メーデー、こちら、猫の群れ

04号 専用機

プロローグ

 神様はバカンスに出ているのだろう。

 なんせついていない。勝負運ツキというのか、とにかく運がない。もはや半ばどうしてこうして自分が歩いているのか、それすら忘れそうになるほど、まぁとにかく自分は不運だった。

 ぶつぶつ文句を言ったって仕方がないのだけど、それでも文句のいくつかは言いたいものだ。

 どこを向いても真っ白な空間を歩きながら、私はそんなことを思う。

 それから、えーっと。

 本当にどうして歩いてるんだっけ。自分としてはとても重要なことだったような気がするのだが。

 霧でも吹雪でもない、風もなければ暑さもないこの白い空間は、どうやら私の理由を奪ってしまったらしかった。

 そうだとしても、なんとなく歩いていたい気分ではあったから、私はとりあえず歩いていた。

 確かさっきまで、鬱蒼とした森の中にいたはずなのだが。それにしても樹にはぶつからないし、道から足を踏み外さないし、斜面から滑って落ちることもない。

 本当にここは何処なのだろう。

 そういえば私、森の中にいるというのに、らしくない格好をしている。随分と、畏まった格好だ。

 制服を着て歩いていると、なんだか通学路を歩いているような気分になった。いや、自分自身、まだ高校を卒業したばかりなのだが。

 ここはいったいどこで、私はいったいどこにむかうつもりだろうか。

 ただ私の足は明らかな目的地を覚えているようで、まっすぐ、ひたすらまっすぐ歩いていく。

 嗚呼、これではとても帰れそうにない。陽は落ちたかどうか、分かりもしないのだから。

 神様、どうか今すぐバカンスを切り上げて、私のことを助けてください。


 ここは今、白い空間のどのあたりで、あとどのくらい続いているのだろうか。

 そもそも私はどうしてこんなに必死になって歩いているのだろうか。

 ここは一体、どこなのだろう。

 足が痛い。膝はたがが外れたように大爆笑しているし、ふくらはぎだって引き攣っている。

「もうそろそろ、出口があってもいいな」

 なんてことを口にすると、不意に、少し離れたところで誰か座っていることに気が付いた。

 私はゆっくりと――なんせ足が動かしにくい――その人に歩み寄る。

 近くによって初めて、それが男の人なのだということが分かった。述べるべき特徴は沢山、沢山ある人なのだが、私はその人を見たとき、とても失礼ながらこう思った。

 絵に描いたような不細工だ。

「あっしの顔に、何か付いてやすかね」

 その不細工――失礼だと思うがそれ以外どう呼んでいいか……――は、やたら長い煙管キセルから煙を燻らしながら、しゃがれた声で言った。

 そう言いながら一度たりとも、微塵だってこっちを向こうとしないので、私に向けられた言葉だと気付くのに数秒の時間を要した。

「い、いや、こんなところに人がいるなんて、珍しいもんですから」

 答えたものの、こっちを見る気配はないままだ。

 不細工はまた私に聞く。

「なんでここに来たか覚えてやすかい」

 その問いに、

「……いいえ、さっきまで覚えていたような気がするのですが」

 私はしっかりと答える。

 不細工は煙管を吹かしながら、眉をしかめた。

 吐いた煙はこの白い空間に混じって……「ちょ、ちょっと待ってください」

「なんでござんしょ」

「もしかして、あなたがこの白いのの犯人ですか!?」

「そうとも言えますし、間違ってるとも言えますぜ」

 不細工はぷはぁと煙を吐いた。生意気なことに輪っかにして。

 やたらと大きい――掌と同じくらいある――顎に手を添えて、不細工は「はて、いつ紛れ込んじまったかな」なんてことを呟いた。

「あんさん、最近夢を見た覚えはありやす?」

「昨日見ました。えぇっと――」

「あ、いやいや」不細工はゆったりと私の言葉を遮る。「中身はいいんでさぁ。見たんですね?」

「見たことには、まぁ」

「ふーむ」

 不細工はその見事に不細工な顔を更にぐちゃっと歪める。

「おかしいな。あんさん、ここに来れるようには見えませんぜ」

 もうかなり長いこと歩いてるのにその言い草か。散々だな。

「そんな事言ったって、私もう結構な距離歩いてると思うんですけど。どこまで行ったら白いのが晴れるんですか」

 煙管に口を付けた不細工は、一息大きくそれを吸う。

 私がさっさと答えて欲しくても、そんなことはお構いなしらしい。

 吐かれた煙はまた白い靄の中に混じっていく。

「気になさらず。そのうち晴れらぁ。……そろそろ仕上げだ」不細工はついに私を見た。「ちょいと失礼」

 見たと思ったら、不意に煙管を吸う。

 まさかと思って身構えた途端、煙が私の顔を襲った。

「ゲホゴホ!」当然咳き込む。「何するんですか! 酷い!」

 文句を言っている間に、不細工が持っていた煙管の灰を地面に捨てた。

「そろそろ外行きの特急列車が到着しやす。乗り物酔いにご注意ください」

「いったい何を――」

「そら来た」

 遠くから地響きが聞こえてきた。

 それは瞬く間に大きくなる。

 あたりがその音に支配されようと言うところで、今度は、けたたましいほどの鳴き声が聞こえて。

「……なんですか、あれ」

「だから、特急」

 そのあとに、夥しいほどの猫が、こっちに駆けて来るのが見えた。

「なんで猫なの!?」

 目前まで迫った猫の群れに、辛うじて言葉を捻り出す。

「御機嫌よう、良い旅を」

 私の言葉が不細工の耳に届くが早いか、猫の群れは私の足を掬い上げ――

「お、お、お――」

 今までとは比較にならないようなスピードで、今までと同じ方向に、足を止めずに駆け出した。

「降ろしてぇぇぇええええ――」

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