わないよ!』
ハクは確約してくれたし、あとはタロウへのいいわけだな・・・。
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