砂時計の街

紅璃 夕[こうり ゆう]

プロローグ

商店街にて

 街唯一の商店街は、今日も多くの人が狭い道を肩をかすめるようにして行き交っている。


 ぎっしりと道にはみ出して野菜を並べた八百屋で、店主が威勢よく声をかけた。


「らっしゃい! おっ、あんたアルトちゃんの彼氏の」


 野菜を選んでいた男性が呆れ、澄まし顔で目を伏せる。


「……違います」


 声が大きくて店は小さいので辺りに丸聞こえだったのだろう。

 隣の魚屋の大将がああ? と素っ頓狂な声を上げた。


「アルトちゃんの旦那だろ?」

「違います」


 無表情のままきっぱりと否定する。


 後ろからくすくす笑う声が聞こえ、振り返りこっそり睨む。


 腰まである長い髪の女性が、おかしそうに肩を震わせて笑っている。

 勘違いの内容より、男性が戸惑い呆れている様子が面白いのだろう。


 笑ってないでお前も否定しろと言いたくなるが、照れていると取られかねないので黙っておく。


 するとさらに向かいの果物屋のおばさんまで首を突っ込んできて、


「え? でもあんた、アルトちゃんと一緒に住んでるんだろ?」


 それは間違いない。

 けれど一体ここでどんな噂が広まっているのだろうと汗をかく。


 好奇の目に晒された男性は肩を落とし、ため息混じりに答えた。


 アルトは恋人でも配偶者でもない。


「ただの……同居人です」

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