感銘と約束5『よくある話』



◇◇◇◇◇




 夕暮れとなり、俺は屋敷の者たちに見送られながらエルーシャと学園の寮に戻るための馬車に乗った。


 ニゴー子爵は食事の席で機嫌よく酒を飲みまくったせいで酔い潰れてしまったので見送りにはこなかった。



「グレンっち、今日は来てくれてありがとね。お爺様、すごく嬉しそうだった。騎士たちもグレンっちと勝負できて喜んでたし」



 門に向かってゆっくり走り出す馬車のなかでエルーシャから礼を言われた。


 彼女は天然で掴みどころがない性格だが、こういう些細なことはきっちりしてるんだな。


 本人の知らぬところで両親の話を聞いてしまったことは黙っておこう。





 ゴトンッ。



 あれ、馬車が止まった?


 発車してから数メートルも進んでないぞ? まだ敷地内だよな?


「すいません、なにやら門の前で喚いている輩がいるようでして」

御者の人が申し訳なさそうに言ってくる。


 喚いている? 人の家の前で通行止めを起こすような真似をするとは迷惑な輩だ。


 一体どんなやつなのか。


 俺は窓から覗いて確認をしてみた。



「なぜだ! 武闘派で名高いニゴー子爵家も伯爵家の権力が怖いのか!」


「他家の事情は関係ない。お前のような眼差しの濁った者がニゴー家に仕えるのは分不相応というだけだ」


「何が眼差しだよ! 訳の分からないことを!」



 薄汚い身なりをした青年がゴリマッチョな門番に食ってかかっている光景がそこにあった。



「オレはディーゼルだ! 地元じゃ天才と言われてた男だ ! 召し抱えて損はしないと子爵に伝えろ!」



 ディーゼル……?


 どこかで聞いたことあるような……。


「テックアート家をクビにされた元騎士ですね。問題がある男なので雇わないようにとテックアート家から達しが出ております」


 実は行きの馬車から一緒にいたのに、今日は徹底して存在感を消していたエルーシャ専属メイドのサラスが言った。


 いやホント、この人、気配消すのメッチャ上手だったよ。


 盗賊退治のときも強かったし底が知れないね。


 それはそうと。


 ディーゼルとかいうのは俺が訪ねたときに門番をやっていた騎士だったな。


 レグル嬢から貰った書状にケチをつけて襲い掛かってきた挙句、みっともなく言い訳して騎士をクビになった男だ。


 どうして彼がここにいるんだろう? 


 雇えとか言ってたし、就職活動ってやつかな。


「当主をだせ! 子爵がオレの実力を見ればきっと理解できる! お前のような三下では話にならない!」


「いいから去れ」


 会話の雰囲気的にいつ不審者としてとっちめられてもおかしくない様子である。


 見ているこっちがヒヤヒヤものだ。


「くそっ、どこの貴族も日和りやがって……。オレという、勇者にもなれるはずの才能が悪しき貴族の権力に阻まれて潰されるってのかよ。こんなことが許されていいのか……。これも全部あのクソエルフ野郎が……」


 一応は知った顔なので俺は馬車を降りて挨拶することにした。


 どいてもらわないと帰れないってのもあるし。


 目の前で流血沙汰が起きても気分悪いもんな。


「おーい、クソエルフって俺のこと?」


「お、お前はあの時の! どうしてここに!? なぜ門のそっち側にいる!?」


「いや、ちょっと子爵にお呼ばれしちゃって」


 門前払いされてた彼に言うのは嫌味っぽいかもしれないけど。


 事実だからしょうがないよね。


「ニゴー家に貴様が!? ぐぬぬ……そうか、貴様はそうやって先回りしてオレの邪魔をしていくのか……! 許せんッ!」


 ありゃ? なんかとんでもない被害妄想をされてしまったような?


「貴様のせいで! 貴様のせいでオレは騎士として出世する道を絶たれたんだ! 勇者になるはずだった栄光の未来は閉ざされたんだァ!」


 唾を飛ばしながら憤怒の形相で俺に詰め寄ってくる。


「勇者ってなに? よくわかんないんだけど、君はそれになりたかったの?」


「こ、このっ! オレじゃ勇者になれないと馬鹿にしてるのか!?」


 いや、俺は勇者ってモンの概念を訊いただけなんだが……。


 言葉の意味をとんちんかんに深読みした彼はさらに怒りを増幅させてしまった。


 恩に着せるつもりはないけど、死刑になるところを鞭でぺちぺち叩かれるだけで済ませてあげたのにここまで嫌われてるとは。


「オレは地元じゃ一番だったんだ! 最強で無敵で……勇者にもなれるとみんなから言われて村を送り出されたんだ! あんなことで簡単にクビにしていいと思われるような軽い存在じゃないんだ……オレは……井の中の蛙じゃない……!」


 ディーゼル君はブツブツ言いながら腰に差した剣を抜こうとする。


 だが、ゴリマッチョ門番が睨み付けていることに気付くと舌打ちして手をひっこめた。


「いいか、貴様だけは絶対に許さない! 絶対にだ! 覚えとけ! 背中に受けた鞭の借りはしっかり返してやるからな!」


 捨て台詞を残してディーゼル君は去って行った。


「なんだったんだ……?」


「よくある話ですよ。地元で天才とおだてられていた者が、王都に出てきたら自分が思っていたほど飛び抜けた存在ではなかったと知る……。彼はまだまだ自尊心が捨てきれておらんのでしょう」


 門番をやっていたゴリマッチョさんが隣にやってきて渋い表情をしながら教えてくれた。


 エルフの里でフツメンだったやつが人の街に出たら美形扱いでモテモテになる現象の逆パターンと考えればいいのか?


 なるほど、そいつは地味に辛いかもしれないね。


 門番のマッチョさんはどこかディーゼル君を憐れんでいるような雰囲気だった。


 この人もいろいろな葛藤を乗り越えて生きてきたのかな。

 




 最後にひと悶着あったものの。


 その後は特に何事もなく学園の寮に辿り着き、俺はベッドで心地よく眠りについた。



 明後日はいよいよエルフの里から幼馴染みのシルフィが旅立つ日である。


 奴隷商の手先が狙ってくるかもしれないし、ちゃんと迎えに行ってやらないとな。



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