3 祭り(2)

 人ごみの中、すれ違う人と肩がぶつかりそうになりながらセルシオが一人歩く。

 家族連れ、カップル、友人。

 みんな楽しそうに笑顔を浮かべている。


 祭りなんて久しぶりだ。

 学生時代に友人たちと行ったきりで、祭りの案内は目にするものの、働き出してからは忙しくて知らぬ間に終わってるのが例年のことだった。


 でもそういえばと思い出す。


 確か、研究所に入ってすぐの頃だ。




 セルシオが手元の紙に目を落としながら足早に通路を歩く。

 研究所は広すぎて、入ったばかりのセルシオは案内図片手でないと目的の研究室までたどり着けなかった。


 研究員は大抵研究室にこもっているので、遅い時間でも残業している人は多いが、通路をすれ違う人はほとんどいない。


 だから、抜き足差し足で歩いてる怪しい人物なんてすぐに目についた。


 シェルピンク色の髪で白衣を着た女性に後ろから声をかける。

 女性は飛び上がるくらい驚き、わぁっと悲鳴を上げて両手を上げた。

 すると何か小さな物がバラバラと床に散らばる。


「……何だこれ」


 女性が慌ててかがみこみ、あたふたとかき集める。

 セルシオもしゃがんで拾い上げる。


 女性がぶうっと頰を膨らませた。


「もうっ、驚かさないでよセルシオっ」

「これどうしたんだ、ナナ」


 ナナリーが抱えていたのは、飴やクッキーなどのお菓子や、指人形などのおもちゃだった。


 こんな物どこから持って来たんだと尋ねると、


「今日、猿の階でお祭りしてるの。なのに残業で行けないなんてつまんないんだもん」


 ぷんっとむくれて顔を背ける。


 普段はどちらかというとサバサバしているのに、こういうときなぜか彼女は子どもっぽくなる。


「……それで仕事抜け出して行ってきたのか」


 セルシオが呆れる。


 焦ったナナリーが綿あめを顔の前に突き立てて、


「お願いっ! 室長には黙ってて!」


 懇願されきょとんとするが、すぐに「言わないよ」と笑う。


 さらにクッキーの袋を差し出す。


「ええい、それならおまけにこっちもどうだ!」

「だから言わないって」


 ドヤ顔に呆れると、ナナリーがおかしそうに吹き出して笑う。

 それを見てセルシオも微笑んだ。


 セルシオがナナリーの収獲物を腕に抱え、並んで歩く。


 あ、そうだとナナリーが白衣のポケットをまさぐり、細い金属の腕輪を取り出す。


「お祭りでもらったお守り。『あなたの行く先に幸せを』って、綺麗な衣装の巫女さんがみんなに配るの」


 へぇ、とセルシオはさほど関心なさそうに言う。


 ナナリーが拳を握って悔しそうに、


「本当はやりたかったのよ巫女さん。でもほら私、うっかりもう二十歳の誕生日を迎えちゃったでしょ」


 巫女とどう関係してるのか知らないが、誕生日にうっかりも何もないだろう、と半眼になって呆れる。


 ナナリーがセルシオの白衣のポケットを引っ張り、あげるーと言ってポトンと腕輪を落とした。


「いいのか?」


 するとなぜかふっふっふと不敵に笑い出す。

 白衣の袖をつまんで左腕を上げ、


「じゃーん!」


 袖を下ろすと、手首に腕輪がじゃらじゃらはめられていた。

 セルシオがぎょっと驚く。


「ふっふー、これで幸せいっぱいだからね!」


 自慢げに言って、満面の笑みを見せた。




 歓声が大きくなり、はっと我に返る。


 祭りの浮ついた雰囲気のせいか、懐かしいことを思い出していた。


 手で片目を覆い、長く息を吐く。


 そういえばあの腕輪はどうしただろう、と巫女の行列をぼんやり眺めながら思った。




 巫女衣装の女性が、列なして祭りの真ん中を歩く。

 友人や姉妹で手をつないだり、観客に手を振ったりしながらゆっくりと進む。


 周りには長い衣装の裾を擦る人もいるが、ロングドレスに慣れたアルトは悠々と歩いている。

 すっと背筋を伸ばし、優美に足を運ぶ。

 もう十年以上やってきた、意識しなくてもできる動きだ。


 ふと名前を呼ばれた気がして見ると、スフィアが笑顔で手を振っていて、にっこり笑って振り返す。

 いつもの口を開けた笑いではなく、ついお嬢様時代の清楚な微笑みを浮かべる。


 スフィアの先に視線を動かすと、セルシオが立っているのが見えて手を振る。


 しかしセルシオはうつむいて、暗い表情で何か考え込んでいる様子だった。


 アルトの笑みが固まる。


 セルシオがおもむろに顔を上げると目が合い、アルトがにぱっと普段の笑顔で手を振る。

 セルシオが軽く手を上げて返した。




 帰宅後、アルトが金属の腕輪を差し出す。


「どうぞ、セルシオ。『あなたの行く先に幸せを』」


 腕輪を見て固まっているので、アルトが首を傾げる。


「巫女さんが配る幸せの腕輪。あれ? もうもらっちゃった?」


 いや、と首を振る。

 受け取りながら、


「いいのか?」

「うんっ。ちゃんとぼくの分もあるよっ」


 言って左腕を見せる。

 細い腕輪が一本だけはめられていた。


 セルシオがきょとんとした顔で、


「一本だけか」

「うんっ。だって幸せはみんなで分けっこしなきゃねっ」


 セルシオが呆けるが、そうだなと薄く笑った。


 そして遠い目になると、


「そういえば欲張りな奴だった……。気に入った物は必ず手に入れるし、他人の物でも欲しがるし……」


 ナナリーの思い出さなくていいようなことまで思い出し、情けない気分でぼそぼそつぶやく。


 おかしなセルシオに、アルトが不思議そうに首を傾げるので、ちらっと目をやる。


 ーーーそんな思い出なら、話せるだろうか。


 セルシオが苦笑し、口を開く。


「祭りのときの話なんだが、ナナがーーー」

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