某大賞一次落ち作品の戦闘描写①


 全弾を撃ち尽くしてスライドが後方に下がったまま動かなくなった自動式拳銃の弾倉を交換し、敬介は物影に隠れた。ちょうど、二階と三階を繋ぐ階段の近くで起きた不運に男は舌打ちし、グリップの感触を確かめるように右手一本で握り直す。情熱と芸術の国・イタリアが誇る老舗ベレッタ社が開発した〝ベレッタPx4・ストーム〟が彼の相棒である。プラスチックフレーム拳銃界の新鋭である淑女は静かに出番を待っていた。もっとも、辺りに飛び交うのは銃声と怒声であり、とてもではないが静寂とは言い難い。

 ここは日乃野木市、繁華街の末端にある七階建てのビルであり、違法金利で金を貸す〝闇金〟で懐を肥えさせた暴力団・六坊会の事務所である。敬介は単身で銃器と刀で武装している悪人へ戦いを挑んだのだ。彼は掃除屋――銃器を操り、裏の世界を取り締まる者である。防弾繊維であるケプラー素材で製造された黒のトレンチコートを纏い、靴は鉄板で強化された革製のブーツを履いている。表情は鋭く、険しく、まるで獲物を狙う鷹のよう。

 呼吸を整えようと大きく息を吐き、少しずつ吸った。辺りは既に硝煙と鉄錆びに臭いが充満している。一秒毎に戦場の濃度が増していくのだ。安っぽいビルの内部で、己の心臓だけが唯一の自己証明になっている。早鐘を打つこの鼓動が聞こえなくなれば、最早、自分が生きているのか死んでいるのさえ分からなくなる。此処はあまりにも、制止が混濁しているのだから。

 彼の真正面、三十メートル先の廊下には三人ばかりの死体が転がっていた。等しく頭を穿たれている。全て、彼の行いだった。ベレッタPx4・ストームから放たれた九ミリ・パラベラム弾が悪人の命を奪ったのだ。

 全長百九十三ミリ、重量七百八十五グラム。装弾数はダブルカアラムの十七発。弾数が多く、プラスチックフレームゆえに軽い。それでいて、最新科学によって製造させた合成樹脂は九ミリ・パラベラム弾の反動を驚くほど吸収してくれる。敬介が最も信頼している銃器の一つだった。

 死体の一個と目が合う。いや、苦悶の顔がお前もこちら側に来いと睨みつけてきたのだ。とてもではないが息が詰まる。無性に煙草が吸いたくてたまらない。

「頼むから、大人しくしていろよ。……殺すのが難しいだろうが」

 敬介が隠れているのは三階であり、二階の階段から怒声と共に数人が駆け上がってくる音が聞こえた。

 ベレッタPx4・ストームの引き金と平行に伸ばされた右手の人差し指がぴくりと反応する。敬介はタイミングを見計らい、顔の半分と右腕一本だけを物影から出した。狂犬の形相で武器を握り、侵入者を殺そうとする暴力団の三人が遅れて反応する。中国製の古臭いコピー拳銃の銃口が彼へと向けられるまで約三秒半。それだけあれば、死神が平気で歌い出す。亡者を増やす、死の凱歌を。

 肘に余裕を残して伸ばされた右腕。引き金に指がかけられ、三日月のタクトが絞られる。それが合図とばかりに撃鉄が落とされ、連動して撃針が押された。鋭き針の先端が雷管を叩き、発射薬を燃焼させる。瞬間膨張したガスの圧力が銃身内を螺旋状に走る弾丸へ容易く音速の世界を約束した。濃い橙色のマズルフラッシュが鳳仙花となって虚空へ咲き、極点を穿つように弾丸が射出される。斜め下へと撃ち出された弾丸は、吸い込まれるように真ん中の標的へと肉薄する。狙いは心臓。そして、初めから当たるのが約束されていたかのように着弾したのだ。

 弾薬の系統はトリトン社のクイックショック――銅合金で被甲されながらも、弾丸は三つの柔らかい鉛ブロックから形成されている。これらが体内で分散し、三本の毒爪が暴れ回る剣呑極まりない性能だった。六坊会の男が苦悶の表情で地面に倒れ込む。心臓へ三つも穴を開けられれば、そうそう簡単に立っていられるわけもなかったのだ。

そのまま敬介は二度発砲した。残った敵も同じ末路を辿る。悲鳴一つ許されず、三人の悪党が黄泉路へと旅立った。

 ベレッタPx4・ストームは発砲時に銃身が僅かに回転しながら後退し、スライドの動きを遅らせるショートリコイル・ロータリーバレル方式を採用している。これにより、銃身が射撃時も水平を維持し、命中率を強化している。標的との距離は約二十メートルだった。敬介にとって、足場がしっかりしていれば必中の距離である。

これで、残る敵は何人だろうか。右手の指先が冷えるのを誤魔化そうと、左手で乱暴に擦る。敵はどこから現れるか確証など無い。急遽、依頼された仕事で死ぬのは御免だと、脳裏に音葉の姿を思い浮かべる。きっと、彼女が帰りを待っている。だから、こんな場所で殺されるわけにはいかない。

「畜生、どこの鉄砲玉や! すぐに見付けろ! 早く殺すんだ!!」

「ふざけんなよおい! ふざけんなよおい! 叩き斬ったるわ!!」

 怒声がそこらかしこから聞こえてくる。敬介は身を屈めるように腰を低く落とし、音も無く廊下を進んでいく。人の気配は戦場で大きな存在感を担っている。ゆえに、彼は目で見なくとも敵がいるかいないかを判断することが可能だった。そして、曲がり角に差し掛かったところで前方を見ずに腕だけを伸ばして発砲する。ちょうど二十五メートル先から男の『がやああああ!?』という叫び声が届いた。セラミックタイルの上へ人間の死体がぶつかる音がよく聞こえた。

 その時だ。けたたましい音が廊下の向こうから飛来してくる。腕を引っ込められたのは、ほとんど幸運だった。着弾地点の壁が無数のハンマーで殴られたかのように穿たれ、コンクリートの破片が雨のように散った。拳銃弾を撃つ短機関銃(サブマシンガン)による攻撃だと気付き、全身の血が冷たくなる。半秒でも反応するのが遅ければ、利き腕を確実に負傷させていただろう。銃が使えなければ待っているのは破滅の道だ。

 近年、武力を有する暴力団は縮小の一途を辿っている。その一方で過激化する派閥もあるのだが、まさかこんな場末のビルで猛威を振るわれるとは予想にもしなかった。一秒の隙があれば、どんなに連射速度が遅い短機関銃(サブマシンガン)でも二発以上は当たる。九ミリか、四五ACPか。あるいは、別の弾薬か。どちらにせよ、撃たれればそこで敬介の命運は尽きる。

「おいおい。こいつは卑怯だろう。……勘弁してくれよ」

 つい泣き言を吐露してしまう。彼はけっして強者ではない。この銃器が無ければ、とてもではないが戦場に立つ勇気などありはしない。敬介は暫し動きを止め、ベレッタPx4・ストームの側面にある手動安全装置をOFFからONへと直す。そして、コートの内側へ、腰に巻いたホルスターへと戻した。

 敵が廊下の端にいるとして距離は約三十メートル。冷たい方程式に彼は舌打ちする。九ミリ・パラベラム弾は火力のバランスが良く、使い勝手の良い拳銃弾だが、敵を一発で確実に仕留められる絶対的な火力は無い。

 ノーマル弾薬ではなく、硬い真鍮被甲されたゴールデンセイバーや、無数の爪となって潰れるブラックタロン、現在使っているクイックショックのような〝ただの鉛玉〟ではない、高性能弾薬(ハイテク・ブレッド)系を、人体の急所である頭か左胸に当てでもしないと倒せないだろう。それも、相手が短機関銃を持っている以上は必ず一撃で殺さなければいけない。こちらの弾丸が当たった反動で筋肉が緊張し、引き金が絞られ、短機関銃が発砲される危険性があるからだ。

狙うのなら、脳内のさらに狭い脳幹部分。筋肉の動きを制御するここを破壊すれば、人間は完全に〝沈黙〟する。ベレッタPx4・ストームでは勝率が少ない。だから、別の手を使う。

「残念だよ。――ああ、とても残念だ」 

 敬介がベレッタPx4・ストームの代わりにホルスターから抜いたのは、磨き上げた銀にも似た光沢を誇るステンレスフレームの回転式拳銃――銃大国アメリカで名を馳せたS&W社のM六二九・四四マグナムだった。名前の通り、高火力の四四マグナム弾を扱い、反動や耐久力の面をカバーするために大型のNフレームを採用している。

 全長二百八十九ミリ、銃身長六インチ、重量は千三百十グラム。回転式弾倉に装填された六発の弾薬が、今か今かと出番を待っていた。敬介が使うM六二九はガン・スミスの手によって〝殺人用〟にカスタマイズされている。

 撃鉄の大型化――片手での操作性を向上。

 グリップの形状変更――持ち易さの向上。

 引き金の張力を低減――発射時、指の動きによる照準の乱れを解消させる。

銃身を肉厚のヘビーバレルへの変更――増量による重心の安定、耐久性の向上。

効率化を極限まで計り、撃つ際の負担を尽く無くしているのだ。全ては、仕事の為に。悪人を効率よく殺すために。

 曲がり角に隠れつつ、敬介は撃鉄を起こした。クラシックな木製のグリップが、握る右手の汗を吸い、緊張感だけが硬質化していく。一秒先の未来で死体になっているかもしれない焦燥感も恐怖も纏めて飲み込んで、彼は覚悟を決めた。コートのポケットから、拾っておいた九パラの空薬莢を二つ掴み取り、敵の射線上になっている廊下へと投げた。一度壁に強く当たり、そのまま床に落ちる。錆びた鈴のような音が数度鳴る。音を追従するように無数の弾丸が飛んできた。戦場の緊張化で敵は正常な判断を失っていたのだ。枝垂れ柳に幽霊を幻視してしまうように、些細な物音に掃除屋の影を視たのだ。

 無骨な男の親指が動く。スパーと連動して撃鉄が起こされ、敬介は呼吸を止めた。どんな銃器も弾薬の制限がある。短機関銃なら、数秒も撃てば弾切れだ。敵の攻撃は先程から一丁の短機関銃のみ。ダダダダッダダダダッダダッダダダッダダ――――――音が死んだ。

 瞬時に右腕が動く。大型回転式拳銃が曲がり角から顔を出す。集中力が臨界点に達し、音に色、匂い、戦闘に必要のない情報が一切シャットアウトされる。視界が狭まり、その眼光は鋭く敵の姿を捉えた。初老の男が焦りで顔を歪ませる表情まで視認し、引き金が絞られる。九ミリとは比べ物にならぬ轟音が大気を叩く。刹那の曼珠沙華が咲き誇り、大口径の弾丸が音速の世界へと降臨する。

 三十メートルの距離を物ともせずに敵へ着弾。鼻腔と耳道の交差線上に位置する一点を正確に貫き、脳漿と鮮血が後方へと微かに吹き出す。人間の頭蓋骨を貫通した弾丸は急速に勢いを無くし、横転しながら壁へと当たった。短機関銃を持っていた男は、そのままぐらりと前に傾き、頭を垂れるように絶命する。

 ウィンチェスター製のシルバーチップはホローポイント系――先端が凹んだ弾丸をニッケル、銅、亜鉛の合金で被甲している。被弾者の体内で先端から捲れるように広がり、臓器を効率的に損傷させる剣呑極まりない性能である。脳味噌も例外ではない。まるで、アイスクリームディッシャーで掬われたように、ごっそり削る。 

 敬介は好んでM六二九へシルバーチップを装填している。貫通力なら合金の硬度と、四四マグナムの高火力が補ってくれる。必ず標的を仕留める為に、彼は銀色の殺意を選んだ。

それでも、彼の横顔に勝利の笑みは無い。命を拾った安堵と、まだ戦闘は続く焦燥だけだった。

腕に伝わる衝撃は、発射と薬莢の排出にガスの圧力を利用する自動式と違い、鋭く重い。まるで銃身を下から蹴られたかのようだった。日本人離れした体格の彼でも、扱うのは難しい。三十メートル以上先で必中を求めるのなら、両手でグリップを保持しなければならないだろう。つまりは、これは一種の賭けでもあった。

「さあ、次はどいつだ?」

 不敵に笑うも、それは犬歯を見せるような鬼の笑みだった。M六二九という金棒を担いだ獄卒の鬼が今、硝煙と血臭が漂う地獄を闊歩する。

 まだ、戦闘は終わらない。彼は掃除屋。この街の汚れを掃う者。

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