4月1日の言い訳

田中多那荷

第1話

 四月一日、エイプリルフールと言えば、簡単な認識からすれば「嘘をついてもいい日」と言われている。

 エイプリルフールにも、嘘をついていいのは午前中だけだとか、ついた嘘を午後にばらすとか、この日についた嘘は実現しないジンクスがあるとか、そういう話もある。が、重要なのは嘘をついてもよい、ということだ。

 既に偽りだらけの世界に、さらに偽りが重なる。悲劇の上にさらに悲劇を重ねたいという人々の欲求が爆発する日。

 そんな偽りを生む人々が生み出す物語の一ページ。


 情報化社会が進み、新聞やテレビのみならず、インターネットで情報を集める時代がやってきた。

 特に就職活動では、従来の書類だけでなく、インターネットでのエントリーや書類送付が条件になっているところも多い。

 もはやインターネットは、情報化社会で生きていく上では必要不可欠な存在となっていた。

 だが、インターネット情報には真実の情報もウソの情報も入り乱れている。その中から取捨選択をしなければ、情報に殺されてしまう。

 無数にある情報は、人の解釈によって、金にも鉄くずにもなるのだ。

 そして、エイプリルフールには、その情報の取捨選択がさらに困難になる。


「なあ、ツイッターで見たんだけどさ」

 ゲームセンターから帰る途中の電車で、トモは隣に座っていたタカシに言った。

「明日はエイプリルフールだよな」

「そうだけど?」

 ピコピコとスマートフォンをいじりながら、タカシは話半分に答える。

「俺もお前も彼女いないだろ? ってことで、明日好きな人に告白しようぜ!」

 同時電車が揺れ、それに合わせるようにタカシが倒れそうになる。

「突然何を言い出すんだ、お前は」

「エイプリルフールだからだよ。好きな人に告白するじゃん。そしたら、答えがどっちでもどうでもなるんだよ」

「というと?」

 ふふん、とトモはタカシにスマートフォンの画面を見せた。

「返答がOKなら、『世間はエイプリルフールだけど、ここには本物の愛があるね』って言って付き合えばいいし、ダメなら『エイプリルフールだよバーカ』って言って逃げればいいんだよ」

 まじめに話すトモに見て、タカシははぁ、とため息をついた。

「んなことやって、どうするのさ。あんまり面白半分で告白してもなぁ」

「何言ってるのさ。こういうチャンスをものにせずして、彼女なんて一生できないぞ」

「それもそうだけどさぁ」

「お前、二組のオウカが好きだろ? 俺、同じクラスのイヨに告白するから」

「な、なんか勝手に決まってるのは何故だ?」

「いいじゃないか。じゃ、俺はオウカを明日朝十時に三丁目公園に呼び出しておくから、ちゃんと行けよな」

 ちょうど電車が降りる駅で停まり、トモはすぐに立ち上がって電車から降りた。

 その後を追うように、タカシも出口に向かう。

 そしてトモは電車から降りたと同時に、高速でスマートフォンをいじり、電話を始めた。

「あ、もしもし、オウカ? なんかね、タカシが明日話があるらしくて、明日の朝十時に三丁目公園に来てくれないかな。あ、来なかったら何回も電話かけてくれって言われてるから。電話番号知ってるよね」

「ちょ、ま、待て、何電話してるんだ」

 歩きながら電話をしているトモを止めようとタカシが追いつくが、追いついた瞬間電話を切ってしまった。

「ということで、タカシ君、君には逃げ場はないのだよ」

「ぐぬぬ、トモめ、なんということを……」

 悔しがるタカシを後目に、トモは悠々と改札を抜ける。タカシも、人の流れに乗って改札を抜けた。

「いいじゃないか。俺だって明日告白するんだ。明日の朝十時、二丁目公園だけどね」

「何でそんなに離れてるんだよ」

 駅を出てしばらく歩くと、すぐに住宅街に出る。春休みとは思えないほど静かな住宅街を、トモとタカシは歩いていく。

「そりゃ、ばったり会っちゃったらダメじゃないか。それに、エイプリルフールは午前中しか嘘をつけないらしいからね」

「ふぅん。まあ、こうなったら俺も覚悟を決めるか」

 その後、いろいろと当日の話をしているうちに、二人の帰り道の分岐点にさしかかっていた。

「とりあえず、こんなもんかな。じゃあ、明日は楽しみにしているぞ」

「そうだな。お前こそ、逃げるなよ」

 じゃあ、と二人はお互い手を振って別れた。

 すぐさま、トモはスマートフォンを取り出して電話を掛ける。

「あ、もしもし、イヨ? 明日話があるんだけどいいかな? 朝十時に二丁目公園ね」


 四月一日、午前九時四十五分。

 約束通り、トモは二丁目公園にやって来た。

 朝七時にタカシにモーニングコールを入れ、自身もその時間には身支度を終え、準備は万端にしていた。

「タカシは大丈夫かな。まあ、告白してなかったら公開処刑だけど」

 スマートフォンの時計を見ながら、徐々に心臓の音が高くなっていくのがわかる。

 冗談に変わるかもしれないが、告白は告白。しかも初めての告白とあって、それほど暖かくもないのに冷汗が出てくる。

「お待たせ。早く来たと思ったのに、先に来てたのね」

 遠くで聞こえた女性の声の方を向くと、少し長身の髪の長い女性がこちらに向かってきた。

「ごめんね、こんな時間に呼び出して」

「それで、話って?」

 にこりとしたイヨの顔を見て、トモは心臓が飛び出しそうになる。

 しかし、ここで引き下がってしまっては意味がない。自分が言いだしっぺなのだから、こうなったら思い切って言ってしまおう。

 一呼吸して、落ち着いて言葉を発する。

「イヨ、実は、君のことが好きなんだ。付き合ってくれないかな」

 いざ言って見ると、やけに落ち着いている自分がいることを感じ、トモはすこし気持ち悪さすら感じた。

 一瞬目を反らし、すぐにイヨの顔を見ると、少し赤くなっているような気がした。やはり、普段どう思っていようとも、異性から告白されれば、多少なりとも動揺するようだ。

「うん、いいよ」

 ともすれば聞き逃しそうなイヨの言葉に、トモは一瞬耳を疑った。

「え?」

「いいよ、付き合おっか」

 聞き間違いじゃない幸せな雑音に、天使の笑顔。思わず、トモは心臓をマシンガンで貫かれたように倒れそうになった。

 だが、ここからが本番である。

 あの言葉を言わなければ、今日告白した意味がなくなってしまう。

 少し空いた距離を詰めるため、トモは一歩ずつイヨに近づく。

 突然詰め寄られ、イヨはすこし驚いた顔をした。

 その距離数十センチ。ここまで来たら戻れない。勢いをそのままに口を開く。

「よかった。今日はエイプリルフールでこの世界は嘘に満ちているけれど、ここには本当の愛があるんだね」

 そういって手を取ろうとすると、イヨは急に顔を膨らませ、クスリと笑い始めた。

 そして、こらえていたおかしさを吐き出すようにおなかを抱えて笑い出した。

「も、もう、今日はエイプリルフールだよ? ウソに決まってるじゃない。トモだって、それを知ってて言ってるんでしょ?」

 笑いやまないイヨの姿に、トモはぽかんとする。

「え、えっと……」

 何か言おうとするが、トモは何も言葉にできない。

「いやあ、呼び出されたときにもしかしたらって思ったんだけど、やっぱりそうなんだね。昨日友達と話してたんだよ。こういうのが流行るかもしれないからって。それにしても、トモが私を呼び出すなんてね。あーおかしい!」

 笑い止まらないイヨを目にして、トモは本気だと言い出せなくなってしまった。

「でも、今日はおもしろかったよ。じゃあ、また学校でね」

 そういうと、イヨはその場を去ってしまった。

 その後ろ姿を見ながら、トモは立ち尽くすしかなかった。


 十分ほど立っただろうか。ポケットに入れていたスマートフォンから、電話の着信音が鳴り響いた。

 そこで我に返り、トモは電話に出る。

「あ、もしもし? トモか?」

 声の主はタカシだ。

「あ、ああ、タカシか。どうだった?」

「約束通り、オウカに告白したんだよ。で、やっぱり断られて『エイプリルフールだよバーカ』って言ったら、『ふぅん、そう。頑張ってね、童貞君』って言われたんだよ! ひどいと思わないか?」

 ああ、なんかずいぶんひどいことになってるな、と思いながらトモは聞いていた。

「で、そっちはどうだったんだよ?」

「……とりあえず、合流してから話そうか」

 トモはそういうと、スマートフォンの電源を切った。


 始業式の日、同じことをやっていた男子が何人かいたようで、女子の間ではその話でもちきりだった。

 もう、エイプリルフールに告白するのはやめよう。さらし者にされた気分になったトモとタカシはそう思った。

 ツイッターで流行ってるんですけど、実際やった勇者っているんでしょうかねぇ。

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