チンピラと冒険者ギルド3『兄ちゃん、ギルドは初めてかい?』

―――――



 冒険者ギルドは石造りでできた三階建てくらいの建物だった。


「…………」


 ガヤガヤと激しく人が行き交うギルド内の光景。


 その騒々しさに圧倒されて入り口で棒立ちになっている俺。


 イカンぞ。田舎暮らしに長く浸り過ぎたせいで都会の文明的なスピードについていけなくなっている。


「あの……」


 声をかけようと思っても冒険者たちは俺の言葉が届く前に足早に横切って目の前を通過していってしまう。


 意気揚々と門を叩いたはいいが、早々にとてつもない困難にぶち当たっていた。


 くっ……シティボーイだったあの頃を思い出せ。高層ビルが立ち並ぶ都会の街を俺はブイブイ走り回っていたじゃないか。


 まあ、走っていたけどトラックだったんで誰かとコミュニケーションをとっていたわけじゃないんですけどね。


「…………」


 ぽつねんと立ち尽くしたまま座りの悪い心地で前に踏み出せない。


 所在ないとはこのことかと人混みの奔流を前にして俺は初めて実感した。


 おかしいじゃないか。


 なんで町の空気はゆったりしているのにギルド内はこんなにガヤガヤしてるんだよ。


 町の忙しなさがこの建物の中に集約されているのではないか。


 職員のいるカウンターはあれど、それも複数箇所あって各々に長蛇の列ができているせいで気軽に自分が並ぶべき場所を確かめることができない。


 ギルド内にいる連中は常連という空気をビンビンに漂わせて内輪で盛り上がっており、初見が図々しく声をかけられないバリアを張っていた。


 いや、実際には張っているわけではないのだろう。だが俺にはそう感じられた。


 閉鎖的な里に籠っていた弊害だ。限られた人間関係の中で完結していたから新たなコミュニティに飛び込んでいく社交性が未発達なのだ。


 俺はこんなにも社交スキルが低かったのかと思い知らされて落胆した。


 いくら前世の記憶があるとは言ってもトラックだったからなぁ。


 ここら辺のコミュニケーション能力は外界に触れていくなかである程度養っていくしかない。


 前途の多難さを感じた。




 どうやらここは酒場も併設されているみたいだ。


 注文を受け取っているウェイトレスの格好をした女性がちらほらと歩いていることからそのことを理解した。


 その中で昼間からジョッキを片手に飲み交わしている連中と偶然にも目が合った。


「オイオイオーイ? 兄ちゃん、ギルドは初めてかい?」


 すると、そのうちの一人が俺に近寄ってきて馴れ馴れしく声をかけてきた。


「ギルドの勝手がわからないんだろ? そんならオレが案内してやるよ」


 話しかけてきたのはくすんだ金髪の男。彼は俺の状況を完全にお見通しだった。


 俺が入り口で右往左往している様を見ていたのかもしれない。


 オロオロしている醜態を観察されていたとか恥ずかしくてたまらんねぇ。


「登録の手順とか割のいい仕事の見つけ方とか、いろいろ教えてやるよ。その代わり受付のほうまで荷物を運ぶのを手伝ってくれねえか?」


 くすんだ金髪の男はテキパキとした手際で大きくて重量のある壺をぽいっと渡してきた。


「おお、結構重いな……」


 ずっしりと両腕にかかる重みにバランス感覚が揺らぐ。


 そして重さ以上に高さと幅のある壺を抱えていると視界が塞がれて目の前がよく見えない。


 足元が確認できないのはどうにも拙い心地だ。


「受付まで持って行けばいいんだな?」


 丁寧な口調で話してきた御令嬢には自然と敬語が出てしまっていたが、相手がチンピラ気味のやつなら畏まる必要はないだろう。


 俺は豪気な運ちゃんの愛車だったのだ。この手の輩の相手はお手の物である。


「どうだい、重いだろ? 非力なエルフには運ぶのはきついんじゃねえか? その壺は高価な代物だから落とさないように丁寧に扱ってくれよ」


 くすんだ金髪男は隣について歩きながらそう言った。


 男は何も持っておらず、手ぶらだった。


 手伝えというからにはお前も少なからず手を貸すべきではないのか?


 丸投げというのはどうなのだろう。


 親切心で話しかけてきた割に誠意のない男の対応に違和感を覚える。

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