第18話

「待て、コラ!」



突然、道端で叫ばれたがなり声。

俺はその声に何事かと振り返った。すると、向かいの道を1人の女子高生が前方に向かって駆けていく姿が見えた。

その背後からは、女子高生とおぼしきが3人の女の子が追走している。

どうやら、先を行く女子高生が追われているらしい。

俺はそれを見て、先頭の女子高生があのゲームセンターで置き引きをしようとしていた少女であるということに気付かされた。

走るたびになびくポニーテイルが何よりも印象深くその顔を思い出させる。

当然、後を追っているのも同じゲームセンターで遭った女子高生グループだ。

大方、道端で出くわして因縁を付けらたというところだろう。一団は横断歩道を渡って、10メートル先の裏路地へと続く道に吸い込まれていく。



「またなんかやったのかな……?」



俺はそうした光景を目の当たりにして、おもむろにつぶやいた。

普通なら、このまま関わることなく去るべきところなのだろう。しかし、あのときの女子高生の態度がどうしても気になって仕方がなかった。


どうして、置き引きなんかするのか。

どうして、わざと捕まるような真似をするのか。

――そんな疑問が頭をよぎる。


だから、不意に沸き上がった衝動にいつの間にか路地裏の方へと歩き出していた。

確かこの裏路地は、ラブホテルが立ち並ぶ一角だったはず。

昔、冗談半分で友人たちと行ってみたことがある。けれども、入る勇気などさらさらなく、ホテルから出てくるカップルにビビって逃げてきた。

そんな想い出がある場所に女子高生は逃げた。

もちろん、偶然だと思う。時折聞こえてくる罵声が女子高生を追い詰めようと奔走しているのが手に取るようにわかる。

罵声を頼りに一団が向かった方向へと歩いて行く。すると、50メートルほど先の十字路を横切る1人の女子高生と2人の男子学生の姿を目にした。

明らかに人数が増えている……。

しかも、相手は男子学生を呼んだらしい。

それほどに彼女たちの不評を買ったのか。はたまた別の問題を起こして、怒らせてしまったのかのいずれかだろう。

どっちにしても、状況は決して良くない。今わかることは、まだ彼女は捕まっていないと言うこと事実。

俺は適当な小路に身を潜め、女子高生が通りかかるのを待つことにした。



「あっち行った!」



程なくして、遠方からの叫び声が聞こえてくる。

追跡している女子高生の1人だろうか。

この位置からだと躍起になって探す声が聞こえてくるだけだけ。しかし、その声に裏打ちされるように1人分の足音がこっちに向かってきている。

俺はチラリと顔をのぞかせ、広い路地の様子をうかがった。すると、ポニーテイルをなびかせて走る女子高生の姿が見えた。

後方には誰もいない――つまり、彼女1人。

再び物陰に身体を潜ませ、物音に耳を澄ませると女子高生を捕まえる準備に取りかかった。

息を殺し、通りがかる一瞬を狙い澄ます。

そして、女子高生の姿が目に入った瞬間を狙って、その腕を強引に引っ張った。

たぐり寄せると同時に目が合う。

だが、悠長なことは行ってられない。俺はすぐさま身体を反転させると、女子高生の手を引いて細い路地の奥へ逃げ込んだ。



「えっ? ちょっとなに……!?」



当然、彼女は戸惑っていた。

自分の身に起きたとっさの出来事を理解できずにいる。そのことは、握りしめた手からも伝わってきたし、わずかに見た顔の表情からも伺える。

しばらくして、ようやく当人も思い出したのか、



「アンタ、確かこの前の……」



と言ってきた。

俺は走りながら、とっさに言葉を返した。



「黙って付いてきてください」

「ねえ、いったいなんなの? アンタ、どうしてこんなところにいるのよ!?」

「説明は後にしてください。追われてるんでしょ?」

「あんな奴ら、自力で振り切れるわ」

「どう見てもそんな風じゃないじゃないですか」

「じゃあ、どうしろって言うのよ?」

「いいから、黙って付いてきてください!!」



わずかに声を荒げて説き伏せる。

その言葉に女子高生がどう感じたかはわからない。ただ、握りしめる手を振り解こうとしないあたり、少なくとも俺のことを信頼してくれているのだと思う。

いそいそと走り、路地の奥へと進む。

後方からは、かすかだが叫び声を上げながら近づいてくる気配がある。このまま走っていては、いずれ見つかってしまうかも知れない。

そんな予感にやきもきしながら走っていると、ラブホテルの裏口に側を通り過ぎた。同時に付近にあったあるモノの存在に気付く。

俺は、すぐさま立ち止まって背後を振り返った。

『BARエデン』――。

振り返った背後には、そんな看板があった。



「どうしたの?」



異変に気付いたのか、不意に女子高生が声を掛けてくる。

俺は彼女の言葉を無視して、その看板が立てかけてあるところまで戻った。

どうやら、店の入り口は地下にあるらしい。コンクリート製の階段が暗く閉ざして姿を見えにくくしている。

俺はそれを見て、ここに隠れられるかもしれないと思った。



「少しだけここに隠れましょう」

「え……? ここに?」

「このまま逃げたって捕まるだけじゃないですよ。ここなら、たぶん後ろから追ってきている連中とすれ違いになるはず……」



確信があったワケじゃない。

だけど、このまま逃げられるとも思えない。俺はそんな思いから、俺は彼女を連れて階段を降りることにした。

そして、階段の最下段に座り込む。

俺たちは出来るだけ見えないようにと縮こまった。それが功を奏したのか、寸刻して通り過ぎた複数人の男女をやり過ごすことが出来た。

視線の先を気付かれずに隠れるのは、なんとなく安心する。

彼らが通り過ぎた後、俺は極度の緊張からフゥ~ッと溜息を漏らした。



「どなたですか?」



ところが、直後に聞こえた渋く低い声に驚かされる。

カランカランという乾いた音と共に現れたその男性は、向かって右側に設けられた扉から顔を出していた。

どうやら、お店の人らしい……。

蝶ネクタイのバーテン姿がそれを現している。

俺は現れた男性に驚きつつも、簡単に事情を説明してみせた。



「スミマセン、ちょっと追われているんです。ほんの少しだけ軒先を貸していただけないでしょうか」

「追われてる? 何かあったんですか?」

「えっと、俺じゃなくて彼女の方なんですけど……」



と言って、女子高生に視線を向ける。

でも、彼女は何の弁明もしなかった。とっさのこととはいえ、必死に逃げてきたのだからあってしかるべきではないか。

俺の疑問を無視し、女子高生はずっと黙っていた。

そんな女子高生の姿を見てだろう。



「よくわかりませんが、ここにいては見つかりますよ。良ければ、店の中にしばらく隠れているといいかもしれません」



不意に男性が俺たちの様子を気に掛けてきた。

思わぬ提案――。

奇跡の事態に、我が目を疑うように聞き返す。



「いいんですか……?」

「構いませんよ。お嬢さんの様子から察するによからぬ相手に絡まれたみたいですし」

「……なんだかスイマセン」

「お気になさらず――さあ、早く中へ」

「ありがとうございます」



俺は男性に深々とお辞儀をして礼を言うと、女子高生を連れて中へと入った。

中に入ると、10畳ほどの空間が広がっていた。暗くて狭い階段とは違い、琥珀色の壁が店内の明るさと雰囲気を醸し出している。

まばゆく輝く銀色のミラーボールの光も相まって、子供が来てはいけない禁断の楽園のようだった。

まだ開店前なのか、店内には誰もいない。

代わりに漂ってきたのは、幾つものお酒の香り。さっきの男性は店のマスターらしく、スタッフらしい人影はどこにも見当たらなかった。



「しばらくゆっくりしていくといい」



そう言って、マスターは俺たちを暖かく受け入れてくれた。

端麗な振る舞いと、知的な悪役が似合いそうな顔立ちに似つかわしい優しさが身にしみる。すぐさま何時から開店かと訊ねると、6時という答えが返ってきた。

つまり、開店まであと2時間ほど。

それまで、しばらくおとなしくしているほかない。俺はマスターに促されるまま、カウンターの椅子に腰掛けた。

そして、隣に座った女子高生の顔を見遣る。



「……なんで助けたの?」



とっさに返えされたのは、礼の1つもない無愛想な表情と質問。

つくづく助けてしまったことを後悔してしまう。しかし、何も返事を返さないわけにも行かず、俺は彼女の質問に答えた。



「たまたま見かけただけですよ。そしたら、この前の人たちに追われてて……」

「それが余計だっての。アンタ、相当お人好しよね」

「じゃあ、助けない方が良かったっていうんですか?」

「助けられなくても、私一人でどうにかなった」

「どうにかなったって……。どうにかならなかったら、いったいどうするつもりだったんですか」

「……なったわよ……絶対に……」

「ならなかったから、追われてたんじゃないですか? しかも、今日は男性も混じって追いかけてました」

「そのぐらい問題ないわ」

「問題があってからじゃ遅いんです。どうして、そんなに意固地になってるんですか!」

「意固地になってないわよ。ただ、私は出来るって言ってんの」

「だから、どうしてそう……」



ダメだ――。

これ以上、何を言っても同じ答えが返ってくるかもしれない。俺はもどかしい気持ちに口を噤んで、髪の毛をかきむしった。

そこからは、何も話さなくなった――正確には、話せなくなったというべきだろう。

チラリと見たカウンターの隅の壁に掛けられた振り子時計が単調な音を立てて、時間を刻む。

時間が進む中、俺は女子高生と話をして問題を解決を導くべきなのだろう。だが、それらしい解決策は見つからない。

気がつけば、1時間が過ぎていた。

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