ショートショート13 『引き出し』に関する考察
とある喫茶店のテーブル席にて。一組の男女が優雅にコーヒーを飲んでいた。
「引き出しがテーマか……それはなかなかに奥深い題材だね。話し甲斐がありそうだ」
「そうね。引き出しで思い浮かぶものと云えば……私はダリの『引き出しのあるミロのヴィーナス』かしら。ほら、ぐにゃぐにゃっとした時計の絵で有名なあのダリよ。彼が制作した彫像の中に、体中に引き出しがあるミロのヴィーナスって云う作品があるの。画像は出てくるかしら……あ、あったわ」
「どれどれ。ああ、これはなんとも神秘的だね。黄金比を成すミロのヴィーナスに引き出しを取り付けるだなんて冒涜的な発想に感じるけれども、その外観には原物とは違った風格があって、意外にも統一感がある。実に興味深い作品だね」
「そうでしょう。彼のシュルレアリスムが見事に体現されていて、とても見応えがあるの。前にダリの展覧会があったのだけれど、そこで出会ってからと云うもの一目惚れしてしまったわ」
「確かにこの作品は君の好みそうな物だ。それはともかく、世にも美しい女性の像に引き出し、と云う組み合わせはいかにも意味ありげだよね。何故このような組み合わせを取り入れたのだろう」
「これは私が独自に感じた私感ってやつなのだけれど、人には普段他者から見えない隠された部分があってそれは絶世の美女も例外ではないと云った事を表してると思うの。隠されたものは引き出しのようではあるけれど鍵が掛けられている。その鍵は他者との関わりによって解錠されて、中身を見る事が出来る。例えどんなものが入っていたとしても、それこそがその人らしさであり、本当の心の在り方なの」
「なるほど。人間には誰もが秘めし心を持っていて、それをダリは引き出しに例えた訳だね。面白い考えだ。さらに話を広げるとすれば、引き出しは収納の為の道具として扱われるが、その本質は中に入れたものを隠す事にあるのかな。誰かに見られるのが恥ずかしいから仕舞う。何か疾しい理由があるから仕舞う。理由は多々あれど、人目に付くのを躊躇うが故に人間は引き出しを用いる。引き出しと云う道具は人間の邪な心を覆い隠す防衛装置なのかもしれないね」
「流石の考えね。案外ミロのヴィーナスも人には言えない秘密の一つや二つは隠し持っていたかもしれないわね」
「いや、むしろ美女であればあるほど秘密が多くなるものじゃないのかな。例えばほら、君も何か秘密を持っているんじゃないの? 君ほどの女性ならきっと蠱惑的な情報を秘めていそうなものだけど」
「えっ……そ、それって……」
「どうしたんだい? 急に顔が赤くなったみたいだけど。もしかして風邪でも引いたかい」
「な、なんでもないわ!」
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