C-001-Section-005:To Come To Believe
「母ちゃん…」
母を呼びながら、ブラッドは夢からゆっくりと目を覚ました。
「お母さんが恋しいのかい?」
ゆっくり覚めた夢から急激に現実へと引き戻す男の声。昨日、家に侵入してきたカイという得体の知れない男だ。よりにもよって母への寝言が聞かれたるとは、一生の不覚と後悔したが、それに気を使ってかカイは、ブラッドに優しく昨日の事を振り返って話始めた。
「ま、寝言なんてきっと誰にでもある事だから、気にしないでいいよ。それより昨日は大変だったね。」
「昨日…、ってそうだ! リル!」
昨夜の事で第一に気がかりだったリルの事を思い出し、彼女のもとへベットから起き上がろうとする。だが、次の瞬間、首もとから激痛が走った。たまらず、首もとを手で押さえるブラッド。それを見て同情するかのようにカイは言った。
「ていうか、キミの受けたダメージはこっちの身内からなんだよね。悪かったね。ソーラちゃん、手加減知らないから」
更にカイは付け足す。
「リルちゃんなら無事だよ。今、ソーラちゃんの為に、朝食作ってる」
部屋の扉の方を親指を立てて後ろに向けて、リルが無事だと告げるカイ。だが、自分の目で確認するまで信じられないようでブラッドは痛みにやられながらも、ゆっくりとベットから起き上がって、リルのもとへと向かおうとする。そして、あまりの激痛に倒れこんだブラッドをカイは両手で押さえた。
「キミは暫く安静にした方がいい。重傷だ」
「うるさい…! リルのところに行くんだ…!」
安静を促すカイの手を振り払って、ブラッドは部屋の扉を開こうとする。「男の意地。愛の力って奴だね」と軽い感じで、深傷を追いながらも恋人のもとへ向かうブラッドを見てそう例えるカイ。
そして、部屋の扉が開かれたが、開けたのはブラッドではなく別の人物であった。
「あ、ブラッド。起きたんだね」
扉を開いてブラッドの前に現れたのは彼が今一番気にかけているリルそのものであった。苦痛に歪んでいた顔が、徐々に安堵の顔となり、和らいでいく。「?」と、リルは状況が飲み込めていない様子であったが、ブラッドはリルの両肩に手を置いて身の安全の確認を始める。
「大丈夫だったか? こいつに何かされたりしなかったか?」
こいつ呼ばわりされたカイは心外だなぁと感じたが、ブラッドは無視して、リルだけを見る。
「昨日の事で心配かけちゃったね。でも、大丈夫。カイさんや、他の人達は、私達の事守ってくれたんだよ」
リルはそういうが、守ってくれた存在が、意識を失うまでの強烈な蹴りを首にかましたりするだろうか? そもそも家に不法侵入していたという場面を見てそれを早々に信じる事はブラッドは出来なかった。何故、リルはこれだけの状況を平然と飲み込んで信じる事が出来るのか? 不思議で堪らない。首もとの痛みに耐えながら、リルの補助も受けて、居間へと移動する事にした。
居間へ移動すると、大きな口で料理を貪るソーラの姿があった。沢山用意されている料理を、ペロリと平らげていく。
「うっめーな。リル。お前の料理、ガチレベルだぜ」
料理を食べながら荒々しく動く口で上手に味を絶賛するソーラ。軽く微笑んでリルは「ありがとうございます」と照れながら礼を返す。
ボソッと「太るよ」とカイは意地悪く呟き終える瞬間、ソーラの持っていたフォークが彼の頬を掠めた。「死ぬか?」と怒りの表情で微笑みながら、優しく殺気を放つソーラ。カイは「ごめんなさい」と半べそかきながら謝るしかなかった。
舌打ちしてソーラは謝るカイを不快そうに許した後、起きてきたブラッドを見て意外そうな顔をして見つめる。
「あー、アンタ。起き上がれたんだ。アタシの蹴りで死ななかったのは誉めてやるよ」
誉められているのか貶されてるのか、意地の悪い言いぐさを別の位置で呆れながら聞いていたリックが、ブラッドのもとに歩み寄り、頭を下げた。
「ブラッド君。すまなかった。仲間の非礼は詫びる」
誠実で丁寧な謝罪を見てどうやらこの男が三人の中のまとめ役であると他の二人と比較してブラッドは判断した。
そして、頭を上げてリックはブラッドの話始める。
「こんな状況に陥った今、オレ達を信じる事は難しいとは思う。だが、安心してくれ。オレ達はキミら二人の味方だ」
ブラッドは冷静に考えてみた。確かにリックの言葉は、常識的に考えて信じるには足らない部分が多いだろう。昨夜の時も、疑う以外考えが回らなかった。今回の事態を現実的な判断で疑うのも気が引ける。それとは逆に何も知らないまま触れずに日常に立ち返るのもいいのかもしれない。
そんな風に思う事がブラッドに、父親との記憶が繋がり、心の中で思い出された。
それは、ブラッドが7歳だった頃。その頃できた友達と、遊びに行った事が問題となり、友達の母親がダイクに抗議しに押し掛けてきた時の事だ。
「あなたの息子さんが家の子供と、ゴブリンと遊ぶだなんて誘ったんですよ! 家の子に何かあったらどうするんですか!!」
その母親が言った通り、ブラッドは友達と魔物のゴブリンと遊びに行ったのだ。それが問題視され、ダイクはその抗議を聞いている。
「この付近のゴブリンは大人しい習性で、人を襲ったりはしないよ」
父親が抗議を受けている姿を見て、せめてもの抵抗として子供なりに正論というものを考えて述べる。だが、それは火に油を注ぐような発言であり、友達の母親の怒気は強くなる一方だった。
「ゴブリンは魔物! 危険な存在です! とにかく、金輪際家の子と遊ぶのはやめてくださいね!」
『それは友達同士が決めればいい。私達親の都合で子供の人生を決定付ける必要はないんだよ』
「なんですって!」
『魔物を悪いものとして捉えても、実際良い魔物がいる。息子はそれを知っていて、友達と遊ぶ事を選択したんだ。実際、あんたのほうが自身の魔物の見方以上に太刀が悪い』
「なんと言われようとも家の子を危険に晒すような子とは遊ばせるわけにはいきません! 家の子には近づかないでください!」
『言ってろ、クソババア』
ダイクの思いがけない一言に、ブラッドはハラハラさせられた事を覚えている。
そして、抗議の母親は去り、ブラッドとダイクの二人きりの話。
「大丈夫なのかよ? あの人。身分が高い家柄だから、敵に回すとまずいかもよ?」
『敵に回って不味いという相手は、間違いの積み重ねの上で生きてる側の存在さ。オレはそちら側がつまらなく感じるんだ。ただ、オレはあの人を敵だとは思ってないよ。いない人と同じ存在が、いる側に立てない。そのままの存在なんだよ』
ブラッドは今一、ダイクの言葉を抽象的と受け取って言葉そのものの意味は詮索せしなかった。
「でも、クソババアは言い過ぎだよ。あのおばさん、すごい顔だったぜ?」
『あの言葉は、あの人が生んだ言葉だと思えばいい。オレの正直な言葉を、あんな形にしてしまうだけの彼女の見識に過ぎなかったって事さ』
ダイクの自分自身の行動の独特な理解の意味はとても、流れの通りに忠実だったのだろう。ブラッドはそれを理解した上でなにも詮索しなかった。
「友達。また遊んでくれるかな?」
『世界の皆は基本友達。その中で友達と呼べるんだ。信じるだけ信じればいい。疑う事は選択肢ではない。裏切られたら、その時は許してやれば良い』
結局、その友達とはそれっきりの関係になってしまった。でも、それで傷つくという事はしなかった。それまでの友情だったのかもしれないが、これからもその友達との思い出は友情のままだ。父の言葉から学んで自分で出した答え。今でも感謝してる。
「信じるかは、話を聞かせてもらってから決めるよ」
ブラッドが出した答えは、話を聞いてみる。という判断であった。
「ま、疑うっていうのは、気分の悪い事だし。最近、そんな事ばかりの現実世界にすっかり溶け込みつつあった自分がいたのに気づいてさ。この選択で信じる気持ちってヤツを取り戻せたらなって思ったわけ」
率直に素直な気持ちを述べるブラッド。失望で心を埋めてはいけない。その為に希望的観測も心がけなければいけない。今回の判断はそのひとつのプロセスであった。
「それに…、父ちゃんに、疑う事は選択肢ではない。信じるだけ信じて、裏切られたらその時は許してやれば良いって教わったんだ」
父から受け継いだ心。そのまっすぐな選択に、リルを含め、押し掛けてきた三人は嬉しそうに微笑む。「ありがとう」と、ブラッドが出した決断にリックは感謝の気持ちを述べた。
(父ちゃん。これでいいんだよな)
ブラッドは心の中で父に問うと、真実を持つ三人組の話を聞く事にした。
「では、話そう。決して面白味がある話ではないが」
そして、真実を持つリックの口から、淡々とその内情が明かされていくのであった。
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