紅の真実 truth

***

 真実とは残酷なモノなのだ。ニーナはそれを身をもって知っていた。

 5年前に突如として現れた深紅の瞳をした男によってあることが知らされた。

 見ず知らずの男が必死になってニーナのことを思ってくれている。

 そう思っていた。

「君が……ニーナちゃんだね?」

「え、えぇ……」

 動揺混じりに答える。そこでニーナは後悔した。

 両親に『知らない人に名前を呼ばれても返事してはいけない』という約束に反したことに気がついたからだ。

 しかし名乗ってからでは遅い。

 男はどんなつもりでいるのか分からないが、眉を八の字に垂れ下げている。

「そうか」

 そして残念そうにそう呟いた。

 ──何なの……?

 男の物言いにニーナは不安が募って仕方がない。

 俺は1歩ニーナに近づく。そして目線を合わせるかのごとく腰を落とした。

「凄く言いにくいんだけど……。ニーナちゃんのお母さんとお父さんは事故にあったんだ」

 物凄く流暢りゅうちょうに語られる内容をニーナは疑うこと無く信じてしまった。

 男の格好は迷彩柄の革ジャンに黒色のズボンだ。

 どこからどう見ても警察でも病院関係の人でないことは一目瞭然。しかし、その迷いの無い滑らかな言葉にニーナはそれが事実だと真実であると信じてしまったのだ。

 それからしばらくニーナは泣き喚いた。

 男は何も言わずニーナを抱き上げ、背中を摩った。まるで、ホンモノの父親のように……。

 それから男はニーナの手を握り、とある倉庫へと連れていった。

 南の新帝国と言われているカホネクロ帝国の南湾岸部に存在する倉庫。

 無限のように立ち並ぶ倉庫の倉庫ナンバー82の前に来ると男は手を離し、腰を落とした。

「ここにお父さんとお母さんがいる」

 男の声は真剣みが増している。病院でも事故現場でもない。どう考えてもおかしい。

 しかし男の声と表情は幼く、両親が死んだと言われ冷静さを欠かしていたニーナを信じるに値するものだった。

 重たい倉庫の扉がガラガラと音を立てて開く。

 そこにいたのは両手両足を縄で縛られ椅子に座らされたニーナの両親だった。

「お母さん! お父さん!」

 ニーナは2人の姿を見て駆け出した。しかし前へ進むことはなかった。

「行かせねぇーよ」

 男が襟を掴み先へ進ませてくれないのだ。男は獰猛な笑顔を浮かべた。

「ど、どうして!?」

 舌足らずでニーナは訊く。

「それはお前に死なれちゃ困るからだよ」

 男はそのままニーナをダンボールなどが積まれた右側へと思い切り投げた。

 ニーナは砂埃のかぶるダンボールの中に突っ込む。

 ダンボールで衝撃が緩和されたはずなのだが、体中が痛い。

 僅かな呻きを洩らす。男は気にする様子すら見せずにニーナの両親の方へと目をやっていた。

「灼熱を貫きまことを通す。鳳火おうかの鋼、爆炎の殺鬼せっき。力を以て悪鬼羅刹あっきらせつを制圧させ給え」

 男の祝詞のりとが倉庫内を木霊する。

 男が全てを言い終えた瞬間、男の眼前に二重丸の中に星が書かれたモノが現れた。

 円と円の間には見たことも無い文字が羅列している。

 そしてそこから灼熱の蛇のような物が現れた。

 灼熱の蛇は凄まじい咆哮を上げニーナの両親へと向かう。

 ニーナは体が痺れ、ただ黙って見ているだけしか出来なかった。

「ゲヘリート! 殺れッ!」

 男は目を血走らせ吼えた。

 灼熱のゲヘリートはそれに呼応するかのように呻き声を上げニーナの両親へと突き進んだ。

 ニーナの両親の元にたどり着いた灼熱の蛇は大きなあぎとを盛大に開き、お母さんの腕を噛みちぎった。

 お母さんの腕からは鮮血が迸る。

 ニーナはその光景を齢5歳にして見たのだ。声すら出ず、ただただ絶望を味わった。

 そんなニーナを見て男はケケッと悪魔じみた笑みを浮かべた。

 灼熱の蛇は攻撃を止めない。まるで食事をしているかのように見える。

 片腕を無くしたお母さんの脚をちぎる。お母さんは気を失い、声をあげることが無くなった。

 そしてトドメに灼熱の蛇は心臓のあるであろう部分を噛みちぎった。

 おびただしい量の鮮血が散り、床に溜まる。隣で愛する妻が喰いちぎられる様子を目の当たりにしたお父さんは頭がおかしくなったかのように白目をむいて涙を流していた。

「ハッハハ、いいぞ、いいぞ!」

 男はそこまで長くない前髪をかき揚げて盛大に嗤う。

 灼熱の蛇も嗤う。実際には炎でかたどられた蛇なので表情などない。しかし、嗤ったように感じられたのだ。

 灼熱の蛇は容赦なくお父さんへと刃を向けた。

「ニーナっ!! 逃げろっ!!」

 お父さんは涙ながらにそう叫んだ。それを最後にお父さんの声を聞くことはなかった。

***


 マゼンタはまだAA日本支部にいた。第22階、特別魔道犯罪室だ。

 特別変わったところのある部屋ではないが、マゼンタはこの部屋にいるとやたらと苦しく感じる。

「はぁ……。で、要件はなんだ?」

 マゼンタは対峙する金髪碧眼の性別が一目で判断できない人物に訊いた。

 キリッとした目にショートヘアの人物はマゼンタの態度に嘲笑を浮かべ口を開く。

「独断専行。と言えば分かるか?」

 スーツ姿のその人物は冷淡に放った。

 マゼンタは両目を見開き、怒りのままにスーツの人物を睨んだ。

「何のことだ」

「とぼける気か? たかが専属能力者ネェフロネの分際で私に歯向かうのか」

 怒りを含んだ声が投げかけられる。専属能力者はAAという大きな組織の中ではかなり上位にランク付けされる立場にある。

 そんな彼を分際呼ばわりできるスーツの人物の所属、階級は未知数だ。

 マゼンタは途端に悪寒を感じた。反逆してはダメな存在だと本能が判断したのだ。

「……、アンタは何者だ?」

 溢れ出てくる恐怖を抑え、マゼンタはそう訊いた。


***


 ツキノメが駆けつけた時には既に勝負は決まっていた。

 という最凶最悪の能力を保持する刻三が鮮血を吹き出し倒れていた。

 溢れ出す涙をぐっと堪えツキノメは吼えた。

「聖なる光を操る者が真意を持って願い奉る。清浄の光を撃ちてじゃの心を祓い給え!」

 神聖なる祝詞を唱え、濡れた瞳を閉じた。

「ライト リヒト ルーチェ グアン ルス ルークス。6の術、ルルーク・リアノ・デウス」

 カッと目を見開きツキノメは神の光、聖光をありったけの力を込めて放った。

 大地を抉り、街を焦がす。その威力はまるで超電磁砲レールガンのごとく。

 が喰らったならば一撃で跡形も残らず消し飛ぶ、そんな勢いだ。

 しかし相対する幼女は不敵に笑った。

祭壇カーニバル神焔モユド

 舌足らずの口でそう述べ、幼女は右手を片手を顔の前まで持ち上げ人差し指と中指に立てピースをつくる。そしてそれを左目に当てる。

 まるで厨二病患者が邪王真眼とでも言うかのように……。

 しかし、その行為が神焔モユドを呼び起こした。燃え尽きることの無い黒い永遠の焔。

 それが展開され、ツキノメの超電磁砲はあっさりと防がれ更にツキノメをピンチにすら陥れた。

 幼女は耐えることのない焔を従えツキノメへ近づくのだ。

 ツキノメは後退を余儀なくされる。

「あ、あなたは何者なの!?」

 ツキノメは後退しながら苦し紛れに叫ぶ。一方で幼女の表情は神焔に阻まれ見ることすらできない。

 格の違い。ツキノメはそんなものを感じていた。

「私はネス。炎帝の申し子よ」

 舌足らずの可愛いらしい口調とは逆にネスと名乗った幼女は神焔を纏いし左手で拳を作りツキノメに殴りかかった。

 ツキノメは間一髪で後ろへ大きく飛躍しそれをかわす。ネスの拳は行き場を無くし、そのまま地面を殴りつける。

 ゴオオという音を立て、地割れを作り上げる。

 底の見えない深い裂け目を作ったネスは腹立たしげに大きく舌打ちをする。

 それからネスは神焔を纏った左手で両足に触れた。刹那、両足から音をたてて漆黒の神焔が立ち上がった。

 不気味極まりない焔がツキノメの呑み込もうとする。

 しかし、焔がツキノメに到達する一歩手前で勢いを弱らせ完全にネスの足にまとわりついた。

 その足で大地を蹴った。ネスは音速にも負けず劣らずの速さで移動する。

 距離など最初から無かったかのようにツキノメの眼前に来たネスは左手を振りかぶった。

「タイム ツァイト タン。三のとき時間クロック砲」

 顔から有り得ないほどの鮮血を垂れ流した刻三が立ち上がり吼えた。

 瞬間、目の前に無色透明の気泡のようなものが現れ、それらは一様に今にも拳を振り切ろうとするネスへと飛んだ。

 無色透明だが微かに存在を感知できる、そんな砲弾が神焔を纏いしネスを襲った。

 拳がツキノメを捉えるほんの数センチ前だった。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ」

 鬼のような表情を浮かべ、ネスは叫び喚いた。

 時間砲、それは相手の時間を砲とする刻のアーカイブの中でもとんでも威力を秘めた術の一つだ。

 相手が触れてきた時間そのものだから故に、相手が若ければ若いほど威力は劣る。しかし、相手が1歳であっても威力はロケットランチャーを打ち込まれたような威力を秘めている。

 ネスは断末魔の叫びをあげる。見みんつんざくような叫びは神焔を弱らせ、遂には存在自体をも消してしまった。

 そして次の瞬間。

 ネスの体が崩れた始めた。まるで土砂のように崩れ落ちる。

 積み重なるネスの皮膚だった部分は地に触れるや跡形もなく姿を消す。

 そして遂に全てが崩れ、消え、胸の辺りにはめ込んであった赤く輝く何かが地に落ちた。

 それはボンッと音を立て炎をかたどる。人生ネスの灯火かのように炎は最後に激しく燃え揺れ、虚しく消えていった。

「な、何だったの……?」

 なす術もなく立ち尽くしていたツキノメが声を震わせ訊く。

「分からねぇ。でも、あいつが人間じゃ無いってのは確かだ」

 刻三は自分の顔に触れながら答えた。

「どうしたの?」

 そんな刻三の動きをおかしいと感じたツキノメは怪訝そうに訊いた。

「いや、俺の顔が戻ってるから……」

 要領を得ない謎の言葉を刻三は不思議そうに呟いた。

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