絶命

時羽

第1話

─────クオーツ時計じゃない掛け時計の秒針の音が、耳障りだった。



机の上にある電気スタンドだけが光の根源である、薄暗い自室。

少ないお小遣いで買い集め、飾ってあるピンクの小物。ゲーセンで友達と何回もチャレンジして取った、人気キャラのぬいぐるみ。

世界で一番愛している自分のベッドは綺麗に整えられ、その上にはノートとスマホを並べて置いてあった。


私は、椅子の上に立っていた。


夜なのに高校の制服を着て、テレビも見ずにただ立って目の前にぶら下がっているソレを見つめていた。

ネット通りに結び、決して解けないロープ。

私の体重、いやそれ以上重いもので決して解けないソレ。


部屋には、私だけが存在し。

前にはロープが揺れもせずぶら下がり。

そして私は、そんなロープを見て微笑んだ。


嗚呼、やっとね。

私は、やっと死ねるのね。


こんな苦痛と絶望と屈辱に満ちた日々から、やっと逃げることが出来る。

その逃げるという行為が、アイツらへの復讐へ繋がるなら、尚更良い。


どこにでもいる女子高生が、首吊り自殺を試みようとしている。

その理由は、きっとありきたりで、聞いたとしてもきっと人は「またか」と呟くだけだろう。


そう、私は、虐められている。

だから、自殺しようとしている。


何故虐めにあっているかというと、その理由もありきたりで平凡な、耳を疑い興味を引く程のものじゃないのだ。

ただ私は、地味で暗くて無愛想な親友が虐めにあっているのが見逃せなくて、庇っただけ。そして標的が彼女から私へと、変わっただけのこと。


幼馴染みで、その性格でよく皆に馴染めなかった親友。

クラスの女子から虐められた彼女を見た時、私は助けたいと思った。


最初は怖かった。だけど、傷付き、泣いて、苦しむ親友を見て見ぬフリをして大して仲の良くない友達と過ごす学校生活が嫌になったから。


だから、そんな生活を送り続けるくらいなら、罪悪感を抱き続けるくらいなら、親友を庇って助けて、一緒に虐められるほうがよっぽどいいと思った。


でもね。まさかの、裏切りだった。


まあ、安易に予想できる展開だけど、その時の私は心の底から驚愕した。彼女は、庇った私を捨てて、自分を虐めていた女子グループに入って私を虐め始めたのだ。


私は憤慨するというより、目の前が真っ暗になるという、小説ではよくある表現通りのことを体験した。


悲しかった、衝撃を受けた。

親友は、小学校の頃から付き合っていた仲なのに、標的になった私を見捨てて、敵だった彼女たちと混ざり、私を傷付けたのだ。


私が受けた虐めは、親友が受けてたものよりずっとずっと悪くて酷くなった。


カッターで見えない場所を切られ、バレない程度に髪の毛を燃やされ、物を隠され、服を脱がされて写真を撮られ。


先生に訴えても、虐めという事実を否定したくて頑なに信じてくれなかった。被害妄想だって言われた時の私の気持ち、分かる?


言いにくかったけど、親にも助けを求めようとした。けれど、彼らはお互いの仕事に夢中で、虐めの単語を出した途端面倒くさそうに「先生に言いなさい」と、言っただけで。


その先生がクズだから、こうして親に言っているのに。


先生も親も使えない。クラスメイトは皆見ていないフリ。


大根役者の三文芝居よりも、退屈で滑稽な演技を続ける臆病で事なかれ主義な彼らに、私はもう一度絶望を味わった。


現実に『情』なんてものが存在するのかと、疑ってしまう。


仲間なんていない。

庇った親友は敵に。先生と親は取り合ってくれず。クラスメイト達は、無視。


私に何が出来る?

どうやったらこの地獄から天国へ行ける?

そう考えた時、私はふと思い付いた。


そうだ、自殺すればいい。

遺言書を残して、先生には『合成だろう』と言われた、私の物を隠している女子達の証拠写真をスマホに保存して、ロックも外す。


今日は、親が出張でいない日。自殺して発見されても、もう絶対助からないぐらいの時間が、手遅れになる時間が欲しいから、今日という日を選んだ。


私が虐めで自殺すれば、きっと犯人の女子達、そして訴えたのに否定した先生、娘の言葉に耳を貸さなかった親が批難され、ある人間には罰が与えられるだろう。


私の死が、皆に罰を。

無視したクラスメイトも、警察が聞けばすんなり答えるだろう。そういうもんだ。


命と交換に、私は復讐する。


未練は、出来るだけなくした。

コツコツと貯めた貯金で、高くて食べられなかった食べ物を食べた。死ぬんだ、ダイエットなんて不必要。


気になっていたアニメも見終わり、漫画も全巻買って読んで。

恥ずかしい日記も先週に捨て、低い点数のテストも一緒にごみ袋へ。部屋の中には見られて困るものはもう、何もない。


処女じゃなくて良かった。セックスの快楽も知らぬまま死ぬのは、ちょっと残念だと思うだろうから。子供は欲しかったけど、それは流石に無理な願いだ。


掛け時計が時間を刻み、私の耳を優しく刺激する。


ねぇ、まだ死なないの?時間は流れ、親が帰ってくる時間が短くなっていくよ?────そう囁いているように聞こえるのは、私だけだろうか。


私がロープを見れば、ロープもまた私を待っているかのように見つめていて。

揺れもせず、ごちゃごちゃと考えている私を大人しく待って。


嗚呼、ロープって可愛いな、なんて思い始めた私は、既に崩壊しているのかもしれない。


このロープに頭を遠し、椅子を蹴ってぶら下がれば、死ねる。短い人生が終わり、地獄か天国、またはただの無に向かう。


17年の人生は、復讐の為に終わるんだ。


私が死んだら、女子グループはどんな顔をするのかな。青ざめた顔をして、後悔するのか、虐めを否定して逃げようと無駄な足掻きをするのか。


親友は、どうだろう。


「まさか。こんなことになるなんて。こんな、こんなハズじゃなかった!」と、思うのだろうか。虐めを受けて、親友が庇って、そして次はその親友が標的になって。


初めて虐めという地獄を味わって分かった。


一度覚えた恐怖、苦痛、屈辱と絶望感。それは、例え相手が親友でも、自分を助けてくれた存在でも、進んで受けようとは思わないだろう。


私がもし彼女の立場だったら、もう虐められたくなくて、安全の為に敵だった女子達に混ざるだろう。


そう理解していても、私は親友を恨んだ。恨んだんだ。

二人でなら、同じ地獄でも耐えられる気がしたのに。なのに彼女は、私を置いて、楽になった。


ねぇ、私が虐めで死んだら、貴女を庇って虐められて、それで自殺したら。

貴女は私を想って泣いて、後悔し、謝罪をしてくれるだろうか。


敵の女子達や親友、助けてくれなかった先生と親。


私が自殺した後、その人達がどんな顔を浮かべるか見てみたい。

でも残念なことに、私が死ななきゃ浮かべてくれないし、死んだ後だから当然見れない。



人間って、自殺する前が一番考える生き物なのかもしれない。


ああ、色々なことを振り返ったり考えたりして、随分と時間を無駄にした。

掛け時計も煩いし、そろそろ始めようか。


私は深呼吸をすると、ロープを両手で握り、頭を通した。

カラカラに乾いた口内を唾液で満たし、生唾を喉に流し込む。

足の先から違和感に似た恐怖が這い上がり始め、私はそれを追い払うように、気にしないように努力した。



─────時刻は、午前零時十三分。



私を目を閉じ、

最後の呼吸をし、

秒針の音を聞きながら、

復讐のことだけを考え、


椅子を、蹴り、倒した。


首に、潰されるような圧迫感が襲い。

逃げ場のない、地面を焦がれてもがく足を意識して。


そして私は、

絶命した。



走馬灯は流れなかった。

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絶命 時羽 @raksie_18

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