魔王のお城ver2

@maple03

第1話


『ふはははははは……!』

ふぅ…。今回のはちょっとは手応えがあったかな?勇者パーティーを葬った後で自室に戻る。それなりに豪華ではあるが、だからといってどうということはない、殺風景な男の部屋だ。


何故かお菓子は大量に用意してあるが甘いモノは嫌いだ。歯が悪くなるし成人病の原因になる。水がうまい。漫画の続きに戻ろう。


インカムから側近の声。

「勇者1名。あと30秒で到達します」


スタンバイお願いします魔王様ってか。


あ、シオリ挟んどかなきゃ。いいや、持ってっちゃえ。


コンコンコン……


勇者が【無駄に大きい扉】をノックしているのだがオレは無視だ、出来る限り漫画を読んでいたいのだ。


「たのもう!」


「たのもう」と来たか……。まぁなんでもいいや、とっとと入ってこいや。

この調子だと今度もたいしたことねーな。どいつもこいつも嬉しそうに腕試し挑戦してきやがって、懸賞じゃねえんだぞ。


漫画を読みつつも、だけどとりあえずは魔王の定位置、【無駄に豪華な椅子】に座り、大げさに足を組んで眉間にしわを寄せてスタンバイする。なんだかんだオレって真面目だよなあ。


それにしては【無駄に大きい扉】がなかなか開かない。物音がするたびに漫画をしまってポーズを整えなきゃいけないのでさすがにイライラしてくる


シーン……。


あれ?帰った?ここまで来て帰るってないでしょう?どうなってんのこれ?

オレはカメラの方を見た。側近の声がインカムに聞こえる


「あ、大丈夫です、もう少々お待ち下さい」

なんだか焦っている。

心配になって【無駄に大きい扉】を開けてみようかと近づくと

「あ、いいです!魔王様はスタンバイしたままで!」


側近のやつ、妙にキレ気味だ。

「魔法で開けようか?」

「大丈夫です!」


なんだよ一体……。


だいたい勇者1名ってさ、仲間全員殺されてボロボロの真っ赤状態だろ?

典型的な冷やかし挑戦ってやつだ。


ようやく【無駄に大きい扉】がぎぃぃいっ・・と定番の音を立てて

開き始めたが、開きかけては止まる。

「早くしてください!」という側近の声。

「やってるだろ!」という勇者の声。

「油挿しとけよボケッ!!」

どうも情緒に欠けたやつらしく、「雰囲気づくりの為に蝶番に油は挿さない」という魔界ルールにケチをつける。最後には足で何度も蹴りつけ、丁寧に扱うように側近から注意を受けつつ、半開きのドアから身体と装備をねじ込みながら

【終焉の間】に入ってきた。


▼勇者が現れた!!


はー、やっときたか。オレは【無駄に豪華な椅子】、その座布団の下に漫画をしまうと魔王らしくふんぞり返って出迎えた。


「ふはははは、よく来たな、ゆう・・しゃ」

絶句である。なんだこいつ!?現れた勇者はおっさんだったのだ。

しかも酒くさい。


勇者は台詞を言い始める。しかし全く気持ちが入ってない棒読みだ。

「あー、お前が魔王かー、お前のエージェントどもは始末してやったぞー!」


かー、来たよ来たよ、この手合。なんかこういうのを「オリジナル」とか思ってるんだよなー。側近とも揉めるわけだ。


鉄の剣に皮の帽子、鎖帷子、ワニ皮のブーツ……。盾は持っていない。その代わりに日本酒の一升瓶を持っている。


ちっ、なめてんのか?いや、敢えて捻くれた主張としてやってるんだろう。たまにいるんだよな、こういう奴。


オレは表情ひとつ変えずに言ってやった。「よくぞ我が下僕たちを倒してここまでたどり着いた。しかしここが貴様の終焉の地だ!!」


勇者はソッポを向いたままラッパ飲みしてから瓶を床に転がす。一応ヤル気はあるようだ。「さっさとかかってこい」おっさんの声だ。


あー、うぜえ――!!まずは「魔王覚悟!」それからオレの「捻り潰してくれるわ!」だろ、とまぁ、そんなこと言っても仕方ない。これも仕事だし、なにより早く漫画に戻りたい。


勇者は剣を背負っているが抜こうとしない。脱力して立っているだけだ。

しかし、よく見ると身体にほとんど傷がない。そしてケモノのような腕周りと足腰、固く盛り上がった鋼鉄のコブシ、小太りに見えたのは厚い筋肉の胸板だ。


オレの全身から知らず知らずのうちに汗が吹き出した。


ボッチなのはパーティーが最初からいないからで、盾すら持っておらず軽装なのは攻撃を防ぐ必要がないからだ。剣を抜くときは倒した敵の首を獲るときなのだ。


やばい、こいつ強い……。


オレは平静を装った。落ち着いて作戦を練らなくては。

「ぬははははは!ところで勇者よ。貴様トシはいくつだ!?」

「俺?46だよ」

「46だと!?おっさんではないか!」

「おうよ、嫁も子もいるよ」

「そういう魔王、オマエは何歳なんだ?」

「オレは22だよ」

「おー、若えな、でももうすぐ死ぬんだよな」

目を光らせる。見たことのない冷たい殺戮者の光だ。

やばいな、魔王って逃げられないんだよな。


精神的打撃を狙ってみた!

「ふはははは!勇者って普通は10代後半とか20代前半だぞ!」

しかしおっさんには通じなかった!

「それがどうした。アイドルでもあるまいし」

勇者の姿がすっと消える。うわあああああ!気が付くとオレの目の前にいる!

早い!踏み込みが見えない!!ええい呪文!唱えようとするオレには無数の拳が見える。次の瞬間もう宙を舞っている。そして地を這っている。痛い……、なんとか立ち上がる。土埃と血を吐き出す。

「さすが魔王だな」声は聞こえるが姿は見えない。

「魔王様!後ろ!!」

インカムから側近の声がする。ぐああああっ!オレは膝をつきながら身体をよじって逃れる。背後からオレの心の臓を撃ち抜こうとした勇者の拳をかろうじて躱した。しかし膝が震えて立てない。動けない。

「せめて祈るがいい」

勇者がオレの前に立ち、拳に燃えるような気を集中させている。

ええい、もう謝っちまうかー!?しかし、しかし、オレは魔王!ぶざまに生き残るより闘いの中での死を選ぶ!だけど、あんなチャチな鉄の剣で首を刎ねられるのは嫌だなあ……。【光の剣】とか【魔封じの剣】、最低でも何らかの【聖剣】持ってこいっての。オレは歯を食いしばると目を閉じた。

「待って!待ってください!!」

側近が駆け込んできた。

オレと勇者の間に割って入り、オレをかばう。

「話が違います!!」

「断ったはずだ」

「あなたも納得したはずよ!」

「オレはプロだ。間尺に合わん」


二人の会話からだいたいのことは理解できた。なるほど、ガチに強い相手には事前に申し合わせ、『お車代』を渡して負けてもらったり、お引き取り願ってたパターンか。これは割りとよくあるテンプレではあるな。


勇者はあぐらをかいて酒を飲み始めた。オレにも薦めるがチューハイしか無理だと断った。一口だけでも飲んでみろよと言われたので、じゃ一口だけ。

「苦いな」

「大人の味さ」

しょげかえっていた側近が「私にも」と言うのだが

「女はダメだ、胎盤に悪い。それに未成年だろ?何歳?」

「17歳です」

「うちの娘と同じだな、学校は?」

「院卒です」

「ほぉ、飛び級か。さすがだな」

「なにゆえ?」

オレが側近に問いかけると勇者が遮る。

「まずは国家国民のため」

「国家国民の?」

「そうだ。名だたる勇者達がオマエに負けて殺されたり、逃げ帰ってくれば

魔王伝説は維持され、武器・弾薬・装備・魔法……。それら魔産業も維持される。軍産複合体さ。オマエは国民の大事な飯の種。それから……。」

「それから?」

「女心のわからん奴だな。尤もオレも人のことは言えんがな」

そういって酒をガブリ。

オレは側近が闘いの合間に飛び込んできたことを思い出した。一歩間違えば自分が勇者の拳を受けていたかもしれない。いつもガミガミうるさい奴だとばかり思っていたが……。女座りしている側近を見つめてしまう。側近は頬を赤らめて俯いてしまった。

「魔王、オマエの仕事は?」

「魔物の統率と人族との政治交渉と乗り込んでくる勇者の相手だ」

「誰でもできる仕事じゃないわな」

「勇者だって」

「勇者にはいくらでも代わりがいる。用済みになればお払い箱だ。

だが王は違う。」

「どう違う?」

「勇者は王様のご指名だから断れない。断れば謀反人だ」

「むははははは!だったら貴殿が王になればよかろう。貴殿ほどの凄腕なら容易に王座を勝ち得よう!」

「ところが強けりゃなれるってものじゃないんだよなあ」

「闘いは重要な要素ではあるけど、政治の全てではありませんからね」


「そうだな側近ちゃん。勇者が送り込まれるのは公共事業。オマエらが適度に荒らしまわってくれなきゃ人族としても困るわけだ!」

「魔産業とか軍産複合体とな?」

「そうだ。荒らしすぎてもダメ、平和すぎてもダメ、その匙加減というのは勇者風情にはわからない。勇者は勇者と呼ばれて戦い続けるだけだ」

「勇者が王になる例も多いと聞くが?」

「権力に都合のいい勇者伝説を作らなければなり手がいなくなる。実際には凱旋勇者のほとんどは粛清される」


「そういえば魔族では特別償却制度は導入されているか?」

「はい、7年前に」

「さすがだな。人族ではやっと去年導入された」

「そんなに大層なものなのか?」

「王城まで勇者に攻め込まれる魔族なのに人族と張り合える資金がある。これは魔族が優れた経済政策をとっているからだ」

側近が微笑む。

「特別償却には特別償却準備金というワザがあって

これを損失算入することで課税利益を大幅に縮減できるんです」

「ほほう、一段ずつ登るのと一段ずつ下るのは同じというわけか!」

「今日の50万円は未来の100万円に等しいという

言葉があるよな?」

「うーむ。さすれば今日の50万減税は100万減税に等しいと言えるな。なるほど徴収税額は減らないものの、実質減税の効果があるわけか。ぐはははは!よく考えているな、ほめて使わす」

「ありがたき幸せ」

「さすが魔王、飲み込みが早い」

「ふん!各種魔法をマスターしていなければ魔王は名乗れ無いからな」

「俺だって道場を経営してるから専門スタッフを雇っている。だけど側近ちゃんのような人財を使いこなせるのはやはり国家機関だ、それにふさわしい、生まれながらの、天に指名された王が必要なんだよ」

「天…、それは天魔だよな」

「そうなりますかね」

「オマエが死ねば、そりゃいつかは次の魔王が立つだろう。だけどその間、魔物たちが好き勝手に覇権を争い、同調する人族も現れて、先行きの見えない混乱、

難民が溢れかえって世界はもっと酷いことになるだろう」


勇者の話は理解できたが、同時にオレは自分が許せなくなっていた。

「だがオレは偽りの王者だった。ただの神輿、いや魔輿」

「魔王様!」

「それは違うぜ」と勇者。「まぁ『上には上がいる』テンプレでさ、俺もオマエが見てくれだけの名ばかり魔王とは思わん。俺が言うんだ。オマエがガチで勝ったことも結構あるわけだよ。本当は弱いやつを腕自慢の魔族たちが王として盛り立てたりするもんか。なぁ側近ちゃん?」

「はい、ヒヤヒヤしたことも何度かあります、だけど魔王さまの強さに偽りはありません!ただ世界は広いから、万が一の場合があるわけで……」

「抜かり無く鍛錬を続けることだ。魔族と、人族のためにな!」

そういって一升瓶をぐびぐびと最後まで飲み干すと、勇者はいびきをかいて眠ってしまった。


魔王と側近は勇者を肩で支えてベッドに運んだ。


そして一夜が開けた。


「お疲れ様です!」

魔物たちが見送りに立っている。


「お車代です」

側近が特大のアタッシュケースを開いてみせる。最初の10倍以上はある。

これから国へ『命からがら逃げ帰って』魔王の強さと恐怖を語るのだ。


魔王城を振り返ると、その頂に魔王がいる。勇者が手を上げると魔王も手を上げた。 それから勇者はキメラのつばさを放り投げた。

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