憐れ

 哀れだ・・・。それが口癖だった。世界は憐れみであふれている。戦争、飢餓、失業、果てには不倫。どうして人間はこんなに哀れなのだろうか。


 真昼間からカフェでコーヒーを飲んでいるのはパッとせず、特にこれと言った特徴もない冴えない男。強いて言えば服装が若干時代から取り残されていて、貧乏なのだろうかといった印象を与える。


 私はA新聞社の記者である。取材帰りに偶然寄ったカフェでこの男を見た時から気になってはいた。しばらく観察し悲しさのにじみ出た表情を見て、話を聞いてみたいと思い声をかけてみた。


「どうも、こんにちは。」

「ええ、どうも。」

「いい天気ですね、それなのにこんなところにこもっていては気がめいりますよ。」

「いえ、大丈夫です。これ以上憂鬱になることなんてありませんから。」


 しめた。この男は何か大衆の興味をひく話を持っているに違いない。是非とも記事にしようと思った。


「実は私A新聞社の記者でして、お話聞かせていただけませんか?」

「記者さんでしたか、私の話なんて記事にしても面白くないですよ。」

「いえいえ、少々お話ししていただくだけでいいんです。何かあったんですか?」

「大げさな話に聞こえるかもしれませんが、私は人間を憐れんでいるのです。」

「人間をですか。」

「はい、人間とはどうしていつも哀れなのでしょうか。」

「人間のどういったところが哀れなのでしょうか。幸せに生きている人も大勢いると思いますよ。」

「その人たちは知らないだけです。いえ、知ろうとしないだけですよ。」

「と言うと?」

「地球の裏側では戦争や飢餓によってこの瞬間にも大量の人間が死んでいきます。近くには失業して生きる希望を失った人がゴロゴロいます。さらに言えば失恋した若者、不倫され壊れた家庭、これらを哀れと言わず何と表現するんです?」

「確かにその人たちはかわいそうですし、哀れとも言えるでしょう。しかし所詮他人であればそこまで気に病むことはないのでは?」

「そう、他人であれば気に病む必要はなかったんですけどね・・・。失礼、そろそろ時間なので。」

「ええ、貴重なご意見ありがとうございました。最後に名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「構いませんよ、私の名前は・・・。」


 会社についてからその名前を検索してみると、なんとあの男は第二次世界大戦が終戦後、すぐに亡くなっていたことが分かった。彼の兄弟は長男が戦死、次男が食糧不足による餓死、三男は勤めていた会社が倒産し自殺。そして彼自身は妻に不倫された挙句、その不倫相手による事故に見せかけた殺人によって命を落としている。


 こんな哀れな男の記事など気の毒すぎて、書けるわけがなかった。




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