第3話 夏目アキラ 2028~2029年 ②

 アキラは、風呂場における千夏の「前もちゃんと洗ってあげるから、っていうか前をちゃんと洗ってあげるから!」攻撃から、なんとか『前』の防御に成功し、夕食時における「お兄ちゃんクリスマスは予定ある? 千夏何もないんだよねえ……」攻撃を巧みにかわし、やっと自室で一息ついていた。


 アキラの部屋はまさに普通の高校生男子の部屋だ。

 シングルベッド、小さめの勉強机に小さめの低出力3D投影ディスプレイ、本棚には参考書より漫画の分量が多く、机上のパソコンの中身も似たようなものだ。部屋自体に特に飾り気もなく、実用的ではない小物類等も置いていない。

 小奇麗な高校生男子の部屋と聞いて、真っ先に思い浮かぶイメージがそのままアキラの部屋だ。


 同世代の男子の部屋と一線を画す特長があるとすれば、ベッドの下に、年頃の男の子が滾る思いを解放する本(エロ本)が隠されていないということか。というよりアキラの部屋にエロ本自体が存在しない。

 決して興味が無いわけではないが、どこに隠していても次の日には妹に発見され、庭先で塵も残さず焼却されてしまうので、とうとう所持することを諦めたのだ。

 毎日兄の部屋を検閲する妹にも驚愕するが、「高校生にとって不健全です」という正論でもって、容赦なく本を燃やし続ける姿には戦慄すら覚える。

そして悲しいかな、アキラは多少の後ろめたさもあって「近親婚超上等」は健全なのか? の一言が言えないのである。


 ちなみに、焼却されたエロ本の灰は家庭菜園の肥料に使われ、日々の食卓の役にたっていたりする。生臭い食卓だ。

 そんな事情から、かすかに哀愁漂う男の子の部屋で、アキラはベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた。


「明日から冬休みかぁ、何しよう……」


 無意識に漏れた呟きだが、それを自身の耳で反芻することによって凹んでしまう。

やはり、普通の健全な高校生男子が行きつく答えは結局同じだ。


「彼女がいればなぁ……」


 ということなのだ。

 アキラは、『もし彼女がいたら2028冬』の妄想のせいで全く内容が頭に入ってこない漫画をぼんやり見つめながら、ページだけをめくり続ける。

何かどっと疲れてしまった。

 もう寝ようかな……と、照明も消さないままにウトウトし始めたその時、机の上の個人端末TI(Terminal of individual)が着信音を撒き散らしだした。

 犬の遠吠え、この着信音は親からの電話だ。

 出なきゃと思うが、寒いし眠いし布団から出たくない。


 枕元に置いておけばよかった……

 アキラは少し後悔しつつ、ベッドから取れるか取れないか微妙な位置にあるTIに手を伸ばすが、指先にTIが触れる気配は無い。

 寝惚けた頭で、もうちょっと頑張ろうと思い「うーん」と、掛け声とも唸り声ともつかない声を出しながら、横着全開で再度TIに手を伸ばした時

それは起きた。


 伸ばした手の中に、TIが音もなく入ってきたのだ。


 何かの呪文を唱えたわけでもなく、魔法の詠唱をしたわけでもなく、布団から出たくない一心で、うーんと唸ったら、TIが手の中に入ってきたのだ。

 アキラはイマイチ現状を把握出来ず、手の中のTIをキョトンと眺めていたが、ごくごく正常な反応を示した。


 「あー、夢か……」と呟いて布団に潜り込んだのだ。

 ゲームや漫画の世界はともかく、現実で魔法使いに転職する条件は『30歳以上』『童貞』だったはずだ。

 だからアキラはもう一回ちゃんと寝ようと瞼を閉じる。


 でも夢の中でも親からの電話は出なくちゃ

 アキラは生来の生真面目さを発揮しつつ手に持つTIに目をやると、まだTIは怒り狂ったように遠吠えを続けている。

 嘆息しながら電話に出ると、母親がいつも通り前置き抜きでマシンガンのようにまくし立てた。


『あのね、お母さんはお父さんを愛してるわけ』

「……はい」

『それはそれはもうとんでもなく! お父さんも同じよ、お父さんもお母さんのこと愛してるの、そうよね!』

「……ええそれはもう、はい、酔っていらっしゃいますね」


 またいつもの居酒屋だろうか、TIからは母の声と共に、ガヤガヤと飲食店特有の喧噪が漏れてくる。そしてその喧噪に負けないくらい大声で愛を語る母親もいつもの通りだ。妹はきっと母親似なんだろうと思う。

 徐々に母のボルテージはあがり、アキラの誕生秘話まで差しかかると、さすがにアキラもウンザリして「要件は?」と突き放した。

 結局要件は、

 駅で父ちゃんとバッタリ合った。

 飲んでます。

 遅くなります。

 先寝てて。


 であった。

 そういえば明日は土曜日だ。

 数分間相槌を打たされ続けたアキラはすっかり目が覚めて、ベッドの上にちょこんと正座していた。段々と意識がはっきりしてくる。


「まさか、僕ホントに魔法使い……?」


 どうやら夢ではなかったようだ。しかしそんなことはあるわけが無い。

 アキラは自虐的に笑いつつ、高校生にもなってなに漫画の主人公みたいな夢見てんだか、と枕元のティッシュに向かって右手を伸ばし、言った。


「来い! なんつって」


 来た。


 ゆらゆらと当てもなく漂う訳でもなく、明確な意思を持っているかのようにごく自然に、ごく普通に、それは一直線にアキラの右手に収まる。

本当に来たのだ。


「マジですか……」


 アキラは本日二度目の驚愕に身を震わせ、ただ茫然と自分の手に収まるティッシュを見つめていた。


 こうして

 どこにでもいる普通の高校生が

 今まで、特に厳しい試練があったわけでも、超常体験があるわけでもなく、体に紋章っぽいアザもないし、事故に遭って神のお告げを聞いたことなどもない。

 ただただ毎日を幸せに平凡に過ごして来た

 そんなどこにでもいる普通の少年が、何の前触れも努力もきっかけも無く、


 今日この日、突然、能力に目覚めた。

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