魔王という名の

ぐいある

第1話

「よく来たな、勇者よ」

血のように深紅に染まった絨毯に城の隅々まで施された装飾が、この城を息詰まるような荘厳さで縛っていた。堪えかねるように見上げた窓の外は、どこまでも鬱々とした深い暗黒が支配している。


「ハッ......てめぇのとこの警備はハリボテか?あーんな弱っちいのしかいねえのかよ、暗黒界ってのはよぉ?」


「口だけは達者な。とてもその格好で言える台詞とは思えないな。」


その城の上部の禍々しい玉座に腰かけた魔王は、肩で息をつきながらもぎらぎらとした目を持つ青年を冷静に見下ろす。


「...これが通常運転。いつも通りさァ」


それよか、と寂れた刀をひと降りするとぎろりと獰猛な眼で魔王を睨み付けた。


「姫はどうした」



「......姫?...あぁ、あんな小娘一人のためにここまで来たというのか。たいした力も魔力もない小鹿のごとく弱々しい。」


「そんならなおさら。あんた様が、そんななんの特長もない小娘に用はないだろ。」


「......だが、それ故に、美しい。か細き首をこの手で締めたら、さらに美しさは際立つだろう。」


その目はいかにも楽しげに笑い、ニタァと口許を歪めた。


「......っ!て、めぇ...!あいつをどこにやった!!!! 」


「それを答える義理はないな。」


射抜くような激しい視線を鼻でいなした。

すっと感情を失ったような冷めた目になると、


「だが、久方ぶりの訪問者だ。手厚く歓迎せしめよう」


「それはどーも。さあ、とっととその首引きちぎって吐かせてやるよ!」


「人間の腸は絶妙な食感という。是非一度味わってみたいものだ」


「そんなら、てめぇの糞でも味わって、ろ!!!!!!」


爆音とともに、コングは鳴らされた。

暗黒界と人間界の、



戦争である。







「はーいカット~!よく頑張りましたね~魔王さま~」


「うわああああああああんんんん!!!!なんだよ首引きちぎるって!引きちぎったら喋れないよぉばかぁぁぁぁぁ!!!!」


「いたたたた痛いよまおちゃん!ごめんって!!でも君も結構えぐいこと言ってたけどね?」


「だって台本に書いてあったんだもん!!おれだってゆうくんの胃液なんか飲みたくないし、そーせーじつくっても楽しくないよぉぉぉぉ」


「今回の台本は執事総長ビルマが担当致しましたので」

さりげなく自分じゃないですよアピールをする側近エレナに、肩をすくめた。


「ビルマさんなら仕方ないか」

「うわああああんゆうくん!おれもう無理ぃぃぃぃぃ」


先程までの厳格なオーラはどこえやら、ぴぃぴぃ泣きわめく魔王に、勇者は眦を下げて宥めていた。

もはや家臣たちはこの光景が日常茶飯事なのかさっさとセットの解体に取りかかっている。

通りすぎる度に「魔王様今日は泣かないで出来たじゃないですか!」「偉かったですねぇ」と家臣たちに撫でられる始末だ。


うっすら頬と目尻を赤く染めて涙を次々に溢れしながら、頑張って泣くまいとしているのか下顎に梅干しを作っている。


「しかもこの手!!俺の服ぎゅって!!!あーかん"わい"い"い"いいーまじなんなの超絶そそるしかもなにこの唇?なにそんなに口こじあけてほしいの?誘ってんの?ねえ?まじめちゃくちゃにしてやりてえ心が勃起」


「その右手を離せこの変態」

さりげなく抱きしめながらズボンに手をかけていた右手をばしんと弾かれた。


「メンヘラ極重こじらせ女みたいに俺はムッツリじゃないんでね。ちゃんと直接愛情表現してるだけだから。」


「貴様、その舌引っこ抜いて代わりに薔薇でもつめてやるよ」




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