I LOVE YOU

久山 渡

I LOVE YOU

 田中には好きな女がいた。

その女は田中に関心がなかったが、田中の方は異常と呼べる程その女が好きだった。

しかし、田中は口下手で女を口説けるほどの言葉を持ち合わせていなかった。

 ある日、田中のところにある男が訪ねてきた。

男は自分のことを佐藤と名乗り、話をし始めた。

「自分の気持ちをうまく言葉にできないもどかしさを感じたことはありますか?」

「あります。あります。意中の相手がいるのにうまく思いを伝えることができません。愛してるなんてありきたりな言葉は言いたくないし彼女を喜ばせるようなロマンチックな言葉なんて思いつかない」

田中は初対面にもかかわらず食い気味に話した。

「私は人の感情や考えを機械に通して適切な言葉にする研究をしています。なので、あなたのような人を機械のテストユーザーとして探していたのです」

田中は少し不審がりながらも、彼女に対する熱く迸るような気持ちを言葉にできるならと思い了承した。

次の日、田中はさっそく佐藤の研究室へ行った。

佐藤の研究室に入るとコードがたくさんついているヘルメットのようなものを見つけた。

ヘルメットようなものをいじっていると佐藤が話しかけてきた。

「それが私の自慢の脳内スキャナーになります」

と佐藤はヘルメットのような機械をさすりながら微笑んだ。

「私はこれを被ればいいのですか?」

「はい、これを被るだけで自分の思っていることが画面に映し出されます」

そんなことで自分の気持ちが言葉にできるなんて田中には信じられなかった。

「その顔は疑ってますね。では実際に試してみましょう。これを被ってください」

佐藤はそう言いながら田中に脳内スキャナーを渡した。

「それを被ったら昨日食べた晩御飯の味を思い出してください」

佐藤が自信ありげに言うので田中は従うことにした。

すると脳内スキャナーがブイーンと鳴りはじめ、画面に文字が現れた。

<スパイシーだけど後に残らず、深いコクがありジャガイモがほくほくしてとてもおいしかった。>

「さては、昨日カレーライスを食べましたね」

佐藤が誇らしげに言うのを田中はただただ感心してうなずいた。

田中は味をイメージしただけで一切言葉にしていなかった。

それにもかかわらずグルメリポーターのようなセリフがすらすらと出てくるので

田中は彼女への気持ちもきっとうまく表してくれると思った。

「性能に納得していただけたのなら、さっそく始めましょう」

佐藤がそう言うので田中は彼女へ‘大事な話がある’とメールで送り佐藤に出たメッセージをその場で送信してくれるように頼んだ。

そして田中は彼女とのメールで一喜一憂したことや、彼女を見かけるたびに思わず目で追っていたこと、彼女がほかの男と話して不安に感じたこと何をすればいいか分からずに悶々とする日々を過ごしたこと、胸が張り裂けそうな気持ちでずっと耐えていたことなど彼女に対するありとあらゆる感情を思い浮かべた。

すると脳内スキャナーがまたブイーンと鳴り始めた。



彼女は携帯を開けてそれを見るとため息をついて

「 “愛してる”の一言も口で言えないなんてたいした気持ちじゃないわね」

とつぶやき返信もせず携帯を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I LOVE YOU 久山 渡 @Wataru-Hisayama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ