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  • これは東ドイツ国民が西ドイツに流れるのがわかるわ。
    ルート(多分)洪牙利から墺太利いって西独逸に行くっていうルートだった気がする。
    確かシュタージってゲシュタポより入ってる人数多かった気が、シュタージの正規人数は9万人ゲシュタポは正規人数が不明だった。

  • 初めてコメントします。
    僕もベルリンで暮らし始めてからDDRの事がとても気になり始め、色々と勉強中です。ノスタルジーを感じて、どこか懐かしい感じがするデザインなどがとても好きです。また、ベルリンには旧東ドイツで暮らしていた人がたくさんいるので、話を聞くのもとても面白いです。
    僕もドイツ東西統一された時3年生か4年生だったので筆者さんと思います。
    そして、僕もモンチッチ持っています。
    それも、現在ベルリンでモンチッチも一緒に暮らしています。
    日本からモンチッチを連れてきた時に、僕のパートナー(西ドイツ出身)もモンチッチを知っていたので、「えー知ってるんだー!」「日本だけのものだと思ってたー」とは思ったのですが、詳しいことは知りませんでした。
    僕のモンチッチにもSEKIGUCHIと印字されているのか気になって見ていたのですが、カタカナで「セキグチ」とお尻の辺りにタグがついてました。(笑)

    エッセイとても楽しく読ませてもらっています。
    続きが楽しみです。

  • 国をあげてFKKを展開していたんですかね。私の住んでいた町のそばの湖にもFKKはありましたけど、わりと控え目でした。サウナとかも西ドイツでは混浴が当たり前でしたけど、私が知ってる東のサウナは男女別で、東の当局は保守的なのかなという印象でした。あくまでも個人的な体験ですが。
    「コミュニストはSEXがお好き」という映画がありますが、そっちのほうはその通りオープンでしたけど。

  • そういえばモンチットを見かけた記憶がありますけど、正規に輸入してたのですね。ホーネッカー氏が日本に来たとき1,000台買いつけてきたマツダファミリアも、ベルリン周辺ではよく見かけたました。
    当時の5つ星ホテルのうち、ベルリンのグランド、ドレスデンのベルビュー、ライプツィヒのメルクーアは日本の建設会社が建てましたし、DDRと関わりのある日本企業はけっこうありますね。

  • ほんとうにそのとおりですね。1980年代に東ドイツで働いていましたけど「うんうん」とうなづきながら読みました。私も東の暮らしがけっこう気に入ってました。西出身のドイツ人に「DDRで働いてたんだよ」と言っても「そうなの」で終わってしまい、興味を示してくれた人はいません。東についての先入観が強すぎるみたい。日本人は好奇心を示してくれる人がいます。この連載はもう完結しているようですが、たくさんの人に読まれることを願っています。