第125話 良いとこどりをする

昨日は珍しく相方が早く帰ってきた。

夕食を、一緒に外で食べた。

行ったのはチェーン展開している定食屋。


車で行ったのだが、途中、サイレンを鳴らしている救急車が通った。

急いで車内でかけている音楽のボリュームを上げた。

サイレンは音楽にかき消され、俺は大したダメージを受けずに定食屋に行けた。

店内はちょっと騒がしかったので、ウォークマンで片耳を塞ぎ、相方と会話しつつ音楽にも意識を向けていた。


最初はそれで済んだ。

途中で、お子様が騒ぎ出した。

ついでに、厨房から食器が割れる音がした。

もう駄目だった。


怖くなって固まっていたら、相方から「怯えてないで何とかしなよ」と言われた。

それはとても冷たく感じた。

だから、何とかしろと言われても・・・と思いながら、出来ることが何かを考えて、俺はウォークマンで両耳を塞ぎ、ボリュームを上げた。

もう相方の声も聞こえなかったし、ご飯の味も判らなかった。


それでも、なんとか完食できた。

以前だったら、食べ続けることは出来なかっただろう。


帰り道、少し落ち込みながら「何で『怯えてないで何とかしなよ』って言ったの?」と訊いてみた。

答えは「だって例えば『大丈夫だよ』って言っても大丈夫じゃないでしょ?」だった。

それはそうなのだが・・・もう少しこう、無いんだろうか。

だが、相方は続けてこう聞いてきた。

「ご飯、美味しかった?」

「途中までは。」

「途中から味変わったのかい?」

「途中からは判らなくなった。」

「もう1回聞くけど、それは味が変わったのかね?」

「変わらない・・・と思うけど、だって途中からは味わってる余裕なかったもん。」

「でも最初は美味しかったんでしょ?」

「うん。」

「じゃあ美味しいご飯だったんだよ、一緒に美味しいご飯を食べたんだよ、良いじゃんそれで。それ以上でも以下でもないよ。」

イマイチ納得できなかったけど、更に相方は続けた。

「あのさ、今は良かったことだけを考えなよ、今日は僕が早く帰ってきて、一緒に美味しいご飯を食べた、それで良いじゃない。」


子供の声が怖かったし、食器が割れる音も怖かったのだが、それはそれとして、良かったことに意識を向けろ、とのアドバイスは、なるほど、そういう考え方もあるか、と思った。

良いとこどりをしていけば、怖いものに引きずられなくて済む。


常にできるかと言われると難しいかも知れないが、心がけようと思った。

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