涼宮ハルヒの初恋

@natsuki

 「そうですね、最近はわりと落ち着いてはいるようですね。まぁ、ぼくとしても、もちろんぼくら機関にとっても最良ではないけれど、そういう日々が継続してくれることには、なにも異論はないわけです、あなたもでしょ」

相変わらずもったいぶったまわりくどい言い方をするやつ、で、古泉、俺になにが言いたい。

「佐々木さんとの一件以来、どうも我々と涼宮さんの間に……その、なんというか、軋轢とまでは言わないですけれど、ミゾができたような、そんな気がするのです……」

 「そういう含んだ言い方じゃなくて、もっとストレートに言えよ、古泉。なにを考えているんだ?」

 「……そうですね、どうやら涼宮さんは、おのれの異能力に気づきつつあるのではないかと、それを危惧しているわけです。もちろん我々の存在にも疑念を抱いているのは確かです」

 はぁ? ハルヒが自分の能力に気づきつつあるって!? 世界がハルヒの思い通り改変されたら、いったい、どういう日常が展開されるって言うんだよ!?

神人が暴れまわる閉鎖空間が現実と入れ替わったりしたら……世界は、俺は、どうなるんだ?

 「ですからあなたには相応の覚悟をしていただかないと、それが我々、宇宙人と、未来人と、超能力者の一致した意見です」


 はぁ? お、俺にどうしろって言うんだ? この俺に世界の命運を預けるっていうのか? それよりなによりハルヒが!?、ハルヒがもしも覚醒したらいったいどうなるっていうんだ? この俺が、なにをすればハルヒは、なにも気づかず今のままのハルヒでいられるっていうんだ?

なぁ古泉、俺はその辺の平凡でまったくもって普通の一般的な高校生の男子で、ハルヒといるだけでもかなりのストレスを抱えてるんだ。

 神のごとき異能力は疑うべくもなく、それに加えて宇宙人、未来人、超能力者と日々丁々発止の生業を……。

「考えすぎないでください。簡単なことです。まぁ、あなたが考えすぎてもなんにもこの状況を変えることはできないと思われますしね、ウフッ、おっと、これは失礼」

 「なにが簡単なことなんだよ!」

「簡単ですよ、一般人のあなたが普通にアオハルすればいいんです。涼宮さんは、あなたに好意以上の感情を持ち合わせているのは好都合です。

あなたもでしょ? とりあえず涼宮さんにはなにか特別の感情を抱いていると……」

「古泉、それ以上なにか的外れなことを言おうものなら俺はお前のヘラズ口にパンチをくらわすかもしれないぞ……」

「言いすぎましたか、しかし、あなたも分かっていると思っていたのですが、涼宮さんは一般人に全く興味はないはずなのに、あなただけは特別なのですよ。

 全くもって正真正銘の完璧な一般人のあなたにですよ、異能の僕や長門さんではなく一目置くくらいの、特別な存在。それが涼宮さんにとってのあなたなのですから、これがなにを意味するのか、いくら鈍いあなたでも多少はひっかかるところがあるのではないですか?」

 あるような、ないような今もって俺にも分からん。俺にも分からんことが古泉なぜお前に分かる?

 「御託はこれくらいにして、とりあえず異能に気づいた涼宮さんが自分の理想の世界に改変なんて事態を回避するためにも、全知全能の神のごとき涼宮さんに最も欠けているものをあなたが覚醒して差し上げればいいわけです。それは……青春ですよ、恋ですよ、恋。恋愛と言い換えてもいいですが……。

 アオハルです今的に言えばね、クスッ、うらやましいですね、あの涼宮さんにこれほど慕われているあなたがですよ、僕が代わってあげたいくらいなんですが、もちろん僕では役不足、充分承知していますよ、クスッ」

 フンモッフ野郎の含み笑いには辟易する。なにを言ってるんだこいつは!?


 「僕はね……あなたも同意でしょ? この今の、この世界、この時間軸がこの上なく愛おしいのですよ。ですから涼宮さんにはこの時間軸で青春して、恋愛して、目いっぱい高校生活を楽しんでもらいたいんです。それこそが僕ら機関の至上命題なのです。そうなれば、恐らく異能に目覚めるなどということもないのではないかと推測できるわけです。ねっ、簡単でしょ。結論、あなたと涼宮さんが恋人同士になればいいのですよ、一般の高校生がそうであるような夏を、青春を、恋の季節を謳歌すれば、涼宮さんも自分の異能に覚醒するなどという愚行をよもや犯すまいと……」


 晩御飯のあと早々に部屋に籠り、ない頭で必死に古泉の話を考えていた。

俺とハルヒが恋人にだと!? それで世界が救えるだと!?

長門も朝比奈さんも賛同しているだと……。

 古泉はなにかを隠している。それは俺の直感でわかる。

頭はよくはないが、直感だけは自信がある。

なにか大事な部分をオブラートに包んで、話してもいいことだけを伝えた。

そんな気がする。

 ない頭を絞ったところで、古泉の思惑をすべて理解することは不可能だという結論に達した。

 シャミセンが俺の横で大きく伸びをした。こいつがペラペラ蘊蓄を語る世界なんてまっぴら御免だ。ハルヒが望むハルヒが中心の世界、逆回転の地球なんて想像だに恐ろしい。

 頭がむやみに傷む。そろそろ潮時か……。

 こんな時はあいつに……あいつの意志だけは確かめておくべきだな、俺は携帯に手を伸ばした。

 《よぉ、長門起きてたか?》

《わたしに睡眠は必要ない》

《そ、そうか。ところでだ……》

《古泉一樹の提言のことか……》

《……あ、あぁ。お前も賛同しているそうだが》

《賛同した。もっとも合理的でもっとも単純でもっとも効果が高いと考えたから……》

《そっ、そうか……》

《ただし、涼宮ハルヒという有機生命体、恋愛という不確定要素を考慮すれば完璧な計画とはいえない。が、現時点で涼宮ハルヒを覚醒させてはならないという命題に対しては唯一の解かもしれない、とは思う》

《古泉は俺とハルヒが恋人同士になるのは簡単だと言ったんだが……》

《異論はない。むしろそれが自然の成り行き》

《お前はそれでいいのか?》俺だって長門を困らせてみたいと思うことだってあるさ。愚問だってことも重々承知のうえだ。

暫く沈黙……長門のらしくない息遣いが携帯越しに聞こえる。なにを思ってる長門。

《そういう問いにはどう答えたらいい?》

《いや、いいんだ。すまん、つまらん質問だった》

《わたしは今も人間の感情を習得中だ。しかし、感情には不確定な要素及び選択肢が多すぎて未だにすべてをデバイスに蓄積することは不可能。喜怒哀楽はさらに難題》

《すまん、すまん困らせるつもりはなかったんだ……夜分遅くすまなかったな長門。最後にもう一度訊く、お前は賛同するんだな》

《対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース(TFEI)に、二言はない》


******************

 次の日の放課後……。


 「なぁ、ハルヒ……」

「なによ、わざわざ河川敷なんかに呼び出したりして……用があるなら部室で話しなさいよ。あんたと違って忙しいんだからわたしは、みくるちゃんは?有希は?古泉くんはどこ?」

 あたりを見渡すしぐさをしてはいるが、ここにいるのは俺とお前だけだってのは充分承知してるって顔だぞハルヒ。

ハルヒを河川敷に誘ったのはいいのだが、さて、どうしたもんかな……。

黙ってりゃそれなりだし、こんな性格でなきゃ、絶世の美女とまでは言わないが、イケテルんだが……さて、どうしたもんか。

 真っ青な空、遠くに入道雲、季節は夏……シチュエーションは完璧なんだが、恋とか愛なんていうものとは無縁の人生歩んできたからなぁ、相手がよりによって変人ハルヒとはなぁ、どうしたもんか。

「なんなのいったい、ため息ばっかり。話がないなら帰るわよ。忙しいんだからわたしは」

相変わらずのハルヒ。ハルヒはハルヒだ。それ以上でも以下でもない。

 俺よりも更に恋愛ざたなどには無縁なヤツだった。

 そんなハルヒを相手にいったいどうすればいいのだ?

「いや、あの、その、まぁ落ち着け。落ち着いて俺の話を聞けよ」

「キョン! あんた今日なんか変よ。いつもの変人だけれど、今日は特になんか変」

おいおい、超のつく変人になんで変人呼ばわりされなきゃならない?

おいおい、俺はこの世界の存続のため、ひいては全人類の存亡をかけて今からハルヒ、お前に……ええい! 言っちまえ!

「ハ、ハルヒ。お前は俺のことどう思ってるんだ?」

「どう思ってるって、なによ」

「……そ、その、なんだ、なにかこう、特別な感情とか、例えばこうおれのことをスキ……」

「はぁ? キョン。バッカじゃないの! あんたはね、SOS団の庶務兼雑用係兼わたしの下僕よ! それ以上でも以下でもないわ!いい、わたしはね、団長なの!頭が高いのよ!身の程を知りなさい!」

 感嘆符だらけの言葉を吐くその口元を俺はあんぐりと見詰めるほかなかった。

 ハルヒお得意の両手を腰に組みすっくと立ったその姿は、まさにSOS団の独断専行団長、涼宮ハルヒその人であった……とさ。


 ***************


《まぁ、結果は分かっていましたがね、あの涼宮さんがあなたの実直ストレートな告白に素直にのってくるとは思えないですから》

古泉の図星の指摘に俺は無言、ただただ無言。

《いいですか、今までお話ししてませんでしたが、まぁ、朝比奈さんの言い方で禁則事項にあたるガジェットをお話ししましょう。これは特例ですからね。可及的速やかにこの事態を突破するために……あなたは今の状況を、この宇宙全体に及ぶ危機について自覚していないようなのでね、、我々機関の調査では、あなたと涼宮さんは過去、現在そして未来においてそういう関係だったのですよ。

 ここにいるのは、宇宙人、未来人、そしてわたし、限定的ですが一応超能力使いです。では異世界人は?》

古泉……なにが言いたい? まさか俺がその異世界人とか言い出すんじゃ?

《まさにその通りですよ。今、あなたが頭に浮かんだ疑問符そのままお返ししましょう。我々機関は疑っています。あなたこそが涼宮さんが最後に欲するものであると……》

 はぁ? 古泉よ。言うに事欠いて平凡を絵に描いたようなどこにでもいる高校生男子のこの俺が、ハルヒの言う異世界人だと? ところで異世界人ってなんなんだよ! 


《ある意味、あなたと涼宮さんはこの世界の住人ではないと……古来から転生と輪廻を繰り返していたと申し上げたいんですよ》

俺は初めて携帯を握りしめ呟いた。

《全く意味が分からん。古泉、お前の言うことはいつも回りくどく、ほとんど戯言だと思って聞いていたが、今回のことは全くわからん》

長話も終わりにしないとそろそろ携帯のバッテリーが切れる。机の上のバッテリー・コードを取りに行く気力もない。古泉、こんな話はグッタリだ。


 《涼宮さんが望めば、どこまでも遡って例えば日本書紀や古事記に記述された神話の世界ですら現出できるんですよ。いやいやそれよりも我々は涼宮さんが天照大神であなたがスサノオの尊で、涼宮さんがクレオパトラであなたがシーザー、涼宮さんが織姫、あなたが彦星を、それこそ枚挙に暇がないほど具現化してもなにも驚きはないと言いたいのです。あなたたち二人は元来そういった関係だったのですよ、切っても切れない間柄というんでしょうかね、なんともうらやましいですがね、わたしからしてみれば……》


 俺は夢を見ていた。ハルヒがジャンヌ・ダルクのいでたちで俺たちの先頭を切って勇ましく闘う姿……またしても相手は巨大なカマドウマ??、相手は巨大なカマドウマではなくって……オロチ、八岐大蛇だった。

 自在に宙を舞う古泉が「ふんもっふううううううううう」と叫ぶ。

古泉の掌からバレーボール大の火炎が八岐大蛇めがけて数百発飛びかう。

「なんだ? なんだ!? 古泉にこんな隠し芸があったのかよ!」と、谷口が感嘆の声を上げれば、国木田も「小泉くんってすごいんだね」などとのたまう。

八岐大蛇が悲鳴の唸り声を上げる。その度に大地がミシミシと揺らぐ。

古泉もコンピ研の部長行方不明事件の時と違ってかなりパワーアップしている。

 トンガリ帽を被った魔女のいで立ちの長門が俺と国木田と谷口がせっせと集めてきた瓦礫を早口の呪文でナパーム弾?らしきものに分子構造を位相変化させて手投げでオロチにぶちこむ。

 オロチ、断末魔の悲鳴。

朝比奈さんはと言えば「ひぇええええええ」と言いながら俺の腰に腕を回してしがみつき離そうとしない。

 「ち、ちょっと朝比奈さん。動けないんですが……」

「キ、キョンくん、ひぇええええ」

オロチの八つの頭に宿った十六の眼球は憤怒で真っ赤である。

「さぁ、相手はもうちょっとでイチコロよ! キョンあんた止めを刺しなさい」

「な、なんでお、俺なんだよ! 俺は元来、人畜無害の博愛主義で無抵抗主義者なんだ、ハルヒ! お前がやれ!」

「意気地なし!あんたってまったく」

そこで登場したのが鶴屋さん。鶴屋さん、衣装が安倍晴明然としてますよ。陰陽師ですかあんたは……大仰の弓をキリキリと目いっぱい引く。弓の長さは六尺三寸。

晴明ではなく坂上田村麻呂かよ、と別の俺が無理な突っ込みを入れたのだが、はて鶴屋さんは全く意に介すようすもなく、

「キョンくん! どいて!」

鶴屋さんの足元には陰陽五芒星が描かれており、湯気が立つくらいパワーに満ち溢れている。

 やはり鶴屋さんは陰陽師の家系なのかもしれないなどと思わないでもないな。

とりあえず只者ではない。

十六本の弓を目にも止まらぬ速さで射る鶴屋さん、そのどれもがあの真っ赤に充血?したオロチのマナコに命中。間髪をいれず、天高く舞い上がったハルヒが右手に持ったエクスカリバーでのたうち回る八つの首を一閃。

 なぜジャンヌ・ダルクがエクスカリバーなんだ? などという疑問など眼前の阿鼻叫喚な光景の前では無意味だった。


 大量の血しぶきとともにオロチの八つの首が大地を揺るがし、首なしでのたうち回っていたオロチの体も小一時間もするとさすがにピクリとも動かなくなった。

ハルヒが誰先に一目散に大地に横たわった首なしオロチの背中に飛び乗る。

「やったわね、キョン以外勝鬨を上げなさい、エイエイオー! SOS団に栄光あれ!」

 SOS団の面々、あの長門までもがうれしそうに高らかに勝鬨を上げた。谷口、国木田、鶴屋さんがそれに続く。

 なんで俺だけ仲間はずれなんだよ、

 村の長が喜緑江美里さんを従えてハルヒの元をおとずれる。

「なんとお礼を言っていいのやら、これで娘も生贄にならずにすみました」

なんで俺だけ仲間はずれなんだよ、

おんなじことを二度も繰り返したら目が覚めた。

 汗びっしょり、最悪な目覚めだ。押入れでなにか物音がする。

「キ、キ、キョンくん。いますかー」

訊き慣れた声が押入れの中から……。

いやはや、怒涛の展開、どうなってんだ、これ?








 



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