3話 : 赤ずきんの本当の話。


私がこんな存在になったのは、私の大切な人を奪われたから……なの。奪った人は、私のことを助けようとしてくれただけなんだけど……それでも、私には許せなかった。

その大切な人と会ったのは、ある日頼まれたお母さんからのお使いでーーーーーーー








お母さん「赤ずきんちゃん、ちょっとお婆ちゃんのお家までこれを届けてくれないかしら」




お母さんはパンとぶどう酒の入ったカゴを見せながら言った。

久し振りのお使いに私は即答する。





赤ずきん「うん! 任せて!」




そして、すぐに支度をして家を出た。




お母さん「寄り道をし過ぎちゃ駄目よ。それと、お婆ちゃんのお家にはお友達が来ているかもしれないから、失礼のないようにね」



赤ずきん「分かっています! では、行ってきます!」




寄り道をし過ぎちゃ駄目だと言われたけれど、やっぱり可愛いお花には勝てなかった。お花畑で寄り道をして、たくさんのお花を摘んで行った。お婆ちゃんのお家に着いたのはお日様が真上から少し傾く頃。私はお婆ちゃんのお家のドアをノックした。


コンコン。




赤ずきん「お婆ちゃん、赤ずきんよ。お身体の具合はどうかしら?」




そう言ってドアを開けて、中へと入る。でも、そこにお婆ちゃんの姿はなかった。いたのは一人の狼さん。




狼「やぁ、初めまして。君が赤ずきんだね」



赤ずきん「……!?」




私は驚きのあまり、そのまま気を失ってしまった…。





目を覚ますと、そこにあったのは狼さんの顔。でも、もう怖くない。




狼「大丈夫かい? ごめんよ、驚かせてしまって」




耳は垂れ下がり、尻尾も足の間に挟んでいる。こんな姿を目の前にして、誰が怖いと感じるだろうか?

私は首を横に振った。




赤ずきん「ううん。大丈夫よ。それより、何であなたはここにいるの?」



狼「……信じては、もらえないかもしれないけれど、君のお婆ちゃんは僕のたった一人の友人なんだ。…友人と言っても、僕は人間ではないけどね」




そこで私はお母さんの言っていたことを思い出した。『お婆ちゃんのお友達が来ているかもしれない』と。それがこの狼さんだという確信はないけれど、私は何故だか狼さんが嘘を言っているようには思えなかった。




赤ずきん「…ごめんなさい。お母さんからお婆ちゃんのお友達が来ているかもしれないとは聞いていたの。でも、それが狼さんとは思ってもいなかったから驚いてしまったわ。気を悪くしないでね」



狼「大丈夫だよ。驚かれるのには慣れているから」




狼さんは優しく笑顔でそう言ってくれた。…でも、その笑顔はどこか寂しさを覚えた。友人がお婆ちゃんだけ、ということは狼仲間もいないのだろうか……そういえば、肝心のお婆ちゃんの姿が見えない。




赤ずきん「…あ、あの、お婆ちゃんはどこ? これを届けに来たのだけれど…」




私はお母さんに渡されたカゴを見せる。すると狼さんは悲しそうな顔をして呟いた。




狼「……お婆ちゃんは、半月程前に……」




狼さんは最後まで言葉を言わなかった。でも、その沈黙に私は全てを理解した。


お婆ちゃんの身体が弱っているのは知っていた。身体が弱って、起き上がることさえ辛そうだったのを覚えている。それが一か月程前だったと思う。


それ以来、お母さんは私にお使いを頼んでくれなくなったから。その後、お婆ちゃんがどうなったのかは知らなかったのだ。久し振りにお使いを頼んでくれたのは、回復したからだとばかり思って疑わなかった。


私はカゴを握りなおした。




狼「ちゃんと看取ったよ」



赤ずきん「……なんで、教えてくれなかったのかしら…」




仲間外れにされたような、複雑な気分。私だって誰にも負けないくらいお婆ちゃんのことが好きだったし、心配もしていた。だからこそ、側にいたかった。…最後を、見届けたかった。


私は無意識のうちに、唇を噛んでいた。口の中に血の味が広がる。




狼「…お母さんは、きっと、言えなかったんだろうね。君がお婆ちゃんを大好きだから。そのことを誰より知っているから」




狼さんは私に向けていた視線を窓の外へとやった。




狼「人の死も、眠るようにキレイとは限らないからね」




その言葉から、彼の思いが垣間見えた気がした。過去にも同じような光景を目にしたのだろう。目の前から仲間が消えていくのは、言葉にできない程辛いはずだ。


大切な人こそ、看取るというのは容易くない。その辛さを、私にさせないために、お母さんは私には言わなかったのだろう。…ようやく、気持ちがストンとどこかに落ち着いた。



しばらくの沈黙が訪れた。狼さんは中々こちらを向いてくれない。寂しそうな顔をしたまま、外を眺めている。懐かしい誰かを思い出しているのだろうか。


すぐに悲しそうな顔をする狼さんを笑顔にしたい。お婆ちゃんが私にしてくれたように、笑顔にしたい。そう強く思った。




赤ずきん「ねぇ、もしよかったら、私とお友達にならない?」




私はそう言って持っていたカゴを差し出した。ようやく狼さんはこちらを向いた。




狼「……え? で、でも、僕は狼だよ?」



赤ずきん「うん、狼さんが良いの。私で良かったら、これを受け取ってくれないかしら?」



狼「…あ、ありがとう。……僕なんかでいいのかな」




狼さんは、恐る恐る籠へと手を伸ばしてくれた。

私は思わず笑みがこぼれた。




赤ずきん「あなたが、いいの!」




こうして私たちはお友達になった。

それからは毎日のように会い、遊んだ。それはそれは楽しい日々だった。









でも、それは長くは続かなかった……。












ある日、私たちはいつものように遊んでいた。

場所はもちろんお婆ちゃんのお家。




赤ずきん「じゃあ、今度はこれをしましょう!」



狼「うん」




トントン。と誰かがやってきた。

前の私たちなら、きっと警戒してそのドアを開けなかっただろう。人間だったら。人食い狼だったら…と疑って。でも、もうお互いを信頼しきっていた私たちは何の疑問も抱かずにそのドアを開けてしまった。




狼「どちら様ですか?」




こんな森の中に用があるのは、私や狼さん……そして、狩人くらいなのに。




狩人「……っ!? こいつ!!」




狼さんを見た狩人は、すぐさま背負っていた銃を構えた。




狼「赤ずきん、逃げて!!」




狼さんが叫んだのと同時に、とても嫌な音が耳に届いた。


パンッ!!!


そこからはスローモーションのように流れていった。撃たれた狼さんがゆっくりと倒れていく。そして向こうに立っている銃を構えた狩人の姿が現れた。




赤ずきん「…っ!?!?」




きっと、これは罰なのだ。あの日、狼さんに辛いことを思い出させてしまった、私への。目の前で大切な人が殺される。その辛さを身をもって知らされた。


さっきまでいつもと変わらない日常を送っていたはずなのに、それは呆気なく崩れ去ってしまった。




狩人「……ん? 何だ、人間の子供か。危なかったな。良かった、食われる前で」




足の力が抜けてその場に座り込む。




赤ずきん「……よかっ、た?」



狩人「あぁ」



赤ずきん「何が、良かったの? 私は大切なお友達を奪われたのよ? それの、何が良かったの!?」




私は血を流している狼さんに這い寄った。




赤ずきん「ねぇ、狼さん。目を覚まして。……また、一緒に遊びましょう?」




私の目から涙が零れる。大きな涙は、狼さんへと染み込んでいく。まるで“泣かないで”と涙を拭ってくれているかのように。




狩人「…とも、だち?? 狼が!?」




信じられないという声が上から降ってきた。

そして何を思ったのか、私に銃を構えなおした。




狩人「…このままじゃ、俺が悪者になっちまう。こいつが死ねば誰も分からない。そうだ、こいつが居なくなれば誰にも真実は分からない! 村に帰って、俺はこう言えばいいんだ。『子供を食った狼が寝ていたから撃ってやった。そしたら中にいた子供まで死んじまった』ってな。そうすれば俺は悪くならない!」




そして再び音が森に響いた。


パンッ!



























ーーーそして、気がつくと私はここにいた。

隣には ちゃんと狼さんがいる、この場所に。

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