フラグメント8

 じゃ○りこはお菓子界のスーパースターだと思う。カリカリの食感に、染み渡るじゃがいもの味。一度口に入れれば、瞬く間にじゃが○この虜になってしまう。

「そんなの、じゃが○ーも一緒だろ?」

 まだまだだなぁ。ほら、一本食べてみりゃ分かるから。ほれほれ〜。






「最強の戦士と至高の魔女」


「……どうせ、いつも通り主人公が俺TUEEEカマして優秀なヒロインと肩並べて冒険するんでしょ。そんな感じするもん。結局テンプレなんだよ。テンプレさえ使ってりゃ、一定数は売れるんだよ。○本新喜劇や2時間サスペンスなんかと一緒だ。すっ○ーが乳首ドリルをしない新喜劇なんて求めてないし、○越が崖の上で犯人を説得しないサスペンスなんて求めてないだろう。ある程度予想できる話をするからこそ、受け手は素直に受け止められる。エンターテイメントってのは、そういうものさ」






 本を読んで、人と話して、外へ目を向ける

 そうやって僕の中で積み重なっていく「モノ」が、この世界なんだ






 とある純喫茶で待ち合わせをしていた。大事な話があるから、と低い声で呼び出されては気になって仕方がない。約束の時間よりも三十分早く店に入って、奥のテーブル席に座った。ホットコーヒーとチーズケーキを注文し、アイツを待つことにした。話とは一体何なのだろう。一ヶ月ぶりに連絡を交わしたが、その間に何かあったのかもしれない。思考に思考を重ね、熱を帯びていく私の頭を冷ますように、ひたすら水を飲む。あっという間にコップの水は空になった。

しばらくして、カランカランと扉の鈴が鳴った。アイツがやってきたのだ。すぐさま私を見つけると、カツカツと靴を鳴らして私の相対する席に腰を下ろした。「やぁ」と投げかけられた言葉。私はオウム返しに答えた。やがて訪れる二人の沈黙。私は目のやり場に迷ってテーブルを見る。中身を失ったカップとソーサー、それからケーキの亡骸、そしてコップの中で水に融解した氷。外から差し込まれた陽光が、二人の間を痛々しくも輝かしく照らしていた。






 普通であることはつまらない。

 他の誰かと同じようなことをして、他の誰かが考えるようなことを思いつき、他の誰かが感じるようなことに一喜一憂する。

 凡庸で、凡俗で、凡才な人生。そんなものに一ミリたりとも魅力を感じない。

 それが正常な生き方なのだというのなら、僕は異常な人間でありたい。常軌を逸するようなことをして、誰にも理解されないようなことを思いつき、気が狂ったかのように喜怒哀楽を味わいたい。

 けれども、そこで気がつく。異常でありたいと望むことは、自分が異常ではないと言及していることに他ならない、のだと。どれだけ異常に徹しようとも、得られるものは偽物の異常性アブノーマル

 結局、僕もつまらない人間だったのか。諦念と脱力感が心を蝕む。その打開策が思いつかなかったので、しばらく絶望しておくことにした。






 吸血鬼は鏡に映らないらしい。

 鏡は魂を映し出すものだそうだ。一度死んで蘇った吸血鬼には魂がない。だから、吸血鬼の姿は鏡に映らない。

 それでも、少しだけ。

 その欠点が羨ましいなと思う。

 だって、自分の顔を見なくて済むのだから。死んだ魚のような目も。その下にくっきりと刻まれた隈も。カサついた肌も。ボサボサの髪も。そして何より、人生に疲れたかのような顔を見ることがなくなるのならば。

 化物も案外悪くないかもなぁ、と。

 益体もないことを考えては、ひっそりと嗤うのだった。






『おはよう! 今日は日曜日だけど、ちゃんと起きてる?』

『いくら休みだからって、いつまでもグウタラ寝てたらだらしないぞっ』

『あれ? 返事がないぞ?』

『おーい、朝だぞー』

『もしかして寝てる?』

『もう〜。しょうがないなぁ』

『これから私がモーニングコールで起こしてあげたいと思いま〜す』


 トゥルル、トゥルル♪ トゥルル、トゥルル♪


『あれ、電話に出ない……』

『本当に寝てるだけ?』

『もしかして何かあったの?』

『これだけメッセージ送っても既読がつかないなんて、おかしいよね?』

『外に出てたら車にひかれたとか、家族崩壊の危機が迫ってるとか、そういったトラブル中なのかな?』

『どうしよう……心配になってきた……』


 トゥルル、トゥルル♪ トゥルル、トゥルル♪


『ねぇ、なんで出てくれないの……』

『本当に悪いことが起きちゃったの?』

『もう二度と君の声を聞けないのかな……』

『ねぇ、お願い……一度でいいから返事してよ……このままじゃ、私ツライよ……』

『心臓がバクバクしてるの……涙も流れてきた……』

『私ひとりだけじゃさびしいよ……君がいなきゃ何も楽しくないの……』

『お願い』

『早く』

『返事してよ』

『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ──────


「重すぎるわぁ!!」


 まだ朝飯も食ってないのに胃がもたれるわ! 目覚め一番にケーキバイキングに連れて行かれた気分だわ!


『あっ! やっと返事してくれたね! 良かった〜』


 彼女は電話越しに心底嬉しそうに息を漏らす。

 ……ったく。そんな反応を返されたら、責めようがないじゃないか。






 轟々と燃え盛る鉄塔を、僕は呆然と見つめていた。

 一面に広がる野原の中、孤独に建っている鉄塔。それがなぜ燃えているのか。理由は分からない。ただ、鉄塔が燃えたのは運命なのだと思う。






「お兄さん♪ どうしてお兄さんはそんなに不幸そうな顔をしてるのかな?」

 うるさいな。ほっといてくれないか。こっちは色々と大変なことがあったんだよ。

「ふーん。でもそれってさ、自業自得なんじゃないの? お兄さんが努力を怠った結果でしょ」

 うっ……。し、知った風な口を聞くなよ! お前が俺の何を知ってるっていうんだ!

「知ってるよ。お兄さんが仲間を大切にしなかったこと。仲間を頼ろうとしなかったこと。仲間の忠告を受け止めなかったこと。それで関係が壊れたのだったら、それはもう自業自得と呼ぶ他ないよね」

 …………その通りだよ。俺は何度も皆を裏切ってきた。今だって絶賛継続中だ。俺は汚い人間だ。人を利用するだけ利用して、その恩を仇で返すようなクソ野郎だ。でもよ。そんな奴が今更どのツラ下げて皆の手を取ればいいんだよ。散々人を傷つけておいて、自分はのうのうと生きてきて。それで関係を築くことができるっていうのかよ。

「無理だね。そんなゴミクズと仲良くなろうと思う人なんてこの世のどこにもいないよ」

 …………。

「アハッ。傷ついたって顔をしてるねお兄さん。でもそれがお似合いだよ。そこまで人をダシにしておいて、お兄さんだけがいい気分に浸るだなんて反吐が出るよ。お兄さんみたいな悪人は、生きながら苦しみ続けるのがいいんだよ」

 …………。

「もう。何か言ってくれれば会話が成立するんだけどな。そうやって黙ることが人との繋がりを捨てていくことになるってことは、お兄さんもよく知ってるはずだろうに。また同じことを繰り返すの?」

 嫌だ。また誰かが離れていくのは嫌だ。悲しいし虚しいし苦しいし何も得るものがないただただ失い続けるだけだ。そんな思いはもう御免だ。なのに、未だに勇気も覚悟も持てない。自分を変える勇気も、これまでの自分を捨てる覚悟も。

「弱虫なお兄さん。それらは貴方にしか手に入れることができないんだよ。貴方の手で掴み取って、変わるしか方法は無いんだよ。まぁ最も、堕落し続けて地獄に堕ちたいというのなら、そのままでもいいんだろうけど」

 嫌だ。そんなのは嫌だ。地獄になんて堕ちたくない。

「子どもみたいに駄々こねないでよ気持ち悪い。でも、よく言った。それが貴方の本心なんだ。今の自分を良しとせず、変化や成長を望むことができる。それでようやくスタートラインに立つことができる」

 これが、スタート……。

「そうだよ。これから頑張ってねお兄さん。変わるためにはそれ相応の苦しみがあるけれど、少なくとも今みたいに悲しい思いをすることは無くなるはずだから安心して。貴方の望む道は、絶対に貴方を絶望の淵に叩き落とすようなものじゃない。例え苦しみを背負うことになったとしても、それを不幸に結びつけちゃダメだからね。それは貴方を変えてくれる力になるんだから」

 ありがとう。君のおかげで、少しだけ心の整理ができた気がする。そういえば、君は一体……?

「僕は何者でもないよ。ただお兄さんのことが好きな普通の男の娘さ。でも僕が可愛いからって襲ったりしちゃダメだからね。警察に通報してブタバコに閉じ込めさせるよ。まぁ冗談はこれぐらいにして。僕はずっと貴方を応援してるよ。これから頑張って悪人を卒業してね。足を洗った暁には、僕から熱いキスをプレゼントしてあげるから。フフッ。今ちょっとだけ想像したでしょ? お兄さんてば、ほんとムッツリスケベなんだからぁ」

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