サッと読めるショートショート

かたぎはら

願い

A氏は平凡な生活を送っていた。一般家庭に生まれ、何事もなく大学を卒業後、公務員として毎日働き暮らしていた。

「毎日同じことの繰り返しで、つまらないな・・・。あぁ美味いご飯を食べて南の島でゆっくり寝たい。いや、自分の家を持っても良いな。その前に良い奥さんが貰えれば・・・。あーあ、願いの1つでも叶えば良いのに。」

いつもそう呟く。


そんなある日、家に帰ると部屋に見知らぬ男がいた。その男は喪服のような服を着て、部屋の中央で佇んでいた。私を見るなり、

「待っていた。次の幸運な者よ。」

そう話しかける。驚きで倒れそうだったがやっとの所でこらえ、聞き返す。

「なんの冗談ですか。そもそも部屋にどうやって入ったんです?」

「鍵など我々にはあってないようなものさ。そんなことより早く願いを言いたまえ。」

「突然人の家に上がりこんで何を言うんです。あなたは何者ですか。」

「これだから人間は。誰もが、まず私の正体を確かめようとする。私が何であろうと良いだろうに。」

「良いわけないです。警察に通報しますよ。」

「まったく面倒な・・・。仕方ない、説明しよう。」

男は立ち上がる。

「私は魔人だ。」

「それを信じろと?」

「信じるも何もそうなのだから仕方ない。それでここに来たのはお前の願いを叶えてやるためだ。」

「魔人に願いを叶えてもらえるようなことをした記憶は無いですが。人違いでは?」

「またか。どいつもこいつも願いを叶えてもらえるような恩は売ってないと言う。人間には疑うことしかできんのか?」

「急に言われたら怪しいに決まってますよ。」

「お前は今まで真面目に暮らしてきて、ちょうど今日が30の誕生日なのだろう?それなのに良いことがこれまで無かった。さすがに不憫に思ってな。だから願いを叶えてやるのだ。」

私は今日が誕生日だったことも忘れていた。

「はあ・・・。それは嬉しいですけど、急に願いって言われてもね・・・。」

「何を言う。いつもこうなりたいだの、ああなりたいだの願っているのでは無いのか?人間とやらは。」

海、南の島、美人な妻との甘い生活・・・。様々な景色が頭をよぎる。

「どんな願いでも叶うのですか?」

「ああ、私に叶えられない願いは無い。」

胡散臭いが、言うだけならタダである。

「少し考えさせてください。やっぱりお金を沢山用意してもらうのが良いか。それとも家をもらうほうが良いか・・・」

「早くしてくれよ。気は短いんでね。」

「分かったよ。どうしようか・・・」

そこでふと思いつく。

「・・・願いは本当にどんな物でも良いんですね?」

「さっきからそう言っている。」

「実は勤め先に反りの合わない奴が居るんです。そいつを他の職場に飛ばしてくれると言うのはどうでしょう。」

「出来なくはないが、それはBのことだな。」

驚きで顔が引きつる。

「Bを知ってるんですか?」

「前の願いを叶えてやったやつだ。」

「そうですか・・・。」

ならば考えることは同じだろう。沈黙の後、私は口を開く。

「決まりました。願いの内容。」

「ほう。聞かせてもらおうか。」

私は願いを告げる。その後満足げに、そして嘲笑いながら魔人は帰って行った。


「人間というのは本当に面白い物ですね。」

大魔神が答える。

「全くだ。どの人間も同じことを考える。」

「他人の願い事を叶えないようにしてくれなんて。自己中心的な考えなんだか、他人の不幸を願ってるのか。」

「それが1人や2人ではなく、全員がそう願うと言うのが面白い。」

「他人も自分と同じように、我々に願いを叶えてもらっていると聞いた途端に、ですからね。全く呆れたものです。人間の愚かさには。」

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