幼女と出立3『肉の幼女』
「ひいっ!?」
リリンが小さな悲鳴を上げて俺に背後から抱き着いてきた。
この野郎、俺を盾にするつもりか!
「むっ……?」
出てきた影の正体を見て、俺は首を傾げる。
「んにっく……」
茂みを掻きわけて森の中からでてきたのはエメラルド色の髪をした幼女だった。
「うー」
頭についた葉っぱを邪魔そうに払っている。
なんだ、ただの幼女か……。
「…………」
幼女が猛禽類に似た個性的な黄色い瞳でこちらを見つめてくる。
どうにも既視感がある目の形だな……。
俺は過去の記憶を探ってみる。
真っ白い簡素なワンピース。肩のあたりで揃えられたミディアムヘアの子供……。
やがて、頭の片隅で埃をかぶっていた記憶の断片がゆっくり引き出されてきた。
『カエルの肉だけどいいのかい?』
『ヤッ!』
ニッサンの町を訪れて最初に行なったやり取りが思い返される。
そうだ、彼女は――
「おお、肉の幼女じゃないか!」
カエル肉の燻製を分けようとしたら拒否されてしまった幼女……肉の幼女だ!
あのときは容姿に注目をしていなかったので思い出すのに時間がかかってしまった。
肉の幼女に再会できたのならば、あれをしよう。
「今日は君が好きそうな肉があるんだ。干し肉だけど、食べてみないか?」
「いまはオナカいっぱいだからだいじょうぶ!」
領主から貰った豚の干し肉を取り出そうとすると笑顔で断られてしまった。
うーむ……心の中で密かに誓った約束を果たせると思ったんだが。
「飯を食ったばっかりだったのか?」
「うん、たくさんたべたよ! おいしかった!」
食後なら仕方ない。また別の機会を狙うことにしよう。
あれ? なんで俺は彼女に肉をくれてやることに固執してるんだっけ。
「ところで、君はどうしてこんなところにいるんだ?」
森に暮らすエルフと違い、人間の子供が一人で森に入るのは危険ではないか? そう思い訊いたのだが、
「ここにおいしいモノがいっぱいあったからきたの」
「ふむ?」
美味しいモノ? 森の果実とかだろうか。
「一人で危なくはないのか?」
「ううん。いつもヒトリだからしんぱいない」
当然のように言われる。
まあ、人間でも平気な子は平気なのかもしれないな。
「だが、今は森に危険な生き物が潜んでいるらしいぞ? 討伐されるまでは危ないからあまり近づかないほうがいい」
「ふーん? そうなのー?」
幼女はよく意味がわかっていないようだった。
こういうのは普通、親とかが注意しそうなもんだが……。
エルフでも危険な魔物が増えている時期はさすがに立ち入りを制限していた。
「ね、ねえ……お兄さん。その子、知り合いなの?」
俺の背後に隠れ続けていたリリンが恐る恐る顔を出して肉の幼女を見つめた。
「ああ、ニッサンの町にきた直後に少し話をしたんだ」
「そ、そうなんだ……じゃあ気のせいかな? でもあの目は……」
急に思案顔になってぶつぶつ呟き始めた。よくわからん女だな。というか、いつまでくっついてるつもりなんだコイツは?
まあ別にいいか。
俺は肉の幼女に向き直って声をかける。
「一緒に町まで帰ろう。馬車に乗っていいぞ。せっかくだし、送ってやるよ」
「まちにかえる? なんで?」
「なんでって、ニッサンの町の住人なんだろ?」
「ちがうよ? このへんにはあそびにきただけ」
にこりと純真無垢な笑顔で幼女は言った。……は? 町の住人じゃない?
「ええと。君の親は行商か何かなのかな?」
「おやはいないよー。ひとりだよー」
あっけらかんと答える幼女。ううむ、悪いことを訊いてしまったか……。
「ずっとひとりー。ひとりでいろんなところをまわってるのー」
「な……」
こんな子供が一人で旅をしているだと? ひょっとして人間じゃないのか? エルフみたいに見た目と外見が見合わない種族とか?
しかし、その割には振る舞いが外見相応に幼い。俺があれこれ考えを巡らせていると、肉の幼女が高く手を挙げる。
「まちにはすんでないけど、せっかくだからついてく!」
彼女の顔には好奇心のようなものが含まれていた。いや、ただ町まで行くだけだから何かを期待されても困るんだけど……。
「わたしはリュキアっていうの。えるふさんのおなまえは?」
「リュキアか。俺はグレン。里の掟で世界を旅する者だ。それでこっちは――」
「……あたしはリリン。ニッサンの町の冒険者よ」
リリンは相変わらず表情が硬い。こんな子供相手に人見知りか?
そういう性格じゃないと思っていたんだが。
彼女はどうも肉の幼女に苦手意識を持っている感じがある。目がどうこうとか言ってたが、何か関係あるのだろうか?
気にしてもわからないことだし、とりあえず町に戻ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます