第4話魔術も勉強します!
「じゃあ、今日はあそこに炎柱を作ってみようか」
いつもののんびりした口調が消えたセルエスさんが俺に指示を出す。
まるで出来るのが当たり前の様に言っているが、そんな事出来た覚えはない。
「えっと、昨日火をなんとか出せる様になったばっかりの気がするんですけど」
「出せたんだから出来る出来る。ちょっと形を長くするだけよ」
そのちょっとが難しいんだと僕、思います。
「大事なのはイメージ。そして意志の力。頑張って」
「は、はい」
只今魔術の授業でございます。
最近は、朝から昼過ぎまではリンさんかミルカさんの体術訓練。
昼から夕方までは魔術の訓練。夕方から寝るまでは言葉の勉強。
とまあ、そんな感じでここ数日あっという間に過ぎている。
実はちょっと楽しんでる自分に気がついて、それなら目一杯やってみようと色々頑張ってます。
因みに魔術は習い始めてから10日程しかたってません。
10日で下位魔術が使える様になりました。
セルエスさんの説明では、魔術を使える様になるには数年かかると最初の授業で言われたのですが、10日で使える様になりました。
ふふふ、実は俺には魔法の才能が・・・なんて事は無く、ちょっとした事情がある。
最初の授業の時に色々あったんだよな・・・。
――――――――――――――――――――――――
「はーい、では今から魔術の授業をはじめまーす。授業中は私の事は先生と呼ぶよーにー」
そう言って背筋を伸ばして胸を張るセルエスさん。でかい。
「鼻の下伸ばしてるとそのまま伸びたままにするぞー」
あ、いかん、この人は本当にやりかねない。
「す、すみません」
慌てて謝る。だってこの人怒らせると怖いもん。
「クスクス、君は可愛いねぇ」
美人という表現が陳腐なぐらい美人が笑う。
いつもこんな感じだったら素敵なのになー。
今日セルエスさんはいつもと違って完全装備である。
何故なのか聞いてみたら、一応一回は魔術師らしい所を見せておこうという事らしい。
上はシンプルなワンピース。下は袴っぽいけど、ただ裾が広いだけのズボンにも見える物を履いている。
他にも肩や肘、手首などの関節部分に宝玉みたいなのが付いたサポーターの様な物や、指に綺麗な指輪をいくつもつけている。
後ろ髪も髪飾りで纏めている。紐で纏めてる事が多いので新鮮だ。
上にもう一つ黒い外套を纏って、まさに魔術師という感じである。
全て自分たちで作ったお手製の呪具だそうだ。どうやら髪飾りもそうっぽい。
だが、どう見ても手に持っているあれはおかしいと思う。
魔術師だよね、この人。何で手に持ってるが片刃の剣なの?
「あ、あのー、その剣は」
「わたしの愛剣、クヌルイアスでーす」
「セルエスさん魔術師じゃなかったんですか?」
「魔術師だよー。剣も使えるだけでー」
「杖、とかは?」
「杖じゃ致命傷与えにくいよー?」
あ、鈍器扱いですかそうですか。
「いや、そうじゃなくて、杖で発動補助とかそういうんじゃないんですか?」
「なんで杖ー? 補助道具ならこの指輪あるし、無くても使えるよー?」
「ア、ハイ」
ここではファンタジーの定番「魔法使い=杖」という概念は無い様だ。
そりゃそうか。普通に考えて向こうの空想の常識がここで通じるわけがない。
「まず、この指輪を二つ貸しとくねー」
セルエスさんはそう言って、持っている呪具である指輪を手渡してくる。
俺の指には小さい気がするんだけど。
「どこの指でも良いんですか?」
「良いよー。多分どこでも入るよー」
そう言われて適当につけようとしてみると、すっと指に入った。
セルエスさんの細い指にぴったりだったのに・・・。
「指のサイズ関係無く入る様に作ってあるからねー」
はあー、相変わらず訳が分からない。
まさにファンタジーって感じだけど、ここに現実として居る以上それで済ませられないよなぁ。
疑問を持ったところでどうしようもないから、受け入れるしかないけど。
「で、魔術を使える様になる為の手順を教えるねー」
「はい、先生」
「ん、よろしいー」
セルエスさんがにっこり嬉しそうに笑いながら、講義が始まる。
「まず魔術の基礎の基礎は、自身に流れる魔力を理解するところです」
「自分の魔力の理解ですか」
オウム返しになってしまう。
当然だろう。何も解らないし。
「体に流れ、外に自然に出て、内に気がついたら溜め込んでる。そういう流れを認識して、自分の意思で動かせる様になるのがまず最初」
普段のゆったりした感じではない、真面目な語りで講義するセルエスさん。
「次に体外の魔力の流れ。この世界には強弱はあれど魔力が流れているの。その流れを感じ取って、それを操作出来る様になる事。これが2つ目」
「空気中にも魔力あるんですね」
「うん。この魔力は世界が外に放っている魔力って言われてるね。そして体内の魔力と体外の魔力を同質のものに混ぜ合わせる訓練。これが三つめ」
「それは何の為ですか?」
「その場の魔力の流れに逆らわない訓練ね。流れを無視して使えば思った通りの結果は得にくいの。外の魔力と自分の魔力をきちんと混ぜ合わせることが出来るなら、そのコントロールは出来る様になったっていう事なの」
「成程、解りました」
多分。
多分まで言ったら怒られそうな気がするけど。
「それが出来たらこの世界自身の力の流れを感じる訓練をするの。これはまた魔力とは違うから勘違いしないでね。この訓練がここなのは、その手前の訓練を出来てないと力を感じるのが上手くいかない事が多いからなの」
「世界の力の流れですか」
これがイマイチ解らないんだよなぁ。
なんだよ、世界って。
「前に魔術は世界の力を借りる物って言ったでしょ。その力の流れを感じ取って、自分の魔力を流し込む。まずは流し込める様になる事。これが4つ目」
「魔力を流し込めない事はあるんですか?」
「あるよ。リンちゃんがその典型だね。世界の力と流れを処理出来ないから魔力を通せない。だからリンちゃんは魔術が一切使えない。ほんと馬鹿よね~」
最後の馬鹿よねーだけ、いつものセルエスさんだった。
「そこまで出来たら今度は魔力に自分の意思を通す。そして世界から力を借りてこの世界に何らかの現象を発生させる。これが魔術師としての最初の訓練で、ここまで来るのに、普通の人でだいたい数年かかるかなー」
「数年かぁー、やっぱり難しいんですねぇ」
「そだね。アロネスみたいに基礎とばして、いきなり上位魔術使う様な人間は希だねぇー」
今さらっと言ったけど、アロネスさん本物の天才じゃないか。
イケメンで天才って何そのチート。
でもあの人魔術師職って雰囲気じゃ無いんだけどなぁ。
何やってるのか今度聞いてみよう。
「セルエスさんはどれぐらいかかったんですか?」
「私は劣等生でね。みんなが4、5年も経てば初級魔術は当たり前に使える頃に、まだ基礎も出来てなかったんだ。8年ぐらいかかったかな」
今のセルエスさんを見ていると信じられない。この人苦労人だったんだ。
その割に度々聞く魔術に関しての説明がおかしかった気がする。
あんまり真面目に返事する気がなかっただけなんだろうか。
「一度諦めようと思った事もあったんだけどね。リンちゃんが馬鹿みたいに付き合ってくれて。ほんと、馬鹿なのよ。使えない魔術の訓練によく付き合ってくれてさ」
懐かしい昔を思い出し、遠くを見ながら楽しそうに笑い語る。
いつものお姉さんの様な笑顔ではなく、どこか子供の様だ。
リンさんとセルエスさんは幼い頃からの友人関係だったのか。
バカバカ言ってるのは照れ隠しなのかもしれない。
「ごめんね。脱線しちゃったね。えーと、どこまで話したっけ」
「あ、すみません、変なこと聞いたせいで」
「ううん、良いの良いの。えーと、魔術の一連の流れが出来る様になるまで数年、だったね」
「はい。数年でも使える様になれば大分助かると思うので、教えて貰えるなら頑張ります!」
生き死にがかかってるしね!
マジ生身で生きて行ける気がしない。
「ん、良い心構えだ。なら、ちょっときつめに行くね?」
「はい!」
「良い返事。じゃあー」
そう言って、彼女はスルッと俺の首に腕を回して抱きついてくる。
・・・は? え? なに?
むにって、何か柔らかい物がむにってしてる。え? どういう事?
俺が困惑しているとセルエスさんは顔を近づけてきて、その唇を首筋に持っていき―――。
思いっきり噛み付いた。
「いってえええええええええええええええええええ!!!」
痛い! 痛い! めっちゃ思いっ切り噛んでる!
「おひょこのひょなんひゃからはまんしなひゃい」
多分、男の子なんだから我慢しなさいって言われたんだと思う。
そんなこと言われても痛すぎる。
「いや、痛いですって! せめて説明をお願いします!」
「いいひゃらひっとひてる!」
そう言ってセルエスさんは一層歯を喰い込ませていく。
痛い。胸元の柔らかい物への意識なんて吹っ飛んだ。痛すぎる。
このまま噛み千切られるんじゃないかっていうぐらい本気で噛まれてる。
けど、次の瞬間もっと痛みが走った。
首にじゃない、頭に。
体の魔力の流れ、外の魔力の流れ、その質、世界への接続、その力、流れ、引き出し方。
そういう情報が一気に流れ込んでくる。
明らかに、今の俺には制御できないレベルの力の情報が。
「くう・・っ! あっ・・・か・・・」
痛みで声が出ない。処理出来ない情報が体中を駆け巡っている感じがする。
吐きそう。あ、でもその前に意識が遠く―――。
「起きたー?」
目を開けると俺を覗き込んでいるセルエスさんの顔があった。谷間もあった。
いや、違う、そうじゃなくて。
「う・・・まだ頭痛い・・・さっきの何ですか?」
「私の魔術行使を君の体を通してやったの」
え、っと、つまり?
「本来数年かけてたどり着く基礎を無理やり省略させ様としたの。あれで大体流れは解かったでしょ。その身で体験したんだし。ただ規模が私基準だったから、ちょっときつかったね」
俺とセルエスさんでは魔術師としての規格が違いすぎて、オーバーヒートしたってとこか?
いや、そりゃそうだろ。だって俺はまず、魔力の流れ自体解らないんだもん。
・・・あれ?
なんか、体に、今まで感じた事の無い力が流れてるのが分かる。
世界にもこの力が溢れてる。世界の力の大きさも、その流れへの身の任せ方も何故か解る。
「うっそ、だろ、こんなんありかよ・・・」
「うん、上手くいったみたいね。実は試すの初めてでちょっと怖かったのよね」
・・・え? なんか今、聞こえてはいけない事が聞こえた様な。
「え、あのセルエスさん今何て」
「さー、とりあえず今日はお開きにしようー。君もさっきので疲れただろうしー」
あ、これ話し聞く気がないモードだ。普段の状態に戻ってる。
上手くいかなかったらどうなってんだ。
・・・考えない様にしよう。怖い。
―――――――――――――――――――――
という事があったのです。なので魔術の基礎をいきなり習得するに至りました。
正直ちょっと狡いと思うけど、使える物はもうしょうがないし有効に使わせてもらう。
少し気になるのは、セルエスさんは良いのかなと思った事だ。
あの人は何年もかけて頑張って手に入れた技術を、1日で渡したのだ。
どうしても気になって一度聞いたが「きにしなくていいのよー」という返事しか帰ってこない。
本当に気にしてないのかもしれないが、やっぱり気になるものは気になる。
そんなわけで、その事も含めて今日も魔術の訓練を頑張るのでした。
でもやっぱきつい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます