転生者は運命をある程度操れるようです
@enkid-writter
第1話 そうして彼はサイコロを振る
何か特別なことがあったわけじゃない。
今どき企業の不祥事なんてニュースのネタはありふれた出来事なのだ。だが、それが自分の勤めている工場が関わっているとなれば話は別だ。
死傷者の出た倒壊事故。安全管理に厳しい昨今の建築業において、これは最悪の事態に等しい。
事業に関わった責任者は全員調べられる。一切合切隅々まで抜かりなくだ。現場監督の一人だった自分も対象者だ。
資材の品質に問題は無かったか。設計の計算は正しいか検査したのか。現場での不備はなかったか。構造や工程に無理はなかったか。
自分の知ることは全て説明した。何度も何度も繰り返し同じことを説明してる間、工場は当然ストップしている。収益は出ない。
幸い原因は別の関係者が行った構造力場の見積もりミスだったが、工場が再開する頃にはすっかり行き詰ってしまっていた。
原因は別にあった。だが、関わった者達が途中で気づくことができなかったという点で、信用に傷がついたのだ。
仕事は来ない。仕事が出来なければ工場は潰れるしかない。再び仕事を得るには信用を取り戻すしかない。
だから俺は首になった。誰かが責任を取るしかなかったのだ。全体を救うための致し方ない犠牲だ。コラテラルダメージというものだ。
特別な出来事ではない。
誰かのミスを誰かが責任を取ることも。
真面目なことしか取り得の無い俺が、それまでのキャリアを全てを否定されたことも。
打ちひしがれて酒に溺れたことも。
社会から弾き出された男が、世を儚んで自殺したことも。
なんら、特別な出来事ではなかったのだ。
特別なのは、その後だった。
●
「もしもし? だいじょうぶ? わたしのこえきこえてる? おんりょうだいじょうぶ?」
やたら抑揚のない棒読みの音声が響いてきた。
「あっれ、おかしいな。ちゃんねるあってない? ;亜lkふぇえん。―4q0P:g:言う9……?」
いきなり音声が乱れた。恐怖を感じて身構える。
「ああもうこれでいいや。ええと、とりあえずきこえてるというぜんていでいうよ? いい?」
逆らう意志は、先程の不気味な音声ですっかり萎んでしまっている。おとなしく頷く。
「ええとね、あなたはおおきなつみをおかしたの。わかる?」
問いに一瞬頭を捻り、ああ、と納得を得て、そこでようやく愕然とした。
そうだ。自分は死んだのだ。ホームセンターで買ったロープで首を吊って。
気道が締まる息苦しさ。染まる赤。目玉が飛び出し裏返る感覚。頸骨が体重で外れ暗くなる視界。
「じかくした? あなたのつみ」
言われ、己の最後が自殺であったことを認めた。
「じぶんでじぶんをころしたこと。あなたをおもってくれるひとをかなしませたこと。いきることをほうきしたこと。それがあなたのつみだよ」
仕方が無かった。そう思おうとして、被り振る。すっかり参っていたとはいえ、投げ出したのは〝自分〟だ。
何よりも変えの効かない自分自身なのだ。〝自分〟を捨てた者が、今更その判断に言い訳することは出来ない。そうするための過去でさえ投げ出してしまったのだから。
己の愚かさを後悔し、後悔してしまう浅ましさを憎み、憎む権利さえないと諦観し、諦めたくないと遅まきに足掻こうとする。
気持ちは定まらず、ぐちゃぐちゃのまま苦しみだけを訴えていた。
「はんせいしてる?」
反省して何になる。全ては終わってしまった。いや、終わらせてしまったのに。
考え、いや、と気づき、否定する。
今だからこそ、曝け出せる。終わってしまったからこそ、己の何もかもに対して嘘を付かなくてもいいのだから。
奮え、怯えながらも、口から漏れた一言を呼び水に、気持ちが、想いが、意志が、流れ出す。
声は全てを聞いていた。
「うん……うん……。たいへんだったね。つらかったね。もうがまんしなくてもいいよ」
泣き叫ぶように全てを吐き出し、訪れたのは静寂だ。
凪ぎが心を満たした。ようやく落ち着き、この状況へと考えが至る。
「ここはしごのたましいがいきつくばしょ。りんねのながれにのせるまえにたましいをきよめるばしょだよ」
死後の裁量は温厚閻魔と冷徹秘書鬼的な物を想像していたが、どうやら野菜人の地獄システムに似ているようだ。
ふむふむ、と納得し、先程の懺悔はその為の工程だったのだろうか、と思う。
「だいたいあってるよ。あなたはまじめにいきていたけど、さいごにそれをなげだしてしまった。それはわるいことだけど、ぜんぶがあなたのせいじゃない」
そう言って貰えるだけでも救われた気分になる。最期を迎え、最後の最後にこの心地を迎えたまま輪廻に乗って行ける。
自分にしては上等な最後だ。
「あなたにはつぎのじんせいがまっている。いままでがんばったぶん、すこしだけさーびすしてあげる」
サービス、という単語に首を傾げた。輪廻転生の概念にそんなものあっただろうか? と思ったが、貰える物なら貰って置こうと思う程度に俗人の自覚はあった。
「さいきんてんせいするたましいのじんかくにあわせて、つぎのじんせいをゆうぐうしてるの。さいのうも、かんきょうも、あなたのかくにみあうものがあたえられるわ」
確かにそれはサービスと言えるだろう。社会適応に努力は必須だが、努力だけではどうにもならないものもある。
そこに気づき、引っ掛かりを覚えた。
優遇措置を受けられるとは言え、結局それは自分の手に届かない事柄だ。
環境が人間に与える影響は、捉え方次第で受け入れられるとはいえ、ほぼ洗脳に等しい力を持っている。
新しい人生を全うに生きたとして、再び環境に殺され、自分を殺す事態なったとき、〝自分〟はそれに耐えられるだろうか。
俺は、きっと、再びを選んでしまうような気がする。
死ぬにしても、殺されるにしても、納得できる死でありたい。その為に必要なものは?
才能か? 環境か? はたまた悟りか? 違うんじゃないか、と思った。
人間が選べる選択肢は限られている。だが、その選択肢を全て認識できているわけじゃない。
慌てれば視野は狭くなる。思い込めば考えなくなる。落ち込めば周りの声が聞こえなくなる。
選択肢はちゃんとあるのに、見えなくなる。だから、もし現在の選択肢を認識出来て選ぶ余地があるなら、決断できる。
「どうしたの?」
怪訝そうな声が聞こえる。俺は、優遇措置は必要ないと言った。
変わりに、一つ願いを聞いてほしいとも。
「そのふたつになにのちがいがあるのかわからないけど、いいよ」
運命を手にする力が欲しい。決断を後悔しないように。人生を無為にしないように。
「…………」
沈黙がおり、しばらくしてから声は言う。
「わかった。あなたのかくにみあうていど、というせいげんがあるけど」
こんな願いを聞き入れて貰えるだけでもありがたい話だ。改めて感謝をささげる。
「なら、あらためて、りんねのながれにのって、あらたなせかいへいきなさい」
別れの挨拶。感謝の言葉。
意識が薄れていく。曖昧な世界が消えて、
眠るように、や、みが
●
「うーん、うんめいなんてあいまいなもの、にんげんがにんしきしようとしたらきがくるっちゃう。どうすればいいんだろう……あっ(察し)」
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