王都と門番4『なんでこんなに喧嘩腰なんだ。』


 門番の青年は書状に目を通すと、敵対心のこもった表情を向けてきた。


 俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。


「なぜエルフがレグルお嬢様の名前で書かれた家紋入りの書状を持っている?」


「いや、それは……」


「怪しいな……さては貴様、書状を捏造したな!」


 門番は俺の説明に言葉を被せてシャットアウトすると、目を吊り上げて凄んできた。


 でえ、ええ~。そういう面倒臭い感じですかぁ? なんでそうなるの?


「貴族の証文を偽造することは情状酌量の余地なく重罪だぞ! この下賤なエルフめ!」


 門番の青年は口から唾を飛ばしながら恫喝し、書状を地面に叩きつけた。


「…………」


 レグル嬢、話が違うじゃんよ。この紙を見せれば大丈夫って言ってたじゃん。余計ややこしくなってるんだけど?


「ねーグレン? まだ?」


「ああ、もうちょっと待ってな」


 俺はリュキアを宥め、門番の誤解を解こうとする。きっとどこかに行き違いがあるはずだ。


「ちゃんと御令嬢本人からもらったんだって。ニッサンの町で別れたエルフのグレンだよ。聞いていないか? もう彼女は帰ってるんだろ?」


「貴様など知らんし、どこのどいつとも知れない馬の骨にお嬢様が在宅しておられるかを教えるわけにいかん。そもそも、どこで伯爵家の御令嬢であるお嬢様がエルフなんかと関わり合いになるというのだ? そこがまずありえないだろう。上手くやりたいのだったらもう少しマシな嘘を考えるべきだったな!」


 青年門番は取り付く島もなく鼻を鳴らして笑った。この野郎……。


 さっきから黙って聞いてりゃ、下賤だとかエルフなんかとか、エルフを見下したようなことばっか言いやがって……。


 主を守るために土下座までしてきた女騎士と同じ家に仕える者とは思えない。


 隊長やデリック君たちにあった謙虚さがこいつにはまったくないようだ。


 俺はこいつの気に障ることを何かしたのか……? 


 なんでこんなに喧嘩腰なんだ。


「あのさ、この家の門番は書状を持って訪ねてきた客をいちいち疑ってかかるのか?」


 いい加減面倒臭い。俺の口調も多少ぶっきらぼうになる。


「ふふん、まあ普通のやつなら通していただろう。だがオレは他の連中とは違う。敵を見分ける嗅覚っていうのかな……そういう野生の勘に優れているんだ……」


 ニタァと鼻の下を擦って笑う門番。おいおい、完全に浸ってるぞ。自分を有能だと勘違いして世界に入り込んでしまっている。もしかして気に入る気に入らないとかじゃなくて、こいつがアホなだけだったのか?


「もういい。話にならないから、とりあえず御令嬢をここに直接呼んでくれ。もしくはデリック君とか、女騎士……ええとエヴァンジェリン? とか、隊長とか」


「ほざけ! お嬢様は先ほど帰られたばかりでお疲れだ! 大体、敵対貴族の暗殺者を主君筋の人間に会わせるわけないだろう!」


 オイいぃ、お嬢様のいるいない言っちゃってるぞぉ! さっき教えるわけにいかんって言ってただろうが!


 しかもいつの間にか俺は他家の放った暗殺者に仕立て上げられていた。


「貴様なぞ、デリック様やエヴァンジェリン様、隊長殿が出るまでもない!」


 とうとう青年は所持していた槍の先端を俺のほうに向け、戦闘態勢に入ってしまった。


 まいっちまうぜ。


「ふわぁ……」


 リュキアが退屈そうに欠伸をする。この幼女、なかなか神経太いな。盗賊を前にしても平然としてたし今更かもだが。


 はあ、俺も疲れたよ。


 レグル嬢、これからは書状に『本物です』って書いておいてくれ。ああ、家紋がそれを証明するんだっけ? それを疑われちゃどうしようもないな。


「グレン、あんさつしゃなの?」


「違げえよ……」


 この門番はリュキアの教育に悪い男だ。


 むやみやたらと人に言いがかりをつけてはいけないんだぞ。


 反面教師にするなら最高だろうけど。


「ここでオレが優れた騎士だということを証明して、一気に出世街道を駆け上がってやる! 地元で十年に一度の天才と謳われたオレの槍術を食らって手柄となれ!」


 エイヤーと門番青年が特攻してきた。その目は野心に満ちて光っていた。


 恐らく彼の頭の中では機転を利かせて奸計を見破り、屋敷に入り込もうとした賊を成敗する自分の姿が浮かんでいるのだろう。


 偽物を見破ったとなれば確かに大手柄だが、俺の書状が本物だってことを疑いもしない。


 エルフだからありえねーって決めつけてる。すごい勝負をかけてきたな。


 本物だったときのことを考えていないのだろうか。きっとめっちゃ怒られるぞ。


 その思い切りの良さは好感を持てるが、この場合は馬鹿としかいいようがない。


 迫りくる槍の先端。よく見て躱して……あれ、見失った! 青年門番による足捌きや体重移動、槍の動きなどは巧みだった。


 フェイントを加えられ、俺はなす術なく棒立ちのまま攻撃を受けてしまう。


「討ち取ったりぃ!」


「あ、イテーッ!」


 ガツン。と槍が俺の脇腹を小突いた。

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