時の神と氷の魔女

@Haruka_Himemiya

第1章 世界が生まれる時

「ただの泣き虫なの。」

私は言った。

「泣き虫なの。だから、気にしないで。」

そう言いながら、私はぼろぼろと涙をこぼした。

空が、透き通るような透明感のある灰色をしていた。


その人が、不意に私に手を伸ばした。私は首を横にふって、まるでただっこのように、いやいやをした。その人は、私のしぐさを気にも止めずに、私をすっぽりと包んだ。私は急に安心して、抵抗をやめ、その人の腕に身を委ねて、ふーっと大きく息を吐く。その人が何か言った気がした。でも、私には、何も聞こえない。その人が私を抱きしめた。まるで、母親がお使いの途中で道に迷ってしまった娘を、やっとのことで探し出して抱きしめるみたいに。


そして、何度も何度も私の頭を撫でた。その人はいつもと同じように右手で狐の形をつくる。私を心配するように、狐が私を覗きこむ。だけど私は泣き続けた。


私はただ嬉しくて、哀しくて、怖くて、淋しくて、ただいつまでも続く限りない“無”をひどく苦しく感じたのだった。わんわんと私は泣いた。泣いたところで、その無は何も変わらないのだと知っていた。それを知っていてもなお、私は涙を止められなかった。


周りに音はなかった。ふりしきる雨が、そこにある音を全て飲み込んでしまったかのように、圧迫感を伴った無音が、私を更に息苦しくしていた。自分が泣いている声だけが反響しているように、はっきりと私に聞こえた。その事が、私の不安を更に煽った。


私は本当に泣き虫だった。笑いながら、怒りながら、時に泣きながら、私は泣いた。ただ、その根本は一つだったように思う。それは孤独だった。


望むモノはすぐに与えられたから、暮らしに何一つ不自由はなかった。でも私は一人だった。側に私がキツネと呼んでいたその人がいるのを感じたけれど、自分を伝えるすべを持たず、無の中で生きる私は常に一人だった。



そしてある日、私は望んだ。―世界が欲しい―と。

その時、世界は出来た。雨の降る、暗い世界に、私は突然立っていた。白いワンピースに雨が次々と染みを作って、私を重たく、重たくしていく。金色に近い、とても色素の薄い髪の毛が、しっとりと濡れていった。


あぁ、やっぱり私は一人だ――と思った。孤独を解き放ちたくて、世界を望んだハズなのに、私はやっぱり孤独だった。私はまた、泣いた。


世界は大きくて、そこに広がっていたから、ちっぽけな私は、押し潰されてしまう気がした。空気は冷たくて、重かった。


「にゃあ」

不意に足下で声がした。見ると、真っ黒なネコだった。私の耳に、初めて届いた、私の泣き声以外の音だった。

「にゃあ」

ネコはもう一度鳴くと、濡れた体を私に擦りつけてきた。その温もりが不思議と私に安心をくれた。この子が私の孤独を埋めてくれるかもしれないと、期待が生まれた。


「あなたは、私の側に居てくれる?」

私はネコの頭を撫でながら聞いた。当然のことだけれど、ネコは答えない。私はそれを、肯定と受け取った。そして、私はそのネコを“セカイ”と名付けた。

この子こそが私が望んだ世界なのだと感じたから。雨はなおも降り続けた。大きな音をたてて、私とセカイを濡らしながら。

あぁ、音があるなぁと私は思った。


行くべき場所は、分かっていた。なんだか、呼ばれている気がしたから。重たい体を無理矢理引っ張り上げてそちらへと足を向けた。

「セカイ」

と呼ぶと、そのネコ、セカイは、

「にゃあ」

と鳴いて、私についてきた。

「行こうか。」

私たちは、そこへ向かって歩き出した。

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