次なる犯行 ferocity
──時を遡ること数時間前。ちょうど刻三が襲撃された時刻より数分前。
ザ、ザザー。汚いノイズ音を響かせ、手持ちの無線機が声を上げる。
「お……せよ。おう……うせよ。応答せよ」
何度かノイズ音に阻まれていた音が、3度目にしてようやく鮮明な声として耳に入った。
「こちら、コードネームストーク。目標捉えています」
小さなでっぱり──発信ボタンを押しながらコードネームを名乗る。
「了解。凄い轟音だぞ、大丈夫か?」
無線機からそんな声がする。ストークは辺りを見渡し、無線機の向こう側にいる人物の言う轟音とやらを探そうとするも分からない。
「たぶん大丈夫だと思います」
不思議に思いながらそう返すと、
「そうか。健闘を祈る」
とだけ返ってきて通信は切れた。
ストークは無骨な黒の無線機を羽織っているジャケットのポケットに入れてから、視線を刻三へと向けた。
距離にしておよそ1200メートル。ストークのいる場所は薄汚れた外見が唯一の特徴とも言えるアパートの屋上。しかし、誰からも視線を向けられることは無い。
それはストークが姿を消しているからだ。周囲の景色と一体化し、正真正銘の透明人間となっている。
故にストークは悠々と狙撃ライフルを持ち出すことができるのだ。
「さぁーて。ショウタイムだ」
獰猛な笑みを浮かべ、ストークはスコープを覗く。スコープの中で手に持つ白い紙切れをどうにかしようと、キョロキョロしている刻三を見て小さく細く笑む。
そしてストークは刻三が裏路地へ逃げれるであろう場所まで移動したのを見計らって
強烈な反動がストークの肩に重くのしかかり、顔を
その反動が収まるか否かでストークはスコープを覗く。そして、獰猛に嗤う。
しかしそこへ刻三が裏路地から顔を覗かせた。
「チッ」
わかりやすく舌打ちをし、刻三の鼻に掠るか掠らないかの僅かな場所を的にして引金を引く。
再度重いパンチのような一撃が肩に襲いかかる。
「小賢しい」
無機質に言い放ちスコープ越しに刻三を観察しようとするストーク。
しかし刻三は出てこない。ストークは短く息を吐き捨て、ジャケットのポケットにしまい込んだ無線機を取り出す。
発信ボタンを強く押す。カチャっという短い音が発されるや同時にザザーというノイズ音が流れ出す。
「こちらコードネームストーク。応答願う」
「こちらコードネームアイス」
するとすぐに反応があった。この声は最初の通信相手と同じだ。
「ターゲットの陥れ。完了です」
「よくやった」
アイスと名乗った人物は無機質な声で口早にそう告げるとほぼ同時に通信を切る。
何か急ぎの用事でもあるのか? そう思いながらストークは首をかしげながら立ち上がる。
そしてストークは指を鳴らす。パチンっと乾いた音が響くや否や、ストークを透明人間へとさせていた幻のベールが
白眼三に短く切り揃えた逆立てた銀髪が強風に靡く。更に分厚い胸板は威圧的で、ゴツい腕は担いでいる約1メートル50センチある大きな狙撃ライフルを持つためにあるように感じてしまう。そしてそれらとは対称的な青と白の縦縞柄、というどこかのコンビニ店員を連想させるカッターシャツを着ている。
「悪く思わないでくれよ、お客様」
獰猛で、見ているだけで悪寒を覚える表情と声音でストークは嗤った。
***
天井付近についた空気口より仄かに漏れる灯りだけが唯一の光源となっている部屋に男はいた。その部屋はやけに反響が凄く、鳴り響くノイズ音ですら器用に反射させている。
銀色の髪はボサボサで、まるで寝起きのようである。その中でも男のキリッと釣った目は特徴的であって、鋭い眼光を放っている。
不意に男は立ち上がった。ピタピタとコンクリートが剥き出しの床に足裏が重なる度に音が鳴る。どうやら裸足のようだ。
光の前に現れた男の姿は一言で現すならばみすぼらしいがよく合うもので、来ている高級そうなスーツもシワまみれでヨレヨレだ。
「早く片付けろよ、このくらい」
嫌味ったらしくいうその声音は、妙に相手を腹立たせるそれが含まれている。
刹那、2つの無線機がザザザと音を立てた。
男は仄かに漏れる月光を背に妖しく嗤うと元いた定位置に腰を下ろし、右側においてある無線機に手を伸ばす。
そして発信ボタンを押してから短く告げる。
「しばし待て」
相手の返事を待つことなく発信ボタンから手を離し、コンクリートの床の上に置き、左側の無線機を手に取る。
「こちらコードネームアイス」
口早にそう答えるや、通信相手であるストークはどこか誇らしげな声音で続けた。
「ターゲットの陥れ。完了です」
「よくやった」
それだけ告げて男は通信を切り、床へと放り投げ、右側のそれを手に取る。
「こちらコードネームアイス。待たせて悪かった」
発信ボタンを押してから堂々とした態度で言葉を紡ぐ。
「こちらコードネームソニック。大丈夫です」
「で、どうだ?」
男は表情の端に喜びを表現しながら厳かに訊く。
「
ザザザ、とノイズ音が交じるも通信相手が女性であることは容易に理解できる。高いく凛とした声は悪事に向かない、どちらかと言えば"正義の味方"が似合いそうな声音だ。
「よしっ、よくやった。あとはあのマヌケにこの事実を伝えればいい」
「承知してます」
女性とは思えないほどドスの効いた声でそう告げるや、女性は通信を切った。
「ふ、ふっふっふ──」
男は嗤った。その嗤い声は全面コンクリートに支配された牢獄のような部屋に木霊した。
「死ねッ!! ボクに恥をかかせた上に刻の能力を有すお前を……ボクは
男は最大限に目を見開き、憎悪の篭った破れた声で喚いた。
***
シャグノマ邸を囲む多くのパトカーの1つ。その中に女性警吏の姿があった。黒色の髪を肩まで靡かせ、綺麗に化粧をしている。髪色からしてリバール国人ではないだろうが、いかにも働く女性、という感じだ。
その中で女性は
少しの間頬を緩めた後に、女性は両手で顔を挟み込むようにして頬を叩き、真剣な表情に切り替える。
「よしっ」
小さく呟くと女性はパトカーのドアを開き、冷気の漂う外へと足を踏み出した。
「おぉ、美紗希くん」
そこへタイミングを合わせたかのように男性警吏が掛けてきた。
そこで美紗希は考えた。──彼は確か、ホロマ警吏。階級は……私より1つ上のCプラス。
「ホロマ警吏! ちょうどサイン隊長はどちらに?」
ホロマは一瞬困惑の表情を浮かべてから
「何故?」
と返した。
「ご報告したいことがありまして……」
ホロマは怪訝そうな表情を浮かべる。美紗希は危ない、と感じて慌てて言葉を付け足す。
「ここの女中の1人が見当たらないと仰ってたでしょ?」
「あぁ」
ホロマはいきなりなんだ、と言わんばかりの表情を見せる。しかし、美紗希はそれを気にした様子も無く続ける。
「目撃情報が届きました」
「──っ! 何ッ!?」
ホロマは喘ぐように声を洩らす。
「よろよろのスーツ姿の男性といるそうです。逃亡犯堀野刻三の可能性も考えられます」
ホロマは高速で何度も首肯する。
──ハマったね。
美紗希は心の中で嗤う。そんなことを微塵も知らないホロマは申し訳ないを表情に刻む。
「足止めして悪かった。第2応接室だ。急げ」
美紗希はそんなホロマに一礼をしてから駆け足気味にシャグノマ邸第2応接室へと向かった。
コンコン。丁寧に第2応接室のドアをノックする。
「サイン隊長。美紗希です」
扉越しに声を掛けると中で何かが動いた様子が感じ取れた。
するとしばらくすると
中から顎に髭を生やした威厳のある顔の男性が姿を見せた。
「なんだ?」
「ご報告したいことがありまして……」
渋い声でそう言われ、一瞬たじろいでしまうも、美紗希はすぐに立て直して小声だそう告げる。サインは怪訝そうな表情を浮かべつつも、渋々といった感じで首肯する。
「すいません、少し失礼致します」
サインは中にいるシャグノマ邸の人々に一声掛けてから部屋から出てきた。
「なんだ?」
そして再度同じ言葉を投げかけた。
「消えた女中の目撃情報が入ってまいりました」
サインは目を見開き、驚きをみせる。
「続けろ」
「はい。場所は国立大司書館です。そして一緒にいる人物がいます」
「誰だ?」
サインは静かに深みのある声で訊く。
「おそらく堀野刻三です」
奥歯を噛み締め、軋む音がした。美紗希のものではないので、おそらくサインのであろう。
「どうしてそう思う?」
サインは大きく鼻息を吐いてから訊いた。
「茶色の髪によろよろのスーツ姿。そしていま、女中を呼び出す、または誘拐するという行為をして利になる者がいるとするならば……それは彼ぐらいしか考えられませんでしたので」
美紗希は俯き加減で自分の仮説を告げると、サインはうーんと唸り声を上げてから厳かな口調でこう告げた。
「堀野刻三を国内で指名手配する」
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