才媛と塔1『久々に徳を積むことをした気がする。』

 扉を開けて塔の中に入る。


 塔の内部は意外にも埃はなく、掃除が隅々まで行き届いているようだった。


 誰かが定期的に清掃を行なっているのかな。


「エルーシャ。才媛とやらはどこにいるんだ?」


 少なくともこのフロアにはいない。


 ここにあるのは物置っぽい部屋の扉と使われなくなった椅子や机の残骸だけである。


「ラルの研究室は一番上だよ。まあ、この塔は全部ラルの所有物だけどね」


 才媛ラルキエリは生徒でありながら優れた魔術研究者でもあるため、学園から研究する場としてこの塔を丸々与えられているらしい。


 よっぽど期待されてるんだな。


 イチ生徒にそこまで特別待遇するなんて。


 感心しつつ、俺はフロアの端にある階段を上ろうとする。


「あ、まっちまっち。わざわざ上らなくて大丈夫だから。こっちゃきんさいな」


 それ、どこの方言?


 謎の言葉を発しながらエルーシャは俺を物置と思われる扉の前まで引っ張っていく。


「ふふん、ちょっと見ててよ?」


 エルーシャが扉の横に埋め込まれた石に触れると、



 ――ヴィイイィィン……。


 うおっ? なんだなんだ?



 チーン。



 音がして、扉が左右に開いた。


「ほら、入って。これに乗れば上まで運んでくれるから」


 開いた扉の向こうは三畳くらいの小部屋になっていた。


 運んでくれるってまさか……。


 これって、元の世界にあったエレベーター的なやつか?


 物置かと思っていたらとんでもないハイテクだった。


「魔力を感知して動くんだよ。すごいよね?」


 慣れた感じでエルーシャは入っていく。


 いろんな意味で驚いた俺はリュキアと一緒に後に続いた。





 チーン。再び音がして扉が開く。お、着いたか。



「おーい、ラルぅ。連れてきてあげたよぉ」



 さて、いよいよ才媛とご対面だ……。




「くぅ……くぅ……」



 最上階の部屋では、椅子に座ったまま一人の少女が寝ていた。


 瓶底眼鏡にボサボサの桃髪。


 人間の顔は覚えづらいのであやふやだが、前会ったときに印象的だった特徴と一致してる。


 間違いない。彼女が才媛ラルキエリだ。


「うぎぎ……もうポーションはいやですぅ……」


 才媛の足元では、栗毛色の髪の少女がうつ伏せでうなされていた。


 …………。どう反応すればいいんだこれ。どんな状況だよ。


「もう! ちゃんとこの時間に会いに行くって言っておいたのに! ラルったら、また遅くまで研究してたのね!」


 頬を膨らませるエルーシャ。


 ……俺は迎えにくるって一言も言われてなかったんですがそれは。


 エルーシャは羊皮紙やら試験管やらが散らばった床を器用に歩き、才媛のもとに向かう。


「ラルが会いたがってたグレンっちがきたんだよ! 話したいことがあるんでしょ!」


「う、うぅ~ん? ……なのだぉ?」


 エルーシャが揺さぶると才媛は唸り声を上げて目を覚ます。


 寝ぼけてるみたいで語尾が少し怪しくなっていた。


「はっ、エルーシャ……? それに君は……!」


 俺たちがいることに気付いた才媛は意識を急速に覚醒させる。


「フィーナ、起きるのだよ! 彼が来ているのだよ!」


「ふひぃ……ラル様、まだ全身が痛くて起き上がれませんですよ……!」


 うつ伏せのまま悲壮な声を上げる少女。どこか怪我をしてるのか? 


 だったら無茶をさせるのは頂けないぞ。


「いえ、ただ体中が筋肉痛なだけなのですよ……! ふぇい……」


「うむ、彼女には君が語っていた筋肉魔法強化理論に我輩の着想を交えたものを実際に取り組んでもらっていたのだよ?」


 ええ、アレをマジでやったの? あんなデマカセとこじつけを? 


 確かに流行らせようとしてたけど……。


 こんな限界まで追い込んで実践するやつらが早々にでてくるとは思わんかったわ。


「君に早く結果を報告したくてな。ポーションを絶え間なく飲ませて疲労を急速回復させ、通常三か月分のメニューを四日間に詰め込んで実行したのだよ。おかげで在庫のポーションがすっかり消えてなくなったのだよ?」


 わははと笑う才媛。なんてマッドな女なのだ……。


 三か月分のトレーニングを四日でやらせるとかヤベーだろ。


「とりあえず、我々の成果を見てほしいのだよ? フィーナ、早くするのだよ?」


「ラル様ぁ……無理なのですよ……脚とか腕とかバキバキなのですよ……」 


「我慢するのだよ……フィーナ? もうポーションはすべて使ってしまったのだ。次の支給があるまでは自然治癒しかないのだよ?」


「うええ……」


 うーん、これはちょっと可哀想。


 俺にも原因の一端はあるし、こっそり回復魔法をかけてやろう。


 ほいさー! ビビビッと魔法を放つ。


「……!? あれぇ? なんかいきなり身体が軽くなったのですよ!」


 元気になった途端、彼女はマッスルポーズをとってアピールしだした。


 筋肉が超回復して覚醒したのか?


 この鮮やかな爽快感を他の学生にもぜひ味わってもらいたいところだ……。


「むむっ? 今のは……!」


 才媛の目がギラッと光った。俺の魔法に勘付いたのか?


 まあ、なんも言ってこないしスルーで。


「なあ、あんた大丈夫なの?」


 復活した少女にそれとなく訊いてみる。


 扱いとか見てるとイジめられたりしてんじゃないか心配になんだけど。


「心配はいらないのですよ! 正直、めちゃくちゃ辛かったですが、これはわたくしも望んだことだったのですよ!」


「そうなの?」


「はいですよ!」


 疲れが取れたせいか、語尾がハキハキしてきた。


 いいことしてやったわ。久々に徳を積むことをした気がする。

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