まあ、こうなるわな

@indojinn

第1話

 俺はシンイチ、限りなくニートに近いフリーターだ。今住んでいるアパートも家賃を滞納しているので、来月には出て行かないといけない。毎日の食事もままならず、かろうじて生きているといった状態だ。

 来月には路上生活か。くそう、俺も就職さえできていたらこんな惨めな生活をしなくてもいいのに。社会が悪いんだ、がんばって働こうとする意欲のあるものは全員雇うべきだ。こんな世の中じゃちょっと引っ込み思案な俺みたいな人間は働くことすらできないじゃないか。社会が悪い、社会が悪い……。

 布団の中で妄想にふける毎日。そして、1日のうち20時間以上を布団の中で過ごす俺は自分の中である架空の人物を作り上げていた。それは何でも願いをかなえてくれる魔法使いの女性。天使とか妖精といったところであろうか。俺好みの二次元の外見の女性であり、一人称は「ボク」。手には変わった形の杖を持っている。俺は現実でうまくいかない不満を妄想の中でこの女性に願いをかなえてもらうことで解消しているのだ。ちなみに女性の名はイララ。


 深夜、いつものように俺は布団の中で妄想にふけっていた。するとその時突然チャイムが鳴った。

 何だよ、今せっかくイララにお願いを聞いてもらっていたのに。空気読めよ、バカ客。

 俺はしぶしぶ布団から出て玄関ののぞき穴を見た。しかし、外には誰もいなかった。

 くそっ、いたずらか。ああ、時間の無駄だったわ。そういいつつチラッと時計の針は午前3時30分を指していた。

 はぁ、いたずらするにも時間があるだろ。そんなに夜に強いのかよ。そう思いつつ布団に戻ろうとした。

 その時である。目の前に人物が立っているではないか!

 心臓が止まるほど驚いた俺は大きくのけぞり、思わず玄関の外に飛び出そうとした。ふと気づくと気持ちの悪い昆虫が数センチ前にいた時のような感覚だったのだ。

 だが……少し離れてはっきり姿を確認すると……よくよく知った人間がそこに存在しているではないか。いや、現実には存在してはいないはずの人間が! 


 「イララ!!」


 俺は目を輝かせてその人間に近づいた。さっきまで妄想の中で一緒にいた者。姿・形もそっくりそのまま、驚くことに少し体が宙に浮いている気がしないではないが。


 『これは……本物だ!』


 俺は直感でそう感じ取った。それと同時にこれが夢ではないかと顔をつねったりもしてみた。


 いたい、いたいぞー。これは現実、紛れもない現実。やったわ。まるでアニメやラノベの主人公じゃないか。とうとう俺は選ばれたんだ!

 そう思うとうれしさがこみあげ、大声をあげたり、変な小躍りをしてみたくなったが、ここは冷静にイララに話しかけてみた。


 「イララ、僕に会いに来てくれたんだね。でも現実では初めましてかな」


 俺は紳士的な態度で臨んでみた。それに対しイララは全くの無表情でこちらを見つめながら口を開いた。


 「初めましてじゃないんだよ。ボクはずーっとシンイチ君のことを見てきたの。妄想の中以外の生活のすべてをね」

 そう言うと、イララは少しあきれた口調でこうつぶやいた。


 「このままでは君は何もしないままで一生を終えてしまうよ。ほんとーーに何にもなし遂げないままね」


 その言葉を聞いた俺は心にグサっときた。図星だからだ。

 だがそこは、自分で考えているのと人に言われるのでは全く受け止め方が違うもの。俺は売り言葉に買い言葉でイララに言い放った。


 「こんな夜中に君はいったい何しに来たのさ!」 


 小心者なのでちょっと強めに言ってしまったことを後悔したが、だがそれは本心から出た言葉ではあった。


 「話は最後まで聞きなさい、と昔、先生に言われなかった?」

 イララはそう言うと俺の顔をまじまじと眺めた。


 「ボクはシンイチにチャンスを与えるためにやってきたんだよ。そう、人生を大きく変えてしまえるだけのチャンスをね。」


 俺は怪訝そうにイララの顔を見つめた。


 「それはどういうことなのさ?チャンスって?それはいつからなの?」

 とにかく現状を把握したい俺は矢継ぎ早にイララに質問をぶつけた。


 それを聞いたイララは少し笑みを浮かべながらこう言った。


 「ボクはこの世界では取引ができないものの仲介をしてるの。簡単に言えば君のいらないものを、それを欲しがってる別の人に売ってあげるということ。いらないものを売ってお金をもらえるんだから幸せそのものだね」


 俺はイララが言っていることの意味が理解できない。だが、イララが言ってることだから疑うこともできない。そこで敢えて意地の悪い質問をしてみた。


 「それじゃあ、そこにあるクソみたいなゲームソフトとか冷蔵庫にある余りものとかも売れるってこと?どうせ馬鹿みたいな値段しかつかないんでしょ。そんなんじゃ意味ないじゃん。まさか、値のつかないようなもの売ったときは寿命が縮まるとか……。おいおいやめてくれよ。だいたいこういうおいしい話がある時って絶対裏があるじゃん。俺まだ死にたくないからあんまり危険なことはしたくないんだけど」


 こう言うと、イララはクスッと笑いながら話し始めた。


 「まさか。命を取ったりとか、売ったもの意外に何かを奪ったりすることなんてないよ。確かにゴミみたいなものを売ったときは1円の利益とか、最悪買い手がつかないこともあるよ。でもそれはもの自体に価値がないから。ただ、ボクはリサイクルショップじゃないからそんなことはしないんだ。ボクが売ることができるのは……」


 少しもったいぶった態度を見せながらも、イララははっきりした口調でこう言った。 


 「君が感じ取るもの全て。それは肉体的にも精神的にも全部」


 はあ?イララってちょっとかわいそうな子なのか?いや、まてよ。もしかして俺はだまされていて、これは異世界のドッキリ番組の収録とかだったり……。

 俺が少しイララに疑いを抱くような態度を見せたため、イララは重ねてこう言った。


 「まあ、これで理解できたら天才だよね。シンイチは見るからに頭の切れる人ではないから、懇切丁寧に教えてあげるね。よーく聞いとくんだよ」

 俺は何か腑に落ちないものを感じたが、話を進める必要があったので敢えて黙っておいた。

 「例えば朝起きたときを想像してみて。昨日は夜更かしして睡眠不足だ。しんどいなー。この眠たさ何とかならないかなあ。そこでこう思ったりしない?『そうだ!この眠たさを売っちゃおう!』ってね」


 うーん、わからん。俺があほだから理解できないのだろうか。


 「まだ意味がわからないかな?つまり人間では取り出せないものを量り売りしてあげるってことよ。さっきの眠たさって、不眠症の人からするとすごく欲しいものでしょ。売った人は体の疲れが取れて喜ぶし、買った人もすっきり眠れて喜ぶ。つまり欲しい人がいる以上何でも売れるってことなのよ!」


 ……。


 「まだ信じてないんだあ。じゃあ、少しだけボクが仲介した人のことを話してあげる。今、ボクシングで炎の男とよばれている世界王者いるよね。あの人何回殴られてもすごい闘志で向かっていくじゃない。普通なら痛くてひるむはずだし。何故だかわかる?あの人私が売った他の人の憎しみを買っているの。いつか殺してやろうと思ってる上司への憎しみ、浮気をしてる夫に対する嫉妬とかをね。それを1Rごとに注入しているのよ。だから最初から最後まで炎の男というわけなんだ」


 「あとね、あのダイエットタレントのA。食べても食べても太らないっていうやつ。あれはね、体脂肪を売ってるの。100g千円とかかな。ああ、そんなもの買い手がないと思っているでしょ。でもね、寒い国の人たちが結構買っていくんだよ。猟をして生活する人とかにいっぱいいるみたい」


 「少しはわかったかな。口で説明してもあんまりだと思うし、一度試してみようよ。何でもいいからいらないものを言ってみてよ!」


 絶対まゆつばすぎる。だいたい脂肪がほしいなんて考えるやつがいる時点で怪しいわ。

 俺はまだ信じられずにいたが、目の前に宙に浮いた女性が存在していることを考えると、全くの嘘とも断定しきれない。

 まあ、この子もどこか遠い世界からわざわざ俺を訪ねて来てくれたんだし、余興に乗ってやるのも悪くはないかな。よし、それなら……。


 「俺、いま風邪気味なんだ。この風邪気味を売ってくれ。世の中には風邪になりたいと思う物好きだっているだろ」


 「ご注文承りました」


 そういうとイララは怪しげな呪文を唱え杖をかかげながら魔方陣をいくつも空中で重ね合わせると、こちらのほうに体を向けた。


 「売れたよ!価格は5,000円。買った人も大満足。ほどよいいい風邪だって! あ、1割の500円は報酬としてもらっておくね。残りのお金はシンイチの財布に入ってるから」


 俺はうそだと思いつつも財布を見てみた。すると……確かに4,500円が入っていた!


 「すごい!あんなバカみたいなものがお金になるとは!」


 俺は風邪が治ったことも忘れて舞い上がった。次は何を売ってやろうかと色々考えているが、こんな時ほどすぐにはまとまらない。


 その様子を楽し気に見つめながら、イララは、


 「わかった?これはいらないものを売り、欲しいものを手に入れるという究極のギブ&テイクなんだ。まあまずは色々試してみてよ。そして売りたいものがあるときはこれでボクを呼んでくれるとうれしいな!」


 そういうとイララは1個の指輪を俺に手渡した。


 「この指輪にキスをしてくれたらボクはいつでもどこでも現れるよ。思い立ったら呼んでね。でも、1度呼び出したら最低1個はものを売ってくれないとだめだよ。呼び逃げは許さんのだあ」


 「あと……訂正は聞かないから、よーく考えて注文してね。」


 「では今日はここまで。これからよろしくね!」


 イララはそう言って去ろうとしたが、最後ににこう付け加えた。


 「これをうまく利用できれば君はこの世界の王になれるかも……」


 イララは不敵な笑みを浮かべながら、俺の前から姿を消した。


 イララが去ったあと、1時間くらいは興奮で何をしたか覚えていなかったが、少しずつ冷静さを取り戻してきたので、頭の中を整理してみた。そしてこの結論。


 なんて俺は運がいい男なんだ!もう働く必要がないじゃないか。脂肪とか病気とか感情とかを売れば生活できるんだから。これで人生の勝利者決定。さて、どうしよう、何かいらないものはないかな。


 俺は別の意味で興奮し始めたが、何せ今は夜中。あれこれ考えているうちに眠くなってきたのでその日はそのまま寝てしまった。

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