時計仕掛けの究極魔法 -THE PRECIOUS TIMES IN CLOCK WORK MAGIC-
四葉 霄
序章1話
南棟七階第二教室。
満席となるまで人を詰めるならば、二百十三という学徒を黒板に向けて着席させる事が可能。
教室棟全体の中でも上から数えて五本指の中に収まる、学園屈指の大教室だ。
「では、次のページを。第七世紀までは一般常識とされてきたエベンクスの魔力体系理論は・・・」
現在。
現在時間、この場において教鞭を振るうは、魔法史の教員であるシュシェール。
学園にて教職員として、数十年。
これまでに、幾人もの学徒の脳裏に魔法の成り立ちを叩き込み。
これまでに、幾人もの学徒がこの退屈な必須教科が手招きする眠りへの誘惑に耐えてきた。
自身の授業についての、若年者からの不人気と倦怠の烙印は。
新任と呼ばれるのが過ぎる前、大昔のシュシェールが教卓から見渡した光景で実感済みだ。
かつて自分もそうであった。
若き日のシュシェールが此処で学びの道に励んでいた頃、未来で自身の前任に当たる魔法史教師の授業に対して、憎悪にも似た退屈を覚えた事を。
顔面を主として肌に深く皺が刻まれたこの年齢に達しても、未だに記憶としては鮮明極まりない。
人の人生とは、不思議なものだ。
何時、どうなるかなど魔法学園の老教師となった今でも予想が付かない。
尤も、未来予知とそれに関する魔法は、法によって厳しく禁止及び封印されているが。
自身か或いは黒板か、恨めしそうに睨むようにこちらへ視線を向ける学徒の面々。
この教室の外では、自らを「ハゲワシ」の愛称で呼ぶ彼ら彼女らの中には。
未来に魔法史担当という「大役」を喜んで拝命するのかもしれない。
しかし、この中のたった一人。
「彼」だけは、禁忌の魔法を用いずとも、この「大役」さえ役不足だと確信できる。
「彼」に限ってそんな堕落は起きないだろうが、これからの学徒生活全てを遊び呆け、落第生の汚名を背負う事になったとしてもだ。
理由は、二つ。
一つは、魔法史とは知識がモノを語る世界。
身も蓋もない言い方に変えると、「覚えたならば誰でもできる」。
もちろんそれは、シュシェール自身にも当てはまる。
特別な感性や技術の類は、一切不問だ。
強いて挙げるとすれば、学徒からの嫌われ者を甘んじて受ける覚悟があるか否かだろうか。
確かにそれは、「特別な感性や技術の類」かもしれない。
「第九世紀において、大陸全土に浸透していたズーモルの・・・」
これまでに幾度となく熱弁してきた授業の裏腹で、シュシェールは胸中で唱えたそんな冗談で内心自笑していた。
そして、二つ目。
「彼」の特別性。
普通魔法科定員毎年三百六十九名、他専門学科定員平均八十五名に対して。
本校の一番人気、毎年約千人の入学希望に対して、たった一つの席しか用意されていない「学科」。
そこに在籍していたという事は、例え落第生であっても全く以て非凡の証左だ。
その才を求める者は大勢いるだろう。
尤も、「彼」に限っては、「彼」の落第を案ずるのは全くの杞憂だろうが。
「そして、このズーモルの理論が広まった立役者であるのが・・・」
「・・・」
先程から、教卓の眼前。
席は先着順で選べる学机の最前列で、熱心極まりない態度で自身の帳に授業内容を書き留めている。
学徒の言葉で表すならば「オシャレ」、シュシェールの言葉で表すならば「学徒の本分から外れた身嗜みの乱れ」に走る者が教室内に散見できる中で。
健気さと勤勉さを醸し出す、艶めく黒の束ね髪はやけに印象的だ。
否、印象だけではない。
事実として、眼前の光景として、「彼」は身も心も表裏一体の模範生だろう。
その評に加わるべき事。
教卓に立てかけられた自身の「魔法杖」に対して、一切の視線を向けず授業に集中している。
この手法は、シュシェールが魔法史担当に就いた際、学徒時代を思い出し、前任の真似している。
「彼」に関してだけ言えば、「彼」から杖を預からずとも間違いなく真摯な姿勢で授業に臨むだろう。
しかし、「彼」の周囲の、この授業を退屈としか感じていない学徒についてはそうではない。
この杖が知らせるものに、負けてしまうだろう。
シュシェールの、自身の授業に対する方針は。
「時」を忘れるほど集中して受ける、である。
この魔杖はそれを、最も直接的な方法で妨げてしまう。
故に、授業の度に模範生である「彼」から、魔杖を没収しなくてはならないのだ。
「彼」は自身に、毎度変わらず笑顔で杖を差し出すが、本来ならばそれを行わずとも、全ての学徒が真面目に聞き入るような授業を披露するのが筋だろう。
情けない。
学徒が黒板の授業を帳に書き留める為に設けた合間の中で、シュシェールは小さくため息を吐いた。
他には、欠伸を噛み殺した低い唸り、ペン先が奏でる合唱、授業内容とは一切無関係の内緒話。
そして、おそらく現在はシュシェールの両耳にだけ届いている「呼吸」。
一切途切れること無く規則正しく、一定速度の拍を刻み鳴く「彼」の魔杖。
それもそのはず、この魔杖の一部は、「ファメット複製機巧社」に学園が特注で請うたもの。
その辺の町鍛冶が小遣い稼ぎ目当てで制作する、見かけだけの粗悪品では、決してない。
小舟の手櫂を短く太くし諸所に金管を配したような、彼の魔杖に据え付けられるは。
これまた、学徒の練習用魔杖に納まる安価な魔力宝玉の類でも非ず。
王族の「それ」も手掛けることで著名なファメット社の、「最上級特注機巧複製品」。
「時計」。
それもそのはず、「彼」は現在学園唯一の、今年度のたった一人の「時間科」在籍の学徒なのだから。
続
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