第24話魔王の動向が気になりますか?
執務室にてペタンペタンと印章を押し、たまにサラサラと名前を入れる。
終わる気がしない。可否の印章を押するだけの物も、量が膨大すぎる。
毎日毎日いつまでも終わらない。助けて欲しい。
そんな風に苦悩していると、コンコンとノックの音が響く。
「入れ」
手を止めずにドア向こうの人物へ向けて声を発す。
声に応じてドアを開け、執務室に入った人物は剣を床に置き跪いた。
「陛下、失礼致します」
「ロウか、どうしたんだい。今日は非番だったんだろ?」
入ってきた人物がウームロウだった事で、王様然とした態度を崩して気楽に話す。
彼は自分が生まれた時から世話になっている騎士。
実の父親より父親と思えてしまう彼には、どうにも王様ぽく振舞うのが苦手だ。
剣の師でもあり、地獄のような訓練がトラウマになってるのかもしれない。
しかし、彼は今日非番だったはずだ。どうしたのだろうか。
「至急陛下の耳にお入れしたい事があります」
「ん、なに?」
「・・・あくまで噂であり、真偽は自身の目で確認は出来ておりません。その上での発言だという事をお許し下さい」
珍しい。彼はあまり前置きを言う人間ではない。結論を言ってから、経過を言う方だ。
その彼がアロネスやセルとの相談もなしに前置きか。聞きたくないなー。
「聞かなかった事にするってのは、だめ?」
あ、だめだ。聞いた瞬間殺気が溢れてきた。目がとても怖い。
そんなに睨まなくても、ちょっとした冗談だったのに。
少しだけ本音が混ざっている事は否定しないけどさ。
「じょ、冗談。ちゃんと聞くって」
「はっ、それでは申し上げます」
私は王様になってもロウには頭が上がらないなぁ・・・。
少し情けなさを感じながら、ロウの報告に耳を傾ける。
「今日、街にギーナという名の鱗尾族がいたという噂を耳にいたしました」
その話を聞いて一瞬手が止まる。
が、すぐに再開。驚いても手は止めるわけにはいかない。その分もっと遅れてしまう。
「確か、ではないんだよね」
「申し訳ありません。あくまで今日、娘と街を歩いていた際に聞いた噂でしかありません」
彼女がこの街に来ているのか。無断侵入だろうな。帰るときも上手く帰って欲しいものだ。
この国にも数は少ないが彼らの同胞はいる。
街にいるだけなら怖がられるだけで、不審には思われないだろう。
「如何致しますか?」
「ほうっておくしかないだろう。こちらから手を出さない限り何も問題ない。ロウもそう思ってはいるんだろう?」
「では兵達にもその旨をそれとなく伝えておき、それらしき人物がいた場合、上手く対処させるようにしておきます」
下手な対処をされたら確かに困るな。
とはいえ、どう足掻いても兵士に彼女を捕らえられるとは思わないが。
「任せるよ」
「はっ」
ロウは来た時と同じように颯爽と出て行く。
そうか、彼女が来ているのか。
おそらく彼女はこの街の技術と、亜人というモノに対する反応を自分で調べに来たのだろう。
私としては彼女がこの街にいる事自体に思うところはない。
むしろ使えそうなものがあるなら相談しに来てくれればそれなりの対応はするつもりだ。
この国がここまで順調に復興できたのも、戦時中の彼女とその直属の部下、私と私が信頼する部下しかしらない条約のおかげでもあるのだから。
正式な物ではない口約束の様な物だが、それでも私は彼女なら守ってくれると信じている。
事実もう10年も上手くやっていてくれてる。
こちらも向こうの国にある程度草は放って状況を調べてはいるが、あちらもうまく復興を進めているようだ。
彼女の国は今や広大だ。北の樹海を壁にして何とか進入を防いでいる形をとっている。
と住民には伝えてはいるが、実際はそれで抑えられるほどの小国ではない。
正確には彼女の国は一つの国ではない。
様々な種族がそれぞれの国を持ち、お互いに協力しあっている連邦国の様なものだ。
彼女はその代表であり、あちらの国での英雄。
亜人の奴隷解放の主導者であり、幼い少女でありながら単独でありとあらゆる戦場を駆け抜け、瞬く間に大量の亜人を開放していった存在。
関わった自分だからこそわかるが、彼女自身は心優しい女性だ。
だからこそ亜人開放に立ち上がってしまったのだが、それが彼女にとって辛い事になったのは皮肉な話だ。
彼女は亜人を虐げていた人族に対しても、非道になりきれなかった。
勿論戦場で戦っている以上、どれだけ手加減しても殺してしまう場合はある。
だが彼女は、彼女が相対する場合は、その力を全力では振るわなかった。
彼女の目的は同胞がただ当たり前の生活が出来る様にしてやりたい。
ただただその一心で戦場を駆け抜け、周辺の亜人奴隷を当然とする国と戦い続けた。
だが、彼女以外の者はそうではない。
長年虐げられていた怒りや恨みを解放する機会を与えられてしまったのだ。
彼女が亜人を開放した後、最初の方はまだ良かった。
だが時間が経ち、規模が大きくなるにつれて状況は酷くなっていった。
ある時、彼女が国を落とし、亜人を解放し、その国の最後を彼女はきちんと見てしまった。
ずっと駆け抜けていた足が、その光景を見て止まってしまった。
自分が手加減をして生かしたはずの兵が殺され、街は蹂躙されていき、女子供も関係なく虐殺されていく。
生き残った者達も、今度は亜人が人族を奴隷にし、好きな様に使う国も出てきた。
こんなはずではなかったと、彼女は言っていった。
私はタダ、みんなを助けたかっただけだと。人族を蹂躙したかったわけじゃないと。
私達が私達らしく生きて、その上で共存していければそれで良かったと言っていた。
だが亜人たちは止まらない。今までの恨みを返さんと、強大になった国力と、亜人が本来持つ身体能力を用いて周辺国を飲み込んでいった。
英雄はその姿を、足を止めて眺めるしかできなくなってしまった。
その結果、彼女は魔王と呼ばれるようになってしまった。
誰かを救いたかったはずの少女に付けられた悲しい称号だ。
その頃に私達は出会った。
私達の国には亜人奴隷は居ない。そもそも我が国は奴隷というものを良しとしない国だ。
おかげで彼女は私達の国を攻める対象に選んでいなかったが、それでも我が国は限界だった。
お人好しの父がカネを、人を、道具を、資源を、惜しみなく周辺国に出したからだ。
自国の運営すら危うい程にだ。
普通なら褒められる事かもしれないが、すぐ傍にその蹂躙している国が攻めてきて、隣の国すら落ちている状況でやられたらたまったものではない。
そして攻め込んできたのが彼女ならそこで止まったのだろうが、彼らはもう止まらなかった。
私は父の許可無く戦場に立った。
兵はたった8人。今もなお、英雄と呼ばれ、この国最強の8人。
私が一番信頼する聖騎士ウームロウ。
我が愛しき人、聖騎士リファイン。
妹であり、最高峰の魔術師セルエス。
弟であり、最高峰域の魔術師グルドウル。
我らの友人であり妹分の拳士ミルカ。
若くして技工の深奥を知る我らの姉貴分の技工士イナイ。
魔術の才も高く、この世界有数の錬金術師アロネス。
我らの最高の武具を作り、自身も戦場で様々な武具を使い戦う屈強な男アルネ。
私を含めたった9人。この9人で私達は戦った。
国の軍はもはや殆ど機能していなかったし、これ以上人死を出したくなかった。
私達はまず、人が生きている事を知っている国から攻めて行った。
どの国も私とロウ以外はほぼ単独だ。その光景は向こうの国にとっては悪夢だったろう。
今迄自分達の英雄しか成し得ない一騎当千の体現者が、辺境の小国から8人も現れたのだから。
私達はどんどん進軍していき、樹海の手前までの国を飲み込んでいった。
既にどの国も主要人物の殆どは殺されており、私達が私達の国として管理するしかなかった。
私は戦時中に王に即位した。父が消えたからだ。
父はお人好しで、そして弱い人だった。だからなんとなくそうなる気はしていた。
戦時中だったので、即位式などは簡易な物しかしていない。
何より私は戦場を離れる気がなかった。
そこまで来た時には義勇兵もいた。
我々が募ったわけではなく、彼らが自身で居場所を手に入れる為に立ち上がった。
故に今知られている彼等の英雄譚の殆どは、共に戦場にいた者達が語った物だ。
順調だった。復興の為の指示も人も道具も用意しなければいけなかったが、それでも戦場での被害を極力抑える事で何とかなっていた。勿論助力してくれた国の存在は大きい。
捕虜にした亜人は、人としての最低限の権利を与えた上で労働力にさせて貰った。
虐殺も奴隷も私はやりたくなかったからだ。何よりそういった行動はアロネスが一番嫌がった。
その頃に今の我が国とあちらの国の領土の基盤が出来ている。
樹海を壁にして、平地は少し隣接している状態だ。
だが、ある日思い知った。
ここまでの快進撃は、一人の英雄が足を止めてしまったから出来た事なのだと。
リファインが負けた。
その話を聞いた時は何かの冗談かと思った。
彼女が負けるはずなんてない。ずっと思っていたその考えを打ち砕かれた。
そしてセルエス、グルド、ミルカ、イナイ、アロネス、アルネ。
私がこの者達より強い者など居ないと、そう思っていた者達が悉く敗退していった。
何より相手は年端も行かぬ少女一人。驚くほかない。
だが私はその戦闘の報告を聞いて、疑問に思った。『死人が一人も出ていない』のだ。
彼女は他の兵を攻撃した様子がない。
流れ弾の魔術の被害にはあっても、直接攻撃はリファイン達しか貰っていない。
その上敗走を追撃する様子もなく、彼女につき従う者達も動く様子はなかったという話だ。
リファイン達も負傷はすれど、死者はいない。完全に手加減をされている。
直感した。彼女こそがこの亜人の快進撃の核だと。そして何らかの理由で足を止めたのだと。
直感に従い、私は彼女に接触を試みた。
彼女に自分のやり方と、亜人を排斥するつもりはないという意思を伝える為に。
結果としては上手くいった。
彼女も今の亜人達の暴力を良しとは思っておらず、思ってはいないが止める事が出来なかった自分を悔やんでいたのだ。
そこで私達は彼女と約束を結ぶ。
私達はこれ以上の戦闘は仕掛けない。そして亜人の種族としての権利を国内で認める事。
彼女は奴隷化された人族を解放し、これ以上人族への侵攻をしないという事。
私達は元々亜人に対する偏見はあまりなかった。
後は亜人を奴隷にしていた者や、攻め滅ぼされ蹂躙された恐怖を持つ者達への意識転換が課題。
だが彼女は、人族をただ解放する事は無理だった。
故に自分と自分の部下が管理する国にて、少しずつ共存していける環境を作ろうとした。
それに反対した国や、過激な国は樹海の中央の領土に隣接させている。
我が国の隣国は、彼女と彼女が最初の頃に連れていた者達の国だ。
彼女達の許可無く通る事は出来ない。それはかつての英雄を敵に回す事になる。
そうして10年。彼女は上手くやってくれている。
もう向こうの国にも人族の奴隷は居ないそうだ。
かなり強硬手段もとったらしいが、それは私が口を出す事ではないだろう。
彼女は彼女の理想の為に生きている。
私達もその想いに応える為に、捕虜になっていた亜人達に国民権を与え、暮らして貰っている。
アルネやイナイ、アロネス達の技術も彼らに伝え、復興の足がかりになる様にもした。
人々からはまだ恐怖は消えないが、少なくとも亜人達と共存している街がいくつかある事は、着実に彼女の理想に近づけていると思いたい。
「もう少しすれば、彼女達と表立って盟約でも結べるかな」
元々戦争なんてガラじゃない。彼女も、私も。
戦う為の力は持っている。けど出来るならその力は振るいたくない。共存が望ましい。
それがあの時の、私と彼女の共通認識だ。
ただこれは私と彼女の国だけの認識だ。他国はまだまだそうはいかない。
だが魔王の力を恐れ、亜人に対する排斥が魔王を敵に回す、という認識が広まりつつあるのはいいのか悪いのか。
皆が共存出来る未来など夢物語だと分かっている。
だがその夢物語に思いを馳せながら、終わらない書類との格闘を続けるのだ。
「・・・誰か助けて」
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