伯爵と対面1『アクティブな伯爵だ』
「グレン、さ、様……こうちゃだ、こうちゃだ、です」
良く晴れた日の昼下がり。テックアート邸に到着した翌日。
俺は中庭のテラスにて、従者としての修業を始めたゾフィーに紅茶を振る舞われていた。
洗練された動作でカップに注がれる琥珀色の液体。
整った容姿のダークエルフ少女が行う給仕は実に絵になっていると言えた。
きちっと執事服を着こなし、一挙一動も堂々としている。
とても見習いの従者とは思えない風格があった。
言葉遣いが若干怪しいのは仕方ない。エルフって基本敬語で話さないし。
ジンジャーも奴隷商で覚えさせられたから今は使えるっぽいけど、里にいた頃は話せなかった。
俺だって相手に慣れてくると自然とタメ口が出てくる。
まあ、そんな話は置いといて。
「ありがとな」
俺はカップを手に取り、香りを楽しみながら一口啜る。
本当は香りなんか興味なかったが、せっかく行儀よく入れてもらったわけだし。
こっちもそれっぽくしてあげたいじゃん?
「い、いかがでしょうか?」
「ああ、美味いな……」
素直に感じた感想が口から出る。
紅茶の味なんて大して詳しくない俺でも美味いと思えた。
俺の舌がよほどバカでなければ昨日のメイドさんにも負けてないはずだ。
「よかったぁ……」
俺が口をつける様子を食い入るように見つめていたゾフィーは安堵したように息を吐いた。
「ゾフィーさん、たった数時間でここまでできるようになったんですよ? 言葉遣いは微妙ですが、この子には才能があります!」
少し離れた位置から立って見守っていたメイドがニコニコと満面の笑みを浮かべて言った。
彼女が指導をしたのだろうか?
どことなく誇らしげである。
「覚えることはたくさんあるが、ますが。一日もはやくグレン様のやくにたてるようがんばるぞ。……がんばります」
やはり敬語を扱うのは大変そうだった。
俺は無理をせず自然な口調でいいと言ったのだが、やるからには徹底したいと言うので好きにさせている。
「ゾフィーさん、また言葉遣いが乱れていますよ?」
「むぐぅ、従者のしゃべりかたはむずかしいな……」
ムムムと唸るゾフィー。
早速メイドの指導が入っていた。
ゾフィーはまずメイドから礼儀作法や身の回りの世話を学び、それから従者としての仕事を覚えるらしい。
俺の役に立ちたい一心でそこまでするのか。
……健気だなぁ。
助けた直後に礼も言わず、宿を壊して出て行った連中もいたというのに。
あいつらにはゾフィーの爪の垢を煎じて飲めと言いたくなる。
「偉いぞ、ゾフィー」
「えへへ……」
何となく頭を撫でてやると、ゾフィーは嬉しそうに身を捩ってへにゃりと笑った。
妹もそうだったけど、これくらいの子って頭を撫でられるの好きだよな。
「グレン様、がんばるぞ。がんばりますぞ! もっと紅茶も上手く入れられるようになる、ますぞ!」
やる気に満ち、ふんすと鼻を鳴らしてゾフィーは再度の決意表明。
頑張れよ。
ただ、俺と一緒にいても紅茶を淹れる機会なんてそうそうないだろうけど。
言ったら彼女のモチベーションを削ぎそうだったので俺は真実を紅茶と一緒に飲み込んだ。
ゾフィーとともに午後のひと時をゆったり過ごしていると、レグル嬢がエヴァンジェリンとジンジャーを伴って中庭にやってきた。
どうしたのだろう。何か用かな。そういやリュキアはどこ行った?
あの幼女、何気に神出鬼没だからな……。
「グレン様、つい先ほど父が屋敷に戻りました。それで早速なのですが、父が会いたいと申しておりまして……」
レグル嬢はどこか浮かない顔をしていた。
なんだろ、父親に嫌悪感を持つお年頃なのか?
彼女はそんな性格じゃないと思っていたけど。
まあ、人間っていろんな側面を持つ生き物だしな。
イメージと違うところがあっても不思議じゃない。
「わかった。じゃあすぐ行こう」
いろいろ考えながら俺は了承する。
帰ってきて早々とはアクティブな伯爵だ。
一体、どんな人なんだろう。
「では、こちらに」
レグル嬢に促され、俺は中庭を後にする。
いよいよ貴族の当主と対面か……。少し緊張する。ニッサンの領主?
あれは変態だからノーカンで。
そういやレグル嬢の母親ってどうしてんだ?
昨日は紹介されなかったけど、屋敷にはいないのかね。
ま、そのうち知ることもあるだろう。
「グレン様、行ってらっしゃいませだ! です……」
名残惜しそうにゾフィーが言う。
無理して敬語使おうとしてるから変な口調になってんぞ。
癖にならないといいけど。
彼女はこれからまた修行を再開するらしい。ええ子やな……。しみじみと思った。
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