灼熱と豪水 revival

 何が起こったかも分からないまま、世界がホワイトアウトした刻三。

 その直後に聞こえた幼い女の子の舌足らずな言葉であった。

 その声がフスティから発されたと予想するのは難しいことではない。


 瞬間──

 全身が燃える様に熱くなり始めた。

 何がトリガーになったのか、と聞かれると恐らくフスティの声と答えるであろう。

 それが変化と呼べる変化なのだから。


「うわぁぁぁぁ」

 刻三が思考を巡らせる間も体に熱を与えるは、休まることを知らずにドンドン熱量を大きくしていく。

 我慢もクソもあったものか。視界は白のままで、熱くなる一方でまともな思考回路が動くはずが無い。


ときッ!!」


 そんな時だった。

 頭上から馴染みのある声が、馴染みのある呼びかけで刻三を呼んだ。

 刻三は脊髄反射で顔を上げる。

 しかし、ホワイトアウトした視界ではさっぱり何も見えない。


「灼熱を貫きまことを通す。鳳火おうかの鋼、爆炎の殺鬼せっき。力を以て悪鬼羅刹あっきらせつを制圧させ給え」


 刻三の視線に応えるように祝詞が上がる。


「ファイア。1の術、火吹イントロン


 続けて声が上がり、刻三の視界の一片に黒煙が霞む。


「そんな幻想。ブッ壊してやるっ!」


 咆哮にも似た声が轟き、カチッとトリガーを引いた音がした。

 瞬間──。

 爆裂音が鳴り響き、視界に緋色の縦筋が無数に走った。

 そしてホワイトアウトした視界に亀裂が入る。

 まるでガラスのように入った亀裂は、みるみるうちに距離を、幅を大きくし、刻三がやばい、と思った時にはキラキラと輝きを放って崩壊した。


「な、何が……」


 ホワイトの崩壊により、視界が良好になった刻三はそう喘いだ。

 そう言ってしまうのも無理ないだろう。

 ズタボロにされたファスタが四つん這いになっいてい、その場にはいなかったマゼンタが艶めかしい躯体の紅い狙撃銃を片手に、その場にいるのだから。


幻魔術げんまじゅつ。奴にそれを使われていた」


 マゼンタはあご先でフスティを指し、そう告げる。


「幻魔術……?」

「うん。相手にまぼろしを見せて混乱させる魔術の総称よ」


 聞き覚えのない単語をオウム返しする刻三に、石畳に手をついたままのファスタが答えた。

 そこからゆっくり体を起こすファスタに、刻三はそっと駆け寄り肩を貸す。



「魔術って。そんな簡単に使える代物じゃねぇーよな?」

「ありがと……。

 ヒトにはね。でもあの娘はヒトじゃない」


 刻三はハッとする。

 そうなのだ。見た目は人間と遜色ないのだが、彼女──フスティは人造人間ホムンクルスなのだ。


「……。でもあんなに早く使えるものなのか? 魔術って」


 刻三の肩から離れ、目配せでもう大丈夫、と合図を送ってからファスタは、述べる。


「埋め込めば、ね」


 埋め込め……ば?

 刻三は頭の中で言葉を転がして、ふと一昔前に流行ったことを思い起こす。


 ICEという名称の元、教育に重きを置いたICチップを産まれたばかりの赤ん坊の頭に埋め込む。

 ICチップを埋め込むのにお金がかかりすぎたのだろうか。

 詳しくは語られてないのだが、現在は完全に過去のモノとなっている。


「理屈はICチップを脳内に埋め込むのと同じ。その技術を応用して、AAの魔法部隊が3ヶ月かけて作り上げた魔法陣を埋め込んだの」

「そんなこと……できるのかよ」


 ただただ唖然とするしかなかった。世界には自分の知らないことが満ちているという事実があることは知っていた。しかし、ここまでぶっ飛んでいるとは予想もしていなかったのだ。


「できるのよ。それが今の科学よ」


 キッパリと言い切ったファスタ。そこへタイミングを見計らったかのように、足音のない高速移動でフスティが迫ってきた。


 ピクリとも表情を動かさず、猛進してくるフスティは右手を固く握る。

 皮膚が軋む音が刻三にわずかながらではあるが届く。

 フスティはきつく握った拳を後ろへ引く。


「来るわよ」


 ファスタは腰を低くし、フスティの攻撃に備える。


展開てンかい


 フスティは無感情な声でそう放つ。瞬間、拳に奇妙な文字紋章が刻まれる。先ほどの古代文字と同じだろう。

 それと同時に閃光が放たれ、刻三たちは思わず目を閉じてしまう。


「はっ」


 短い気合いが零れ、拳が繰り出される。


「グハッ!」


 弾丸のような拳を腹部に受けたのは刻三だった。

 背からすごい勢いの風が襲いかかってきて、まるでドンドンと叩きつけられるような感触である。

 連続して鈍器で殴られたような痛みが、背中から首にかけて走る。苦悶に表情を歪め、刻三はそのまま石畳に体内からこみ上げてきた血を吐き捨てる。

 石畳に咲く真っ赤な毒々しい花は、刻三が咳き込む度に量を増す。


「てめぇ! こいっ! 灼熱──」

「まって!!」


 灼熱獅子オグロニクスを召喚しようとしたのだろう。右手を掲げ声を上げるマゼンタを千佳が制した。


「なんで!?」


 怒りで今にも殴りだしそうな雰囲気のまま、マゼンタは千佳に訊く。


「お兄ちゃんが止めるって言った。だから殺しちゃダメ」


 真摯な瞳を向けられ、困惑気味のマゼンタ。そこへフスティが飛び込んでくる。


「こナイなら、わたシからイク」


 通常の人なら絶対出せないであろうスピードから繰り出される蹴りとパンチは、怪物のそれと遜色はないだろう。

 マゼンタは千佳の体を覆うようにして、左側へと飛ぶ。

 マゼンタと千佳は間一髪の所で拳を避けることに成功した。


「これでもまだ殺すなって言うのか!?」


 怒りの満ちた声で訊くマゼンタ。対して千佳は、穏やかに首肯する。


「お兄ちゃんなら、大丈夫」


 転がったまま話していたところへフスティのかかと落としがやって来る。

 2人は慌てて右側へと転がり、それを避ける。


「──ん?」


 その刹那で、千佳は何か銀色に瞬く物が目に映ったのを感じた。

 しかしそれを確認するには、あまりに短い時間だった。確証はない。


「お兄ちゃん! 足にあるかも!」


 それでも千佳は、兄である刻三を信じ叫んだ。

 刻三は目を見開き、何言ってんだ? と言いたそうな表情になるも、すぐに状況を理解し、千佳の言葉の意味も理解する。

 流石は兄妹といったところだろう。

 頭や心臓ばかりを狙っていた刻三は考えを改め、足を中心として攻め始めた。


 腹部に残る痛みを意識の外へと追いやり、石畳を蹴る。

 到着時はきれいに整備されていた石畳も、いまはあちこちが欠け、荒れ果てた様子である。

 刻三はそんな石畳の破片を巻き上げながら、拳を振るう。

 戦闘経験は最近だけで嫌というほどしている。そのため、そこそこの動きはこなせる。しかし、どこまでいってもそこそこなため、肝心のクリーンヒットになる一撃は決まらない。


火吹イントロン


 マゼンタによるスキをついた一射が、刻三の視界の片隅を通り過ぎ、フスティへと襲いかかる。


激流げキりゅウ水監獄アクアプリズン


 颯爽と述べられた祝詞。そして瞬間的に展開される最大出力の水は、たちまち宙で大きな塊となり、一つの形を成していく。

 ぐにゃぐにゃと流動しながら、底面に出入口のある四角形になる。

 唱えてからここまで、およそ2秒。刻三たちがそれを視認し、何か行動を起こそうとした時にはそれが天から降り、皆を閉じ込めた。

 その名の通り、完全に監獄に成り果てたのだ。


「くっそ! 出れねぇ」


 流動を止めない水に触れても、それが崩れる様子がなく、刻三は嘆く。


「仕方ないわ。これはただの水じゃない。アーカイブより生み出されたものなんだから」


 ファスタは舐め回すように水の箱を見渡しながらポツリと零す。


「アーカイブで……?」


 囁き声を洩らしたマゼンタは、水に触れてはブツブツ言っている刻三たちを視界に止めながら思考を巡らせる。

 ──アーカイブで生成されたものだから、ブッ壊せねぇーってことはないだろ。現に俺は、炎鳥フェニックス灼熱獅子オグロニクスも刻との戦いで消されている……。

 ん? 待てよ。刻との戦いで……って、刻もアーカイブの使い手だよな?


 僅かな希望を瞳に宿し、マゼンタは閉ざしていた口を開いた。


「お前ら、下がれ」

「急に何なんだよ?」


 怪訝げに吐く刻三と黙ったままのファスタに、鋭い視線をやり再度同じ言葉を放つ。


「お前ら、下がれ」

「だからなん──」

「下がりましょ」


 突っかかろうとする刻三に被せるようにファスタは告げた。

 そんなファスタにも何か言ってやろうとしたのか、刻三は怒りの表情をファスタへと向けた。

 しかしそこにあるのは、真摯に刻三を見詰めるファスタの姿だった。

 あまりに真っ直ぐで言葉を無くす刻三に、ファスタは優しく述べた。


「下がりましょう。マゼンタにも何か考えがあるのでしょう」


 ファスタからマゼンタに向けられた疑問の込められた目に、マゼンタはこくんと頷き応える。

 それを確認したファスタは、微笑し刻三の肩に手を乗せ、再度告げる。


「下がりましょう」

「……えぇい! 分かったよ! 下がればいいんだろ!? 下がれば!」


 怒り半分でそう放ち、鼻息を荒くしながら背後の水に背を預けるようにして立つ。


「来いッ!! ゲヘリート!!」


 両手を捻り前へ突き出し、マゼンタは声を上げた。

 瞬間、捻られた腕に突然切り傷が生まれ、そこから血しぶきが舞う。

 鮮血が水監獄に触れ、水監獄に紅が混じる。

 舞った血しぶきから蒼い炎が吹き出し、それまるで紅炎プロミネンスの如しである。


「グギャァァァ」


 揺れる蒼炎は暫くを経て、蛇の形を成し、耳をつんざくような奇声を迸った。

 出来たばかりの体をうねらせ、まるでシェ○ロンのような動きを見せる。


「こんな箱ブッ壊せ!」


 まだ傷の残る腕を前方に突き出し、マゼンタはゲへリートに指示する。

 蒼炎の蛇はあぎとを開き、咆哮を上げるや水監獄へと激突した。

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