第7話 決意 7月24日

 再び発生した過去改変。

その内容は全く分からないが、俺の過去が何らかの形で上書きされたのは間違いなさそうだ。

今しがた届いた“椎名皐月”という人物からのメール。

その内容はかなり直近、数時間前のことだ。

どれもこれも“今の俺”には心当たりがないことばかり。

俺や黛さんの身に何が起こっている?

なぜこうも時間の流れを乱す?


 俺の頭では1人で考えても分かることはなさそうだった。

するとまたしても1通のメールを受信する。

今度は待ちに待った相手。

心強い人からのものだった。


「黛さん…!」


 女の子からのメールを見て安心するなんて心底情けない。

だが今はそうも言っていられない。

早速開き文面を確認する。


―今しがた、過去改変が起きたような感覚があったわ。大崎君はどう?何か心当たりはある?―


「ありまくりだ、メールより電話の方がいいな」


 自分の電話番号を送信し、連絡をくれるよう伝える。

するとすぐさま着信が入る。

見覚えのない番号だが、タイミング的に黛さんだろう。


「もしもし?」

『私よ』

「あぁ」


 黛さんの落ち着いた声音にまた少し安心する。

透き通った声が耳に心地いい。


「さっきの過去改変、恐らく俺の過去が上書きされた」

『あなたの?』

「あぁ。あのめまいの直後、見覚えのない名前からメールがあった」

『知らない人物なの?』

「いや、まったく知らないわけじゃない。俺と黛さんがこの間行った喫茶店の店員だ」

『…?』

「実は…」


 状況が上手く呑み込めていない黛さんに、今日の出来事をかいつまんで伝える。

もちろん啓祐の恋愛相談については割愛した。


『なるほど、あなたがその喫茶店にいる間の出来事が改変され、結果としてその店員と連絡先を交換することになったのね』

「ということみたいだな」

『怪しいわね、その店員』

「えっ?」


 予想外の言葉に思わず間抜けな声が出る。

怪しい…?


「怪しいってどういう…」

『過去改変があった直後にメールが入る。タイミングが良すぎると思わない?』

「確かに…」


 椎名さんのタイミングの良さは異常だった。もっとも昼間のはたまたまだと思うが。

まさか本当に何か過去改変との関係が…?

だとしたらどんな?そもそも目的は…?


 目的と言えば一連の事件の目的も分からない。

黛さんは両親を失い、俺は妹が消失した。

いうなれば俺たちは被害者だ。

事件は被害者の共通点に容疑者の手がかりがあるものである。

ミステリーに関してはコナンの知識くらいしかないが、何も考えないよりはマシだろう。


 俺たちの共通点…。

年齢。

神奈川県在住。

記憶の再編を受けない体質。

身内にリケン関係者。

しかも素粒子物理学関係だ。

そして、幼い頃に父、ないしは両親を失っていること…。


…待てよ。

この一件での一番の被害者は命を絶たれた黛さんの両親なんじゃ…?

そして俺の父も既に他界している。

聞けば、亡くなったのはどちらも同じ時期のはず。

父の詳しい死の状況は聞いていないが、2人の死に何らかの共通点があり、黛さんのお母さんは巻き込まれただけだとしたら…?

今までは俺と黛さんの共通点、そして黛さんの両親2人の死になにか意味があるとばかり考えていた。

もう少し物の見方を変えなければいけないかもしれない。


「黛さん」

『何かしら』

「嫌なことを聞くようだけど、ご両親の詳しい死の状況って聞いてる?」

『…いえ。聞こうとしたのだけれど、あまり詳しくは教えてくれなかったわ』

「なんとか聞き出してくれないか?」

『……やってみるわ』

「すまない。頼む」

『では、また連絡するわ』

「あぁ。ちょっと待って」


 電話を切ろうとする黛さんをとっさに引き留める。

…引き留めてどうする?

何を話すんだ?

自分で自分の行動の意味が分からない。

だが、引き留めてしまった手前何も言わないのも気持ち悪いだろう。

話したいことはあったはずなのに、いざその瞬間がくると何を話せばいいのか分からない。

情けない。情けなすぎる。


「あぁ…。えっと…また、あの喫茶店で作戦会議をしよう」

『作戦…?』

「あ、あぁ。今後について話を、と思って」

『そうね。現状私たち2人しか、今の状況を打開できる人物はいないものね』

「…じゃあ、また連絡する」

『えぇ。ではまた』


 通話を終え、天を仰ぐ。

……俺は何を話したかったんだろうな。

自分自身で分からなければ、誰にも分かりはしないのではなかろうか。


 見上げた星空はどこまでも澄み渡っているのに、見える星の数は少ない。

いつだったか、母方の実家がある福島で見た星空はとても美しいものだった。

あの時は家族4人だったはず。

何をしたとか、何を話したとか、そういうことは覚えていないけれど綺麗な星空のことは今でも鮮明に覚えている。


 スマホを握る手にぐっと力を込める。



これがあればあの瞬間まで遡ることができる?



答えは否だ。


なぜならこの記憶は、俺が今いる世界では“なかったこと”だから。


 何者かに上書きされたまがい物の世界。

こんな世界で生きていくなんてまっぴらごめんだ。

いつか見つけ出して落とし前をつけさせてやる。


このスマホと、俺たちの力があればできる。


必ず、やり遂げてやる。

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