UNION
翔
第1話
小さい頃から太陽が好きだった。いつも暖かくて、優しくて。一人でいる時でも、日の光の中ならちっとも寂しくなんてならなかった。
だけど、同時に太陽は嫌いでもあった。あの眩しさが、輝きが、時に煩わしくも、妬ましくもあった。好きで、嫌いで、羨ましくて、それ以上に疎ましくて。
初めてあの女の子に会った時に、ふと。そんな事を思ったんだ。
燦々と輝く太陽、ギラギラと照り返すアスファルト。揺れる蜃気楼に耳障りな蝉の声。吹く風は生温く湿っていて、不快度指数も跳ね上がる。そんな日が続く、今は7月の半ば。まとわりつく倦怠感と、汗で濡れたワイシャツに顔をしかめながら、彼、
…言われてみれば、もうそんな時期か。真はふとそんな事を考える。高校最後の夏休みだと言うのに、彼はこの奇跡のような長期休暇の事など、不可思議な程に全く気にしていなかった。なのでもちろん休みの間の計画なんてものは影も形もない訳で。
だが、ここでそんな事を思ったのも何かの縁と、通い慣れた道をただただ歩き続ける間に、学生らしい夏休みの過ごし方というものを模索し始めた。そうだな、どこか涼しそうな所でも探して行ってみようか?プールや海に行くのは定番だし、登山なんてのも悪くない。いっそ思い切って旅行にでも行ってみるのもありかな?
ぼんやりと考えながらも歩を進め、気が付けば学校までもう少しの所まで来ていた。最後の角を曲がり、後は一本道を2~3分。少しでもマシになる気がして、風にそよぐ木々の影を選んで歩いてみたり。そうしてようやくたどり着いた校門をくぐるのとほぼ同時に、不意に後ろから人影が勢い良く飛び込み、真の肩をポンと叩いた。
「やっほー真!今日も相変わらずあっついね~。」
元気よく、しかしどこか間の抜けた声で挨拶してきたのは、真と同じクラスの
「おう、瑠奈か。そういや今日は真夏日らしいな。少しは雲でも出てくれればマシなんだけど。」
「げっ、ホントに?ここんとこ快晴ばっかり続いてるし、流石にそろそろ体が限界だよ…。」
彼等と同じ様に徒歩で来たり、自転車で横を通り過ぎていく大勢の生徒達。そんな変わらない日常をぼんやりと眺めつつ、二人は他愛のない話を続けながら教室へ向かった。昇降口で靴を履き替え、この時期には少々キツい階段を上る。夏の空気にやられていつも以上に騒がしい教室の戸を開け、二人並んで窓際の後ろから2番目の席に着く。
「ところでさ、来週の土日って空いてたりする?」
「土日?特に用事は無いけど…急にどうした?」
瑠奈の唐突な質問に少し戸惑いつつも、真は頭の中にカレンダーを思い浮かべながら返事をした。
「うん、バスでちょっと行った所に高原神社っていう神社があるの知ってる?あそこで結構大きいお祭りがあるみたいなんだよね。もし暇なら一緒に行ってみない?…って思ってさっ!」
瑠奈も夏祭りとなるとやっぱりテンションが上がるのか、いつもと少し様子が違うように見えた。ちょっと落ち着かないというか、不安そうというか、興奮気味というか、上手くは言えないがそんな感じだ。まぁ特に予定も断る理由もないし、よくよく考えればこれだけ長い間一緒にいるのに、何故か二人で祭りへ行った事も無かったと、瑠奈の様子が引っかかったのはほんの一瞬だけで、真は迷う事もなくさらっと答えた。
「神社があるのは知ってたけど、祭りなんてやってたんだ。よし、んじゃ行くか!俺はフリーだから、時間とかは瑠奈に合わせるよ。」
その返事を聞くと、瑠奈はいつものように、いや、いつも以上に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ホント?じゃあ詳細はまた後で決めよう!実はあたしも知ってはいたんだけど、行った事は無かったんだ。それに、確か真と夏祭りに行った事って無かったよね?くぅ~、楽しみだなぁ!」
瑠奈は本当に、心の底から幸せそうに話を続ける。そんな瑠奈の声を、表情を、仕草を捉える度に、真は自分自身の心の在処を見出してしまう。昔から何も変わらない、瑠奈の無邪気さや優しさ。当たり前のように繰り広げられる『いつも通り』のやりとりが、彼にはどうしようもなく愛おしく思えてしまう。
「…真?どうかしたの?」
胸に秘めた恋慕に想いを馳せていると、不意に瑠奈が真の顔を覗き込む。いけない、少しぼーっとし過ぎていたか?
しかしこのパターンにも馴れたもので、ずっと前から、それこそ瑠奈と出会った時から、気持ちを隠すなんて真にとってはお手のものだ。
「あぁ、別に何でもないよ。色々考えてただけ。当日のご飯とか、いくら位持っていこうかなー、とか。」
「ふーん、そっか。真はそういうところ意外としっかりしてるしね。やっぱり擬似一人暮らしの賜物?」
深くは突っ込んでこないし、やっぱり気付かれてもいないみたいだ。…ほっとしていいものか、残念がるべきなのか。意気地の無い彼には何が正解かが解らない。
結局はこの関係が壊れるのが、心が傷つくのが怖くて、毎回無理矢理に自分の気持ちを押し殺してしまう。
この日常が何時までも続けばいいと願ってみたり、でも一方では変えたくて、変える勇気やチャンスを欲しがってみたり。
そんなどっちともつかない中途半端な彼の心を見透かしたかのように、今日も普遍的で規則的、平凡で平穏な一日の始まりを告げるチャイムが、迷い無く鳴り響いた。
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