24話 : またいつか。


青鬼くんが出て行って少し経つと、別の人がドアを開けた。月明かりで顔は見えないが、シルエットでそれがシュガーだと分かった。




シュガー「アッサム? …こんな所にいたのか、探したんだぞ」



アッサム「ごめんなさい。……でも、ちゃんと返したよ、青鬼くんに」



シュガー「…そうか」




表情は見えないけど、シュガーの声色には悲しみが混じっていた気がした。これを拾うべきか、流すべきか悩んでいると能天気なおじさんが話し出した。




コジー「ったく。さっさと寝ようぜ、おっさんはもう眠いの。分かる? 君ら若者と違って悩み事なんて深く考えないようになった分、体は正直になったの、分かる?」




シュガーの陰から現れたコジーは、図々しくも、入ってくるなりベッドに寝転がった。




コジー「……だから、若い時はたくさん悩め。若いうちに悩んだ分、年取ったら楽になれるさ。だから今日はもう寝ろ。どーせ明日になりゃあ、また新しい悩み事が増えるだろうからな」




「んじゃおやすみ」という言葉を最後に、コジーは数秒でイビキをかきはじめた。




シュガー「……全く。おっさんには敵わないな。…私達も寝ようか」




シュガーは椅子の上で、僕はベッドに寄りかかって眠りについた。








いつも、一瞬できていた朝は、中々やって来なかった。


目は開いていないのに、意識はある。そんな不思議な感じがする。


誰かがドアを開けて入ってきた。1歩、また1歩と近づいてくる。そいつは僕の前で足を止めた。




青鬼「選ばれし勇者とその一行に、青鬼の名の下、力を与え給え。時の神の使い、記憶を導く者なり」




温かい何かが僕を包み込む。以前にも経験したことのあるものだった。途端に眠気が襲ってくる。


彼がドアの方へ歩いていくのが辛うじて分かった。彼は最後に何か言った気がしたが、僕の意識は途切れていた。









コジー「…ぉい。……おーい、アッサム? いつまで寝てんだよ」




名前を呼ばれて目を開けると、僕の顔を覗き込むコジーの顔があった。




アッサム「あれ……僕、いつのまに…」




辺りを見渡すとコジーだけしかいなかった。シュガーはまた体を流しに行っているのだろう。


きっとシュガーのことだから、ここを出る準備はしてあるのだろう。ということで、僕らも準備を始めることにした。


各々が準備をし終えた頃、シュガーは戻ってきた。そこへシンリンがタイミングよく現れた。その両手には食べ物があった。


3人で食事をしている途中でシンリンは聞いてきた。




シンリン「そう言えば、いつ頃ここを出るんだよい?」



シュガー「これを食べたらすぐにでも」



シンリン「そっか……ありがとう、だよい。青鬼くんを助けてくれて」




シンリンは改まってそう言った。僕らはそれに驚いて手を止めた。……まぁ、そんな中、1人分の食事の音は止まらなかったが。その1人は口を開いた。




コジー「何だよ、キモチワリィ。それより、お前、村長って柄じゃねぇよな」



シンリン「…? 自分は村長なんかじゃないよい。自分は、ここに住んでるただの旅人だよい」




僕らは全員シンリンを見た。少しの静寂が訪れる。




シンリン「…えっ……な、なんだ、よい」



シュガー「…どういうことだ!?」




混乱が起こる中、僕は家を出た。会うべき人に会うために。背後から僕を制止する声が飛んできたが、心で「ごめん」とだけ言っておいた。


村の範囲ギリギリにある崖の端に彼女はいた。垂れた耳を風が揺らしている。


僕は彼女の姿を見つけると、切れた息を整えるために歩いて近づいた。




アッサム「……リリナ。君が『除外された者』だったんだね」



リリナ「そっか……狩人のお爺ちゃんに聞いたのか。…うん。リリナがここを守る役目を貰ってるよ」




リリナは小さく尻尾を振った。声も、少し元気を感じられない。小さな身体は喉を震わせた。




リリナ「……ありがとう、アッサム。あの子を助けてくれて。…あの子の加護は記憶。だから、これから思い出すよ。君の中の英雄のことをね」



アッサム「…そう、なんだ。僕の方こそありがとう。武器も、お守りも。本当に助かったよ」



リリナ「……アッサム。リリナの話、聞いてくれる?」




小さな背中は震えながら言った。僕は何も言わず彼女の横に座った。





リリナ「この世界には妖精や、リリナみたいな獣人もいるって言ったよね? 本来、親の両方、もしくは片方がそれのはずなの。…でも、偶に、祖父母の血が影響することがあるんだよ。……それがリリナなの。


かあ様は水の精霊で、とう様は人間。そして、とう様の母様が獣人だった。でも、その人はとう様が生まれてすぐに死んじゃったから、とう様さえその事を知らなかったの。


かあ様と、とう様の間にリリナが生まれた。でも、リリナは獣人だった。そのことに、とう様は酷く怒った。「不倫をしているんじゃないか」ってね。


それから、とう様は反発するように不倫を始めた。かあ様は精霊だから、たくさんの約束事の中に生きていた。そのうちの一つに「夫が不倫をしたら殺さなければならない」というのがあったの。


それで、かあ様はとう様を殺した。かあ様は酷く泣いていたわ。そしてリリナのことを忘れてしまった。リリナは余り大きくなれずに死んでしまった。


かあ様がその後どうなったかは知らない。けど、かあ様は本当にとう様を愛していた。だからね、かあ様が苦しんでいないか心配だったの。


でも、あの人が来て、あんまりにも嬉しそうに話す内容がかあ様のことで。あぁ、かあ様はとう様を吹っ切れたのかって安心できたの」




リリナはようやくこちらを見た。「気づいてるでしょ」と言うと、また前を見た。そこからは村の外の森と、その奥にある竹やぶが見えた。




リリナ「あれは、そのお礼。

アッサムにもあげたお守りは、あの人にもあげたんだよ。あの人はお守りを持っていないと、誰にも見えないから。


あの人は無自覚の幽霊だからね。幽霊仲間のあの子を見つけて、何とかしたいって思ったみたいでね。冒険者に声かけてたけど、想像上の存在と幽霊は違うらしくて、誰にも見つけてもらえなかったの。


リリナはその人達の逆。あの人は見えて、あの子は見えない。だからリリナにはどうすることも出来なくてさ。でも、声だけは聞こえたの。いつも泣いてた。


どうにかしたくても出来ないから、お守りをあの人に渡したの。あの人なら何とかしてくれるかもって。そしたら、あの人はアッサム達を連れて来てくれた。


そのお守りはね、獣人が一生のうちに手に入れる3つなの。


1つ目は生まれた時。

親から子へのお守り。

「たくさんの人との出会いを祝福」って意味。


2つ目は1歳の誕生日を迎えた時。

周りの人から子へのお守り。

「親を超え、支える存在になれ」って意味。


最後の3つ目は死んだ時。

子から全てへ。

「またいつか会おう」って意味。


この最後のお守りはね、本当なら村の長老様が大事にしまっておくんだけど、リリナは持ってきちゃったみたいなの。だから、もし、長老様に会ったら、それを渡してほしい。きっと長老様にはリリナだって分かるから」




そこまで話すと、リリナの耳が少し揺れた。しばらくして2つの足音が近づいてきた。


振り返ると僕の分の荷物まで持ってくれているコジーとシュガーがいた。少し遅れてシンリンもいる。




シュガー「そろそろ行こうか」




声をかけられ、僕は腰を上げた。僕は座ったままのリリナを見た。




アッサム「話してくれてありがとう。……じゃあ、行くね」




僕らは静かにその場を離れた。誰も何も聞かない。話さない。ただ鎧の擦れる音と、砂を蹴り上げる足音だけが響いていた。


村の出口に差しかかった時、上の方から声が飛んできた。




リリナ「アッサムーーーーっ!!! また、いつか会おうね!!!」



アッサム「っ……うん!!」




こうして僕らは廃村を後にした。

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