第6話 未知 7月24日
「で、相手っつーのはどんな人なんだよ?」
衝撃の電話の翌日、午前の授業を終えた昼休みである。
ちなみに今週から短縮授業に入っており、いつもより早めの昼食だ。
あと数日で夏休みなのだが、県内の多くの学校は既に入っているはず。
なぜ先週末に終業式をさせてくれなかったのか、恐らく全校生徒が問いただしたいだろう。
「あぁ、えっと…お前らがよく使ってるっていう喫茶店の店員だ」
「あぁ…。そんな可愛い人居たっけ?」
「バッカお前、椎名さんの可愛さに気づいてねーのか?!」
「誰だよ椎名さん…」
心当たりがない。
しかし喫茶店の店員さんの顔をそこまで気にしたことがないので致し方ないだろう。
なにしろ目の前に黛さんという美少女がゲフンゲフン。
そういえば結局あの後は連絡できず、彼女からの連絡もなかった。
今夜あたり連絡してみようかな…。
別にケンカしたわけじゃないし大丈夫だよね…。
俺ってばマジ恋する乙女。
「で、昨日言ったデートの話なんだけどさ」
「いや、お前とデートはないわ」
「だから違うっつの!」
昨夜の啓祐の魂の叫び…デートしてくれとは、俺と黛さん、啓祐と件の店員さんとのダブルデートの頼みだった。
いやはや全く、どこからツッコめばいいのか甚だ疑問だがその積極性くらいは褒めるべきだろうか。
「てかなんでダブルデートなんだよ、普通2人っきりになりたいもんじゃねーの?」
「いやいや、いきなり2人っきりとかハードル高すぎるだろ…」
「だからってダブルデートはどうなんだよ…」
「俺と涼の仲だろぉ。それにお前と黛さんもうまくいってないみたいだし、ちょうどいいじゃんか!」
「別に付き合ってるわけじゃねーよ…」
随分入れ込んでるな。こんな啓祐は珍しい。というより初めてではないだろうか。
思えば今まで、あまり恋愛がらみの話はしてこなかった。
そんな啓祐の初めての恋愛相談。
俺としても力になってやりたいがダブルデートか…。
黛さんとデート…。
……話くらいは聞いてやるか。
「まず、その…椎名さん?について話を聞かせろよ」
「話って?」
「どんな人なんだ?」
「さぁ…?」
「は?」
さぁってなんだ、さぁって。
ふざけてんのか?
俺がじとっとした目を向けると慌てて弁明を始める。
「い、いや。俺もこの間見かけたばかりなんだよ。お前らと店であった日の前日!」
「てことは何か?1回見かけたくらいでデートに誘おうとしてんのか?」
「お、おう…。やっぱ早いかな?」
「はえーに決まってんだろ…」
いくらなんでも、猪突猛進過ぎるだろう。
恋愛経験ほぼゼロの俺でさえそれくらい分かる。
「なんつーか…もう少し段取りというか、そういうものを考えようか、うん」
「なるほど…」
なるほどじゃねーよ。
上手くいくビジョンが見えなさ過ぎてこっちが辛くなる…。
幼馴染のよしみだ。
少しだけ手を貸してやるか。
「とりあえず放課後行ってみるか、店に」
「おぉ!いいのか?」
「お前だけじゃ不安だからな」
「ありがとよ!やっぱ持つべきものは友だよなぁ!」
「その代り、お前のおごりな」
「おう!任せろ!」
俺としても今は色々な意味で先行きが不安なのだが、こいつを放っておいた先にどんな未来が待っているかなんて明白過ぎる…。
― ― ―
「どうだ?いそうか?」
「んー…、お!いたいた!」
授業終了後、早速やってきた町田駅。
そろそろ常連にでもなりそうな喫茶店の前で偵察をする。
店に入ったはいいが目当ての子がいませんでした、では時間の無駄だからな。
「じゃあ、行くぞ」
「お、おう」
いざ、入店…!
すると、タイミングよく椎名さんとみられる店員さんがやってきた。
ここくらいは啓祐に任せても平気だろう。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「はぁ!はい」
「では、こちらへどうぞー」
いきなりテンパりすぎだろ。
近くのおばちゃんが驚いてこっち見てたぞ…。
「ご注文がお決まりの頃お伺いいたします」
案内された席に着く。
テーブルにお冷とおしぼりを並べ、ぺこりと頭を下げると椎名さんは立ち去った。
見た感じは同年代、高校生のバイトだろう。
幼そうな顔つきに、比較的暗めの茶髪。
長さはボブといったところか。
ウエイトレス姿がよく似合っている。
確かに可愛いな。
「可愛いだろ?黛さんとどっちが好みだ?」
「そりゃまゆ…ごっほん、おっほん」
「お前も案外分かりやすいなー」
「お前にだけは言われたくない…。それよりなんだよあの体たらくは」
「う、うるせーな!ちょっと喉の調子が悪かっただけだろ!」
「はいはい。それより作戦通りやってみろよ?」
「おう…」
何も無策でこの喫茶店に乗り込んできたわけではない。
ささやかながら策を練ってきたのだ。
さて、あとはいつでもやってこい!椎名さん…!
― ― ―
「ご注文はお決まりでしょうか?」
にこやか笑顔で椎名さんが注文を聞きに来てくれた。
よし、今だ!
「あ、あの!何かおすすめってありますか?」
「当店は、ハムサンドがおすすめとなっています」
「へ、へー。ど、どんな感じなんすかねぇ!」
「どんな?!えーっと…ハムを…食パンでサンドしたものです…?」
「な、なるほど!おいしそうですね!それ1つと…」
― ― ―
「はぁぁぁ」
注文を終えた啓祐を見つつ、盛大にため息を吐く。
「な、なんだよ。作戦通りにやったんだぞ!」
「いや、下手くそすぎるだろ。なんだよ、ハムサンドってどんな感じなんすかねぇって。ハムをサンドしたとしか言えねぇだろ」
「元はと言えばお前がおすすめ聞いてみろとか言うから…!」
「そっから話を広げられればと思ったんだよ」
「あーあ…。絶対変な奴だと思われた…」
おかしいなぁ。もう少し上手くいくはずだったんだけどなぁ。
まぁ仕方ない、ドンマイドンマイ。
「…次はどうすればいいと思う?」
「次のアイデアなどない」
「おいぃぃ」
「そもそも俺に恋愛関係の相談をしたことが間違いじゃないか?」
「それは俺も思った」
思ったのかよ…。
「俺も涼も彼女いない歴一緒だもんなー。そういや、黛さんとはどうしたんだよ?」
「だからなにもねーよ」
「昨日の感じ、なんかあったろ?話してみろよ」
「なんで俺が相談してるみたいになってんだよ…」
いい加減面倒になってきた時、またしてもいいタイミングで椎名さんが現れた。
「おまたせいたしました。ハムサンドのお客様ー」
「あ、お、俺です!」
「ごゆっくりどうぞー」
ハムサンドと飲み物を置き、先ほどよろしくぺこりと頭を下げ立ち去って行った。
嬉しそうにハムサンドをほおばる啓祐。
多分それ、作ったのは椎名さんじゃないぞ…。
しかしいいタイミングだ。
適当にごまかして今日は解散にしよう。
これ以上ツッコまれる前に何か言い訳も考えたいしな。
「今日のところはそれ食ったら撤退だな」
「はぁ?なんでだよ?」
「これ以上無策でツッコんで、何か得られる自信があるとでも?」
「あ…。いや…」
途端に戦意喪失する啓祐。
なんだか悪い気もするが、間違ったことは言っていないはず。
戦略的撤退というやつだ。
「また付き合ってやるから、作戦を立て直してから来よう」
「そうだな…。そうするか」
「おうよ」
― ― ―
「じゃあ、またな。今日はサンキュー!」
「おう。今日立てた作戦忘れるなよ」
あの後喫茶店を出て駅前のマックに移り、対椎名さん用作戦を練って解散した。
作戦と言っても、まずは通い詰めて顔なじみになろうという単純極まりないものだったが。
幸いあの後啓祐が黛さんとの出会いについてツッコんでくることはなかった。
あるいは聞かれたくないのを察してくれたのかもしれない。
まぁ、頑張れ。啓祐。
時刻は8時過ぎ。
思いのほか遅くなってしまった。
久々に啓祐とゆっくり話をした気がする。
友人とだべるというのはなんだかんだ楽しいものだった。
俺もとっとと帰って今後について考えようと一歩踏み出したその時。
「ぐっ…。くぅ……」
突然のめまい。
目の前の景色が歪んで見える。
立っていられず、膝に手をついてじっと耐える。
今度は数秒の後に治まった。
この感覚…。
忘れもしない。
あの日、愛美が消失した日の朝。
過去が改変された証。
今にしてみればあの瞬間に過去が改変されたのだ。
それは黛さんのケースを見たことで分かった。そして恐らく黛さんも味わっているはず。
急ぎ連絡を取ってみようとスマホを取り出す。
するとメールを1通受信した。
「黛さんか…?早いな…」
そう思ってメールを開くと思いもよらない内容だった。
「今日はご迷惑をおかけしてごめんなさい。必ず弁償します。またお店に来てください…?」
ところどころに絵文字がちりばめられており送信者は女子であることを思わせた。
相手を間違えているのではと送信者を確認し驚愕した。
「椎名…皐月…?」
聞き覚えのない名前。しかししっかりと電話帳に登録されている。
「椎名…?」
椎名という名、そしてお店という単語で1人の顔が浮かぶ。
「椎名さん…?」
先ほどまで滞在していたお店の店員、椎名さん。
啓祐の想い人。
なぜその椎名さんからメールが…?
先ほどの過去改変と何か関係が…?
得体のしれない恐怖に、真夏だというのに寒気が止まらない。
一体何がどうなっていやがる……。
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