ハッピーターン

@10071999

第1話



「そういえば、最近暑くなってきたね~。高梨君」

電車の中で文豪作家である村上夏樹先生は、額から流れる汗を拭う。

朝の通勤電車の中は、人が多く、その大多数が学生と社会人だということは言うまでもない。

電車の吊り革に捕まり、異常なほどの人口密度の高さの通勤電車に揺られて約10分。

隣につり革に捕まる村上先生は、通学途中の女子高生に目がちらついているのが見て伺える。

電車内の人口密度により、接触寸前の状態を維持しつつ、いつセクハラするかハラハラしながら、先生に視線を送る。

だが、先生はそんな私の視線など目もくれず、ワイシャツから透けて見えるブラジャーに釘付けである。

どうせ今頃、「ピンクブラか、なかなかエロいな。おっぱい揉みまくってやりたい」とか思っている頃だろう。

私が先生の編集になって、約一ヶ月。

わかったことといえば、締め切りを伸ばそうと逃走することや、ゲームやアニメが大好きなこと。そして、かなりの変態であること。

現に先生は満員電車の中、一人楽しそうに絶妙な距離感を味わっているのだ。

「先生、こっそりセクハラはしないでくださいよね」

「こっそりセクハラなんて下劣なことはしないさ。どうせやるなら堂々とセクハラする」

と、まぁ、こんな感じである。

「それより高梨君、次はどんな話を書こうか考えようじゃないか」

「先月も同じようなこと言って、結局締め切りに間に合ってないじゃないですか。お願いしますよ、村上先生。締め切りは守ってください」

「締め切りに間に合わせてつまらない作品を世に届けるよりかは締め切りを過ぎてでも面白い作品を世に届けるほうがいいとは思わんかね?」

随分と偉そうなことを言ってはいるが、それではプロとして失格である。

自分のセリフに酔ってしまうところも先生の悪いところである。現に今、私にドヤ顔を向けている。

「次の話は、満員電車内の痴漢事件にしようか。ミステリー小説的な」

「ミステリーですか?面白そうですね。どんな風になるんですか?」

先生は窮屈なスペースの中、無理矢理顎に手を当て、少し考えると閃いたかのように指ぱっちんをする。

「状況は、今のような感じだ。誰もが一歩でも動こうとすれば自然と相手に触れてしまうような危険な状況の中、一人の男が目の前の女子高生に突然触れ出し、そしてーー」

「却下です」

ええ~なんで~、と先生は言うが、どう考えてもそれはあまりいいとは思えない。そもそも痴漢したい衝動を小説に抑えているのではないだろうかと思えるような内容だ。

「そろそろ、降りますから準備しといてください」

「おお、そうか。最後に女子高生の胸でも揉んでおくか」

先生が手を出そうとしたが、私のほうが先に手を出してしまった。

拳がね。



暑苦しい満員電車を抜け出し、自宅とは別にマンションを一部屋借りた仕事部屋に戻った私と先生は、ひとまず、お茶を一杯飲んだ。

一息ついてから、さて、そろそろ始めますか、と言って先生は何やらゴソゴソと紙袋から取り出す。

「……先生、それ何ですか?」

「見てわからないのかい?これは、エロゲーだよ」

裸の美少女が何やら卑猥なことをしているイラストが描かれているパッケージには、R18と表記されている。

「ちなみに先生、この女の子は何をしているんですか?」

「ソーセージを食べているのです」

とりあえず、私はゴミ箱に投げ捨てた。

「なんてことをするんだ。これ、初回限定版だぞ! なかなか手に入らないんだぞ! 」

先生はゴミ箱からエロゲーを拾い上げ、傷が入っていないか確認する。

「そんなものに時間使うなら小説書いてください。じゃあ、この女の子は何をしているんですか?」

「バナナスムージーを顔にかけられているのです」

「この女の子は?」

「ソーセージを入れられているのです」

「どこに?」

「穴に」

「死ね」

「だが、断る!」

その後、先生はとても真剣に小説を書きました。

エロゲーを没収され、そして取り返すために。

そして、珍しく今月の原稿は早く上がった。



「先生、今度私の妹の子供が来るんですけど、一人にするのが危ないので、先生の仕事部屋に連れてきてよろしいでしょうか?」

「私は一向に構わん」

その会話から二日後、私の妹の子供を連れてきた。

子供と一緒に仕事部屋に入ると、先生は目を丸くして、驚きのあまりいつも愛してやまないゲームコントローラーを落とした。

「高梨君、その子は何歳かね?」

「え、まだ十一歳ですけど……」

「十一歳だと!?」

そこまで驚くことだろうか。と、首をかしげるが、まぁ、あまりに小さかったんで驚いたのだろう。

「ほら、日向ちゃん、このおじさんに挨拶して」

「佐々木日向です。よろしくお願いします」

ぺこりと礼儀正しくお辞儀すると、先生も会釈をする。

「こちらこそよろしくお願いします。いやぁ、まさかこんな可愛い子がこんな所に来てくれるなんて何だかちょっと恥ずかしいな。穴があるなら挿れたいものだ」

「それを言うなら穴があるなら入りたいですよ先生」

「そうとも言う」

「言わないですよ」

いきなり下ネタを挟んできたが、不幸中の幸い日向ちゃんはそのことに気づいていない。

まだ、彼女には知らなくていい世界だ。絶対に変なことを覚えさせないことを私は心に固く誓った。

パソコンのモニターとにらめっこしながら約一時間。先生は欠伸をかきながら、席から立ち上がり、冷蔵庫の中のコーラを取り出す。

プラスチック製のコップにコーラを注ぎ、一気に飲む。

少し休憩しよう、と言い出し、いつも通り仕事を投げ出し、ps3を起動する。

先生がゲームを始めてから十五分後に日向ちゃんが先生に尋ねた。

「おじちゃんは、何で働いてないの?私のパパとママはいつも会社に行ってるよ」

ぴくりと、先生のコントローラーを持った手が止まる。そして、静かにコントローラーを床に置き、体ごと日向ちゃんの方に向ける。

もしや、失礼なことを言ったから怒っているのだろうか。一応、プロの小説家というプライドに火をつけてしまったのだろうか。

しかし、いつもの働きぶりから考えても働いていないと言われても仕方ないと思う。

「日向ちゃん、世の中の大人がみんな働いているわけじゃないんだ。働きたくない人もいるんだよ」

「そーなの?」

「そーだよ。おじさんは、働くのが大嫌いだから働かないんだよ」

「変なことを吹き込まないでください。先生」

「嫌だなぁ、高梨君。僕はね、これからの日本の社会を背負う人間に教育してるんだよ」

「だったら、もう少しまともな教育してください」

ため息混じりに声が溢れた。

頼むから日向ちゃんには、こんな大人になってほしくないと思う。

「おじちゃん、トイレどこにありますか?」

「この部屋を出て、すぐ右にある扉を開けると、トイレだよ」

ありがとうございます、と軽く会釈しながら、お礼を言って日向ちゃんはトイレに向かった。

そして、日向ちゃんがトイレに入った瞬間、先生も立ち上がった。

「さて、僕もしたくなっちゃった」

トイレに向かってずいずいと歩き出す先生を止めるため、私は反射的に立ち上がり、先生の手を掴む。

「やめてください、先生。それ以上進んだらもう戻れなくなりますよ、人間的に社会的にやばいですよ」

「離すんだ高梨君。ここで行かなかったら僕は後悔しそうなんだ。変態の血が騒いでいるんだ」

「そんな衝動に駆られるなら働いてください。これ以上あの子に変なことしないでください」

がちゃりと、トイレの扉が開き、中から日向ちゃんが出てきた。


それから特になにもなく、日向ちゃんは帰宅し、いつも通りの日常が戻った。真面目に働くこともなく、只々だらけた時間を過ごすばかりの日常が戻ったのだ。

「先生、次の原稿はまだ上がらないんですか?」

「そうだねぇ、まだ頭の中でイメージが湧かないから、今日は帰っていいよ」

「帰りません」

「むむっ、それはもしかして、泊まり込みかい?避妊具はないよ」

「そもそもしたことあるんですか?」

「……それは、言わせないでくれ」








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