4 お見合いと再会(2)

 ベッドに座ったアルトにコップを手渡す。

 アルトは赤い顔で少しずつ水を飲んだ。


 アルトの部屋に入るのは引っ越しのとき以来だが、ずいぶん服や靴、鞄が増えてチェストから溢れ出している。

 これらは全て、屋敷から送られてきた物だ。

 季節が変わるたび大量に届くので、新品で箱に入ったまま着ていない服や靴もあるようだ。


 水を入れたカラフェを机に置き、椅子に腰かける。


 寒気はと訊くと、ないよと首を振る。

 食欲は、と尋ねると、てへっと恥ずかしそうに「お腹空いたな」と笑うので、セルシオも安心して微笑む。


「身体は辛くないんだな」

「うん。もしかしたら知恵熱かも……」


 情けなさそうにうなだれるので、セルシオが首を傾げる。


 アルトは告げようか悩んだ後、意を決して口を開く。


 従者が来て、セルシオと結婚の見込みがないなら屋敷に連れ帰り、見合いをさせると言われたことを、話しづらそうに説明した。

 その期限が明日だということも。


 突然の思いも寄らない内容に、セルシオはうなずくのも忘れ、ただ目を見開いた。


「何……」


 言いかけたところで玄関扉がノックされる。

 驚いて顔を見合わせ、セルシオが立ち上がる。


 出ると、少しも久しぶりだと感じさせない出で立ちの従者が立っていた。


「夜分失礼いたします。ご無沙汰しております、レイトス様」


 頭を下げ、「お嬢様は」と尋ねるので、風邪で寝てると答える。


 グレイスは顔色一つ変えず、


「お嬢様からお話は聞かれましたか?」

「今聞いた」


 困った様子で眉間を揉む。


 そしてグレイスを睨むような目で見ると、


「答えは明日話す」


 しかしグレイスはひるむどころか目を細めて睨み返し、「では明日」とだけ言って去っていった。


 扉を閉めて、ふうと息を吐く。


 寝室に戻ると、アルトが不安そうな顔で立っているので寝てろ、と声をかける。


 椅子に座ったところで扉の隙間からソラが入ってきて、膝に乗せろと鳴くので抱き上げる。

 アルトが微笑むのでベッドに乗せると、大人しくアルトのそばで丸まった。


「従者はすぐに結婚しろと言ったのか?」


 ソラを撫でる手を止め、アルトがまた怯えた目になる。


「ううん。ただどうするか決めないのなら、お屋敷に戻って他の人とお見合いさせるって」


 そうか、とセルシオが考え込む。


 アルトは家族に会いたがっているが、連れ戻されるのはセルシオにとって困る。


 ますます帰れないのか、と思い悩む。


「結婚って……何が違うのかな」


 ん? とセルシオが顔を上げる。


「お互い好きで、一緒に暮らしてるのに、結婚ってそれとどう違うのかな」


 真剣な顔で訊くので、セルシオが内心苦笑して、優しく微笑む。


「私たちの場合は一緒に住むのが先だったからな。まだこれからだろう」

 

 これから? と不思議そうに訊き返す。

 すんなり受け止めてくれなかったかと、セルシオが気まずそうな顔をする。


 数秒の沈黙の後、何かに思い至ったアルトが突然ぼっと真っ赤になった。


「……ごめん」


 よりによって今この状況でする質問じゃなかった、とソラで顔を隠すので、熱上がるぞ、とセルシオが笑いをこらえてそっと布団を叩く。

 震えているので、笑いすぎだよぉっ! とアルトが涙目で喚いた。


 気を取り直して、


「恋人と夫婦。書類や法律上もだが、あるべき形も違うだろう」

「そう……だね」


 アルトが思うに、夫婦はずっと連れ添うのが当然で、比べると恋人はとても不安定に思えた。

 別れがより身近にあるような。


 別れ。

 恋人になったばかりでそばにセルシオがいる今、アルトには現実味のない言葉だった。


 けれどいくら想い合っていても、セルシオとナナリーのような別れだってあるのだ。


 アルトがふと思いついて、


「セルシオはナナリーさんといつ知り合ったの?」


 何だ急に、と苦い顔を浮かべる。


 しかしアルトが話して欲しそうな目で見てくるので、悩みながら話し始めた。


「……魔法学を学んだカレッジに、在学生と卒業生の交流会みたいなものがあって、仲間で勉強や研究をしたり、食事会や何かのイベントにボランティアで参加することもあった。どちらかというと、遊びの方が多かったが」


 楽しそうだね、とアルトが笑顔になる。

 セルシオもうなずいて、


「ナナはカレッジの卒業生で、会にはたまに顔を出していたが、話したことはなかった。みんなで観劇に行ったときが初めて喋ったんだと思う。それから会うたびに話すようになり、少しずつ意識するようになった」


「どっちから告白したのっ?」


 興味津々で尋ねるので、楽しいか? と嫌そうな顔をする。


 わくわくしたアルトの期待の目に、もごもごと「どちらでもない」と答えた。

 アルトが残念そうにえー、と言うので、仕方なく話を続ける。




 ある日、ナナリーの買い物に付き添ってるときに、たまたま居合わせたナナリーの友人が気づいて駆け寄ってくる。

 笑顔で手を振りながら、


「ナナ、ぐーぜん! えー、誰? 彼氏?」


 好奇の目でじろじろ見てくるので、ただの後輩と説明しようとする。


 するとナナリーがセルシオの腕を取り、にっこり笑って、


「うん、そう!」


 当然のように言われて、セルシオがびっくりして固まった。




「……気づけば恋人になってた」


 思い返し、セルシオが遠い目になる。

 アルトがうわぁ、と汗をかいて呆れた。


 ふふっと吹き出して、


「すごい人だね、ナナリーさんって」


 くすくす笑うアルトに、セルシオが微笑む。


「落ち着いたか?」


 訊かれてアルトがはっと気づく。


「そうだったっ。風邪っ、違う、グレイスっ、返事っ、明日っ」


 頭を抱えてわたわたし始めるので、よし、とセルシオが決め込み立ち上がる。


「明日はこの街を周るか。三人で」


 思わぬ言葉に、えっ、とアルトが目を丸くした。

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