4 Cats & Dogs(1)

 アルトが鼻歌を歌いながら帰り道を歩く。

 肩に提げたトートバッグからはネギがはみ出し、歩みに合わせて指揮棒のように揺れている。


 アルトはご機嫌だった。


 この間、セルシオが初めてナナリーの話をしてくれた。

 忘れられない、亡くなった恋人。

 きっと話すのは辛いだろうと思っていたが、意外にも楽しい話で、セルシオも呆れと苦笑を交えながらだったので安心した。


 また聞かせてねとお願いすると、表情はあまり芳しくなかったけれど。


 でもそうやって少しずつ、心の緊張がほぐれていくといいなと思う。


 そしてもう一つ、今日は珍しく早く帰れそうだと言っていた。

 最近なぜかスフィアが張り切っていて、積極的に仕事を手伝ってくれるかららしい。


 それなら晩ご飯はちょっと凝ったものを作ろう、何を喋ろうと考えていると、自然と笑顔になり鼻歌まで歌ってしまう。


 アルトが進む先に少女が一人、道端でぽつんと佇んでいる。


 前を通り過ぎようとしたところでくんっと服を引っ張られ、驚き振り返る。


 その少女の第一印象は小さい、だった。目元がアルトの胸辺りにある。

 肩下まである菫色の髪は艶があり、スカートが膨らんだ黒のワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織っている。

 身長だけ見ると十二、三歳くらいに見えるが、目は少し切れ長で大人っぽい美人だった。


 少女はアルトの服の裾をつかんだまま、無言でじいいいいーっと穴が空くほど見つめてくる。


 迷子かな、と腰を折って目線を合わせる。


「どうしたの? 迷っちゃった?」


 少女は一度うつむき、また顔を上げると小さな声で、


「……家、探してる」


 やっぱり迷子か、とアルトがにこっと笑う。


「誰のお家? お友達?」

「セルシオ」


 アルトが目を丸くして驚く。

 セルシオの知り合いにこんな美少女がいたとは。


「セルシオの友達? ぼく一緒に住んでるんだ。帰るところだから一緒に行こうっ」


 言って手を差し出す。

 しかし少女はまるで手の皺を数えるかのように、じっとアルトの手の平を見つめている。


 手を繋ぐのは嫌だったろうか。

 出したまま戻せずに戸惑っていると、少女がそっと指先を乗せた。

 手を丸め、爪先をほんのちょこっとだけつけるので、ねねね猫みたいぃっ! と内心感動する。

 動きが可愛くて何だかドキドキしてしまう。


 ちゃんと手を繋いでにこっと笑いかけ、


「ぼくアルトっていうんだ。キミは?」

「……リムリー」


 アルトがリムリーのお腹に気づいて覗き込む。


「どうしたの? そのお腹。何か入ってる?」


 前を閉じたカーディガンのお腹がぽっこりと膨らんでいて、中にある何かを片手で支えている。


 リムリーが身体を仰け反らせ、カーディガンの裾から抱えていたものを出す。


 出てきたのは、ブルーグレーの短い毛に覆われた仔猫だった。

 リムリーの腕の中で、丸まってすやすや眠っている。


 本物の猫がいた、とアルトが目を見開く。


「猫! 可愛いねっ。飼ってるの?」


 リムリーが首を振る。無表情のまま「拾った」と話す。

 飼うの? と訊くと、黙りこくって答えない。


 アルトが困惑する。

 飼いたい、でも飼えない事情があるのだろうか。


 けれどじゃあ今すぐ戻しておいで、と知り合ったばかりの自分が言うのは出しゃばってる気がするので、ただ「飼えるといいね」とにっこり笑った。




 セルシオがいつもより早く帰宅すると、普段通りキッチンにアルトが立って晩ご飯の支度をしている。


 その後ろで、ダイニングテーブルに並べられた料理を無言でじいいっと見つめている少女がいて、思わず顔を引きつらせ、片手で目元を覆った。


「……何で」


 気づいたアルトが、振り返っておかえり! と笑顔を見せる。


「あっ、この子セルシオの友達だって……あれっ?」


 直前まで椅子に座っていた少女が急に姿を消して、アルトが目を丸くする。


 セルシオが仕方なさそうに肩を落とし、ソファに歩み寄る。


 ソファの後ろには、なぜか下に潜り込んで隠れようと隙間を覗き込んでいる少女がいた。


 セルシオに見つかったのに気づき、無表情のままはっと驚く。

 錆びついたようにギギギとぎこちなく顔を向けると、


「おかえり」


 セルシオに向かってピッと片手を上げる。


 がっくり頭を垂れ、はあ、と大きなため息をつく。


「……何やってるんだ、姉さん」


 へ、とアルトが目を点にする。


 そしてリムリーに視線を移し、ええええっ! と大声を上げた。

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